第6話 限定配信までのカウントダウン
「あー昨日はひどい目にあった……」
キッチンで珈琲を入れていた瑛士が、疲れ果てた顔で呟く。
「無音の世界ってマジで怖い……まさか自分の声が反響もせずに消えていくし、周囲は真っ暗で何も見えないって……あの結界の構造、どうなってるんだよ」
ドリッパーから立ち上る湯気と一緒に鼻に届く珈琲の香りを感じながら、改めて昨日の一件を思い返す。
(音羽と閉じ込められた時は、ちゃんと声も聞こえて完全な無音ではなかった……でも、昨日の空間は明らかに違ったぞ。完全な無の空間というのだろうか……何もしていないのに、すべての感覚が狂い始めるなんて)
瑛士の脳裏に浮かんだのは、ルリの余計な一言が原因で音羽が激怒したときのことだった。同じように彼女の魔法で閉じ込められたのだが、ちゃんと二人の話し合う声が響いていた。しかし、一人で閉じ込められた時は、完全に別物だった。
(詠唱は同じものだったが、明らかに何かが違った……うーん、考えてもわからん)
雑念を振り払うように顔を左右に振り、ドリッパーを捨てようとマグカップに手を伸ばしたときだった。目の前にあったはずの珈琲が、跡形もなく姿を消していた。
「あれ? 俺の珈琲、どこいった?」
慌てた瑛士が周囲を見渡していると、リビングの方から声が聞こえる。
「はあ~瑛士くんのマグカップに入れられたモーニング珈琲は最高ね! 寝起きの体に染み渡るわ」
「あっ、音羽! なんで人の珈琲を勝手に飲んでるんだ!」
「瑛士くん、おはよう。やっぱり愛する人が私のために入れたのは格別ね」
「ふざけんな! お前が手に持ってるのは俺のマグカップだろうが……自分のやつを使えよ!」
「え? もー、細かいことを気にする男はモテナイぞ。まあ、私だけを見てくれればいいから関係ないけど」
「何を言っているのか意味がわかんないんですが……じゃなくて、せっかく取り寄せたRabiカフェの限定品なんだぞ……」
項垂れながら瑛士が肩を落としているのには理由があった。音羽が飲んでいる珈琲は、人気がありすぎて売り切れが続いていた人気カフェの限定品だった。何ヶ月も待って、ようやく購入したうちの一つで、こっそり一人で楽しむタイミングを見計らっていた。
「だからすごく美味しいんだ。酸味と苦味のバランスが絶妙なのよね~香りも市販品とは比べ物にならないし。あ、トーストはまだ? 早くモーニングセット出してよ」
「ここは喫茶店じゃねーんだよ! 人の珈琲を奪っておいて言う言葉か!」
瑛士の絶叫がリビングに響き渡った時、勢いよく扉が開けられる。
「あー! もううるさいのじゃ! 人の安眠を妨害するなど、何たる罪深き行為じゃ!」
ウサギのイラストがプリントされたピンク色のパジャマ、ふわふわのボンボンが付いたナイトキャップを被ったルリが、目を擦りながら現れた。
「……おい、ルリ。何時だと思ってるんだよ?」
「ふぁー、九時半じゃろ? それがどうかしたのか?」
「どうかしたじゃねーよ! お前……また夜遅くまでゲーム配信とかしてたんじゃないだろうな……」
「わらわを誰だと思っておるのじゃ! そんな愚行をするわけないじゃろうが」
胸を張って自信たっぷりに声を上げるルリ。
「そうだよな。疑って悪かったな」
「うむうむ、良い心がけなのじゃ。ちょっと配信に夢中になっていたら、外が明るくなっていたのじゃから、夜遅くではないからのう」
「あほか! 朝になってるじゃねーか! それは夜通しっていうんだよ!」
顔を天井に向けて絶叫する瑛士の様子に、首を傾げて不思議そうな顔をしているルリ。
「何を言っているのか、さっぱりわからんのう。音羽お姉ちゃん、ご主人はストレスでも溜まっておるのか?」
ルリに問いかけられた音羽は、珈琲を一口飲んで小さく息を吐きながら答える。
「うーん、昨日の後遺症かもね。ほら、正気に戻るまで結構時間かかったじゃない」
「あー、そういうことじゃったか。それなら仕方ないのう」
「……もとはといえば、原因をつくったのはお前らだろうが!」
「ん? 何を言っておるのじゃ。あんまりガタガタ言うのであれば、もう一回……」
「俺が悪かったです! 静かにしております!」
不機嫌そうにルリが睨みつけると、慌てて頭を下げて静かになる瑛士。その様子を見て、満足そうに声を上げる。
「うむ! 良き心がけなのじゃ。ご主人のせいで眠気も何処かに吹き飛んでしまったのじゃ」
両手を天井に向けながら、わざとらしくため息を吐くルリ。すると、コーヒーを飲み終えた音羽が声を掛ける。
「まあいいじゃない。今日は待ちに待った限定配信の日よ。寝過ごしたら大変だったし」
「そうじゃった! 危なかったのじゃ……そういえば、何時から配信開始じゃったかのう?」
「ちょっと待ってね。今、パソコン立ち上げるから……」
立ち上がった音羽がテレビの電源を入れると、見慣れたログイン画面が表示される。
「いつの間にパソコンと繋いでいたんだよ……」
「忘れたの? 前にみんなで配信見たじゃない」
あっけらかんと音羽が告げると、テレビの台座にある引き出しからワイヤレスキーボードとマウスを取り出し、ソファーに座る。慣れた手つきでログインすると、飯島の配信チャンネル画面が表示された。
「配信開始は四時間後……例のアバターのミニキャラが踊りながらカウントダウンとは、ほんと悪趣味ね」
一切詳細の描かれていない概要欄とは対照的に、可愛いミニキャラが踊りながらカウントダウンをする様子が映し出されていた。
(嫌な予感しかしないな……)
無言で画面を見つめる瑛士の心配は、杞憂なのか……
――限定配信開始まで、残り三時間五十九分――
最後に――【神崎からのお願い】
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