第8話 ペットカメラとは……?
一瞬だけ迷宮の二階層と思われる草原の映像が見えたかと思った直後、画面が暗転したまま何も映らない時間が続く。
「……音羽お姉ちゃん、これはどういうことなんじゃろうか?」
「何が起きてるのかさっぱりわからないわね……暗転したままの画面なのに、やたら軽快な曲が流れているのが不気味だわ」
「そこなんじゃよな。最初に見えた草原に、ちらっと人影のようなものが見えたような気がしたのじゃよ……」
ルリの言葉を聞いた音羽が、驚いて声を上げる。
「うそ? 全然気が付かなかったんだけど……ほんとに?」
「うーん、確信はないのじゃ。画面が切り替わるほんの一瞬じゃったから……」
「……ものすごく嫌な予感がするわ。ルリちゃん、この配信って録画できそう?」
音羽が神妙な顔で問いかけると、首を傾げたルリが不思議そうに聞き返す。
「え? 何を言っておるのじゃ? アーカイブで見ればいいのではないか?」
ルリの返答を聞いて音羽が一瞬驚き、すぐに小さく息を吐いて優しく答える。
「そっか、ルリちゃんは知らなかったんだ。限定配信はアーカイブが残らない設定もできるのよ」
「そうじゃったのか! てっきり残るものだと思っていたのじゃ」
「そうだったのね。だけど……あの飯島女史がわざわざ招待制の配信をするってことは、アーカイブなんて絶対に残すわけがないわ」
音羽の話を聞いたルリは、首がもげるんじゃないかというくらい頷いている。
「そういうことだから、食器棚の近くにあるペットカメラを取ってきてもらえるかしら?」
「わかったのじゃ!」
ルリが食器棚のあたりを探し始めるが、音羽の言うカメラらしきものは一向に見当たらない。
「音羽お姉ちゃん、ペットカメラなんてどこにもないのじゃ」
「え? あるわよ~ルリちゃんが立っているすぐ側なんだけど」
「どこにあるのじゃ? 丸くて白いやつなんぞ、どこにもないのじゃ」
言っている意味がわからずルリが問いかけると、状況を理解した音羽が苦笑いしながら立ち上がる。
「ごめんごめん、ルリちゃんと認識が違っていたわ。私が言っていたカメラはここにあるの」
音羽が指差した場所をよく見ると、食器棚の側面にある木の節目に同化するように、何かが埋め込まれていた。
「んー? これはいったい……あっ、なにか光ったのじゃ! もしや、これはレンズなのか?」
「御名答。節目型の超小型全方位ペットカメラよ。こんなに小さいけど解像度はトップクラスで、どんな些細なものでもバッチリ録画できるの。もちろん音声もちゃんと拾えるわよ」
ドヤ顔で話す音羽に対し、カメラを見ながら凍りついたような表情で固まるルリ。
「……これはペットカメラと言っていいのじゃろうか……」
「え? ペットカメラじゃないの?」
「いや、わらわが知っているカメラとは違うのじゃ。全体的に白っぽくて、球体のような物にカメラが付いて台座があるものじゃないのかのう……動きを感知してクルクル回るものじゃと思っていたのじゃが……」
「あー、それだと解像度と撮影範囲が狭いじゃない。それにこのカメラすごいのよ! 一回充電すれば二週間は動いてくれるし、撮影したデータはクラウドに保存されるんだって」
意気揚々と語る音羽を見て納得し始めたルリだったが、次の一言で現実に引き戻される。
「一番の決め手は『これで証拠集めもバッチリ! 泥棒ネコを裁判で徹底的に叩きのめせます』だったわ」
「スト―ップ! 音羽お姉ちゃん、それはペットカメラじゃないのじゃ!」
言葉を聞いたルリが大声で叫ぶと、呆気にとられた表情の音羽が首を傾げながら聞き返す。
「え、ペットカメラでしょ? だって泥棒するネコを叩きのめせるんだよ?」
「それは意味が違うような気がするのじゃ……」
「そう? 瑛士くんが怪しい動きをするから、監視するのにちょうどいいかなって」
「……ご主人、いろいろと大変じゃろうが、頑張るのじゃぞ」
無邪気な笑顔で話す音羽を見たルリは、ソファーで寝ている瑛士を見ながら深いため息を吐く。すると、軽快な音楽が流れていた画面から声が聞こえてくる。
「はーい、みんな元気? いーちゃんだよ……って、ちょっと、どうなってるのよ! また画面が真っ暗じゃないの!」
「あ、あれ? おかしいですね……ちょっと確認するので、しばしお待ちを」
「早くしなさいよ! せっかく気絶させたゲストが起きたら意味がないんだから! 何のために迷宮に拉致したと思ってるのよ」
「その発言はまずいです……って、博士? マイク入れっぱなしじゃないですか?」
「は? 私がそんなミスするわけ……げっ、は、早く言いなさいよ!」
音声が突然途切れたかと思うと、再び軽快な音楽が流れ始めるが……すでに時すでに遅し。トラブル対応に追われるスタッフを怒鳴りつける音声まで、バッチリ配信されてしまった。
「……なんかトラブってるみたいね」
「そうじゃのう。それよりも、ゲストと迷宮に拉致したって言っていたような気がするのじゃが……わらわの聞き間違いかのう?」
「私にもバッチリ聞こえたわ」
二人は顔を見合わせると、テレビの画面を見つめて黙り込んでしまう。重苦しい空気が支配し始めたとき、ルリが口を開く。
「音羽お姉ちゃん……この配信、放送事故どころの騒ぎじゃないような気がするのじゃが……」
「ええ……間違いないわ。ルリちゃん、よーく見ておくのよ……飯島女史という人間が、どんなサイコパスなのかを」
不安そうな表情で画面を見つめるルリに対し、歯ぎしりをしながら画面を睨みつける音羽。
飯島たちは何のためにゲストを迷宮に拉致したのか?
その言葉の意味は、すぐに明らかとなる――彼女たちの想像を遥かに超える形で……
最後に――【神崎からのお願い】
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