閑話⑯-5 動き出す悪夢の計画
盛大な勘違いをした雫が敵意を燃やしていることなど知らず、紀元は飯島が待つモニタールームへ向かっていた。
「まったく、いつもこっちの予定とかお構いなしだから困ったもんだ……対応を間違えてへそを曲げられたほうが厄介だからな」
愚痴をこぼしながら廊下を歩いていると、いつの間にかモニタールームの前に到着していた。そのまま扉をノックしようと右手を持ち上げるが、先日の一件を思い出して一瞬思いとどまる。
(この間の件もあるし、本当はあんまり顔を合わせたくないんだけどな……)
扉の前で右手を上げたり下げたりして、謎の動きをしていると背後から声をかけられる。
「扉の前で……何してるの?」
我に返った紀元が振り返ると、腕を組んで不思議そうな顔をしている飯島が立っていた。
「え? は、博士? あれ、部屋の中にいるんじゃないんですか?」
「ちょっと飲み物を買いに行っていたんだけど? それより扉の前で何してるのよ……ノックするというより、殴りかかりそうな感じだけど」
言葉を聞いた紀元が視線を下に向けると、ちょうどみぞおちの辺りで拳を握りしめていた。
「え、あ、これは……」
どういう言い訳をしようかと彼が考えている様子を見た飯島が、顎に手を当てて話しかける。
「扉を殴りつけたくなるほどの破壊衝動……しかも、モニタールームの入り口は防音も兼ねてるし、素手では絶対に怪我をするわ」
「あ、あの博士? 何か勘違いをされてませんか?」
嫌な予感がした紀元が声をかけるが、飯島の耳には届かない。
「よほどのストレスが溜まっているか、悩みがあるかしか考えられないわ。そうよね、迷宮の再オープンが延期してからずっと忙しかったし……」
「飯島博士、自分の声は聞こえてますか?」
「私ほど部下のことを見ている上司もいないわ。これはきちんとした面談が必要ね」
「もしもーし、自分は元気ですよ?」
紀元が必死に話しかけるが、飯島の暴走は止まらない。
「よし! そうと決まれば早い方がいいわね。今から面談を実施して、私が癒してあげないといけないわ!」
「ちょっと待ってください! どうしてその結論が導き出されるんですか!」
顔を上げてドヤ顔で宣言する飯島に対し、全力でツッコミを入れる紀元。その様子を見て不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの? この有能すぎる上司が直々に話を聞いてあげるって言ってるんだけど?」
「いやいや、話があると呼び出したのは博士ですよね? 何で自分が相談することになるんですか」
紀元の言葉を聞いて、豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしながら固まる飯島。しばらくすると何かを思い出したかのように声を上げる。
「あー! そうだった、すっかり忘れていたわ!」
「……頼みますよ」
笑顔で答える飯島に対し、大きく肩を落としてため息を吐く紀元。
「できれば手短にお願いしますよ……まだ、やるべき仕事が山積みになっているので」
「そんなにたくさんあるの?」
「……誰のせいでめんどくさいことになってるんですか?」
両手を口に当ててわざとらしく驚く飯島に対し、怒りのこもった視線を向ける紀元。彼の様子を見て黒目を横にずらし、頬を左手でかきながら答える。
「あーえーっと……こんなところで立ち話もなんだし、中に入って話しましょうか? あはは」
一切視線を合わさず、乾いた笑い声をあげるとモニタールームの中に入る飯島。
「もう慣れましたけどね……」
彼女の姿を目で追いながら、小さく息を吐くと続いて部屋に入る紀元。彼が扉を閉めたことを確認すると、椅子に座って話し始める飯島。
「さて、冗談はこのくらいにして……今日、呼びだしたのは迷宮の再オープンに関することよ。妨害工作をしている人物がわかったから、配信をしながら楽しい余興をしたいと思ってね」
「配信をしながらですか……しかし、相手は妨害工作をしている黒幕ですよね? そんな人間が素直に応じるとは思えませんよ」
話を聞いて紀元が顎に手を当て、首をかしげる。すると、勝ち誇ったような顔をした飯島が声を上げる。
「そんなの簡単じゃない、応じさせればいいのよ」
「は?」
飯島の口から耳を疑うような言葉が飛び出し、呆気に取られる紀元。
「どうしたの? 何も変なことは言ってないわよ」
「いやいや、応じさせるってどうやるんですか? 相手は姑息な手段で妨害してくるようなヤツラですよね?」
「姑息な手段って? どうせ役所に圧力かけて難癖付けるとかそんなもんでしょ?」
「ご存じでしたか……」
まさか飯島が知っているとは思っておらず、力なく話す紀元。
「それくらいすぐわかるわよ。まあ、そんな悩みもすぐ解決するわ。もうヤツラの居場所は特定済みだし」
「特定済み……ですか?」
「そうよ。私の情報網をもってすれば一瞬ね。まあ……いろいろやってくれたからお礼をしてあげないといけないと思っているわ」
どす黒い笑みを浮かべながら話す飯島を見て、紀元の額から汗が流れ落ちる。そんな彼の様子を見て、さらに言葉を続ける。
「ふふふ、せっかくなら迷宮ツアーを開始する前に、実際に体験してもらおうと思ってね……」
淡々と語られる飯島の計画を聞いた紀元の顔から、どんどん血の気が引いていく。
「博士……正気ですか? いくら迷宮内と言えども、そんなことを配信するというのは……」
「だから、うちのサイトで招待視聴者のみの限定配信をするんじゃない。私たちに逆らったらどうなるのか、思い知らせるいい機会よ」
「ですが……あまりにもリスクが高すぎませんか?」
「そう? 大丈夫よ、迷宮内は治外法権で自己責任なんだから」
表情こそ笑っているが、目には明らかな殺意が宿る飯島。
(恐ろしい上司を持ってしまったな……だが、頼もしい!)
様々な考えが頭を駆け巡って固まる紀元を気に留めることなく、いくつも並ぶモニターの一つに目を向ける飯島。そこには小太りの男性がワイングラスを片手に、下品な笑みを浮かべる様子が映し出されていた。
「ふふふ……せいぜい終幕までの時間を楽しんでいなさい。私を敵に回したことを地獄で後悔するといいわ」
この数日後、新聞にある記事が小さく載った。
――解散した迷宮管理組合の前理事長と副理事長が昨晩から行方がわからなくなっております。なお、行動を共にしていたと思われる秘書も行方が分からなくなっており、警察は何らかの事情を知っているとして捜査を開始しました――
最後に――【神崎からのお願い】
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