閑話⑮-3 新たな勢力が誕生?
「あースッキリした! やっぱり食べ合わせが良くなかったのかしら? これは研究が必要ね……」
上機嫌になった飯島がトイレから出てくると、廊下を歩いていた女性社員から声をかけられる。
「飯島博士、お疲れ様です。こんなところにいらしたのですね」
「お疲れ様、こんなところって……私だってトイレくらい行くわよ」
「いえ、そういうことではなくてですね……」
少しムッとした顔で言い返した飯島を見て、バツが悪そうに答える女性。その様子に違和感を覚え、飯島は優しく聞き返す。
「あなた……何か困りごとでもあるんじゃない? 私に言ってご覧なさい。どんなことでも解決してあげるわよ?」
「え、は、はい! ありがとうございます!」
思いもよらぬ提案をされた女性は、顔を真っ赤にして答える。
(ふふふ、これで私の株も爆上がり間違いないわ! 仕事は完璧、部下の話も悩みも解決する完璧な上司なのよ)
込み上げる笑いを必死に抑え込みながら自画自賛が止まらない飯島。すると女性が恍惚とした表情で呟く。
「憧れの飯島博士から何でもお願いを言っていいと言われちゃった……どんなことでも任せておけって……ダメよ、私。いくらなんでも博士をペットにしたいなんてお願いはまだ早いわ。それに今は職務に専念して、もっと認められて……」
(……ちょっと言い方を間違えたかもしれないわ……なんかものすごくヤバいことが聞こえたような)
体をくねらせて悶える女性を見て、額から汗が流れ落ち、ドン引きする飯島。このまま放置しておくのは危険と感じ、恐る恐る声を掛ける。
「……すごくいろんなことを考えているところ申し訳ないんだけど、なんかおかしな方向になっていない?」
「は! い、いえ、これは違うんです! 憧れの飯島博士に声をかけていただいて、ちょっと気持ちが暴走したといいますか……決して不埒なことを考えていたわけじゃないです! そう、愛玩動物を愛でるような、そんな高貴なことなんです!」
「そ、そうなの? なんだかよくわからないわ……まあ、あなたにとって私はとても高貴な存在ってことで間違いないわよね?」
「当たり前じゃないですか! 私にとって博士は神と同格と言っても過言じゃないお方……博士がいたから、この会社を受けたんです!」
「ふふふ、よくわかってるじゃない! そう、私は神と肩を並べる存在なのよ!」
言葉を聞いた飯島が胸を張り、上機嫌に答える。その様子を見た彼女は両膝をつき、胸の前で両手を合わせると、涙を流しながら呟く。
「ああ……こんな日が来ることをどれだけ夢見たことか……入社試験の時、どんな手を使ってでもライバルを蹴落とした甲斐があったわ」
「ん? なにか変なこと言わなかった?」
「え? 気のせいですよ~」
首を傾げる飯島に対し、貼り付けたような笑顔で言葉を返す。
「そういえば飯島博士。先程、ものすごい形相でトイレに駆け込まれたと同僚から聞きましたが、どうされたのでしょうか?」
笑顔から一転して心配そうな表情で見つめる女性。まるで小動物のような瞳に、飯島は気まずそうに顔を背けながら答える。
「おやつにアイスを頂いていたんだけどね……ちょっと食べ合わせが良くなかったみたいで、お腹を壊しちゃったのよ」
「そうだったんですね。大丈夫でしょうか?」
「ええ、もう大丈夫よ! モーゲンダッツの新作はすごいわね。本当に食べる手が止まらなくなるのよ」
飯島の口からモーゲンダッツという名称が出た瞬間、女性の目が鋭く光り、前のめりになって話しかける。
「は、博士もモーゲンダッツを食されるのですね! ちなみに推しの味とかありますか?」
「あなたもモーゲンダッツ派なのね!」
彼女の言葉を聞いた飯島の表情が一気に明るくなり、捲し立てるように答える。
「私の推しは、なんといってもキャラメルクリーム味よ! 新作のチョコミント味も捨てがたいのだけど、あの甘さと香ばしさ、そしてミルクとの相性がバッチリのキャラメルクリームを推したいの! な・の・に、毎回人気投票で下位に沈むのが納得できないのよ! まあ、王道のバニラ味は仕方ないにしても、チョコクッキーにすら負けるなんてありえないわ!」
「わかります! 私の推しもキャラメルクリーム味なんです! あのバランスは、他の味には出せない絶妙なバランスがあるのに……なぜ世間一般の人はわからないのか……これは由々しき問題だと思います!」
自分と同じ意見を持つ人間が現れたことに、驚きを隠せない飯島。
「あなた……よくわかってるじゃない!」
飯島が彼女を見つめる視線は、もはや部下を見る目ではなかった。同じ志を持つ同志と認め、自然と右手を差し出していた。
「は、博士……この手は?」
「何を言っているのかしら? あなたはもう同志として認めたのよ? さあ、その手を取りなさい!」
「は、はい!」
目を輝かせた彼女が手を握り返し、固い握手を交わす二人。
「ふふふ、いい目をしているわね。あなた、名前はなんというの?」
「あ、ありがとうございます! 私は峯川 雫といいます」
「雫ちゃんね、いい名前だわ。いい? 私たちは今日から同志よ。キャラメルクリーム味を布教するためにも頑張りましょう!」
「も、もちろんです!」
他の社員が行き交う廊下にも関わらず、二人だけが別の空間に転移したかのように、時が止まっていた。数分後、我に返った飯島が思い出したように峯川に問いかける。
「あ、そういえば雫、何か困っていたわよね? 何があったのか言ってみなさい」
「そうでした! 私はずっと博士を探していたんです」
「私を探していた? どうして?」
「ええっと、実はですね、本部長が……」
「あー! やっと見つけましたよ、飯島博士!」
峯川が言葉を続けようとした時、廊下の奥から紀元の叫び声が響いてきた。
「げっ、紀元……」
「げっ、じゃないですよ! ちょっと応接室の件を含めてお話があります。一緒に来ていただきましょうか?」
「あ、そういえば、すごく大事な用事を思い出したわ! 急いで向かわないと!」
わざとらしく大きな声を出すと、脱兎の如くその場から走り去る飯島。
「ちょっと、逃げないでください!」
走り去った飯島を追うように、全力で追いかける紀元。見慣れた光景に呆気にとられた雫だったが、ゆっくり立ち上がると、二人が消えた廊下の先を見つめながら呟く。
「私の博士をいじめるなんて……本部長……いつか痛い目に合いますよ……」
静かに殺意をみなぎらせながら、二人とは反対方向へ歩みを進める雫。
まさか内部に新たな敵が発生したなど、紀元は知る由もなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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