閑話⑮-1 紀元の苦難は続く
瑛士たちが自宅のリビングでくつろいでいた頃、ビルの一室で頭を抱えている人物がいた。
「はぁぁぁぁ……工事が遅れているってどういうことだよ……」
クソでかいため息を吐きながら、両肘を机について頭を抱える紀元。目の前に積まれた書類の山と戦う気力すら残っていなかった。
「ほんとにどうするんだよ……博士が暴走したせいで、近隣店舗の休業補填をすることになったのだが……この期に及んで工期の目処が立たないと言われても、世間様にどう説明すればいいんだよ」
ことの発端は三日前、迷宮の工事を管理する部下から悲痛な電話がかかってきたことだった。
「ほ、本部長……ちょっとご相談がありまして……」
「珍しいな。お前が困ったような声で連絡を入れてくるなんて今までなかったぞ。その様子だと何か問題でも起こったのか?」
「は、はい……先日、博士が現場に現れたことはご存知ですか?」
「ああ、もちろんだ。俺も久しぶりに現場に足を運んだときだな」
電話を受けた紀元は目を閉じ、迷宮を視察したときのことを思い返す。すると、部下から予想外の言葉が飛んでくる。
「いえ、その後に再びフラッと現れたんですよ……職人さんたちが帰宅した後に」
「はあ? それはいつの話だ? 職人が帰った後って……まさか夜に忍び込んだのか?」
報告を聞いた紀元の声が大きくなり、左手を額に当てて大きなため息を吐く。
「そうなんです。たびたび職人さんから、微妙に棚の位置がズレているとか、妙な傷があると報告を受けていました。それで職人が帰った後、しばらく隠れていたら飯島博士が現れたんです」
「あの人は何をやってるんだよ……」
「息を潜めていると『こんな店の位置じゃ私のパネルが映えないじゃないの! ちょっとくらい動かしても大丈夫よね?』とか『邪魔くさい柱ね……少し細くしておいてあげるわよ』とか言いながら作業をはじめまして……」
「よしわかった。ちょっと飯島博士を問い詰めてくる」
報告を受けた紀元が飯島のところへ向かおうと決心した時、電話越しに部下が慌てて止めに入る。
「本部長! ちょっと待ってください! 自分も止めに入ろうとして飛び出したんです。でも、その直後に何故か世界が暗転したというか……気がついたら朝だったんです」
「はあ? 一体何が起こったんだよ? ちゃんと説明しないとわからないじゃないか」
「そう言われましても……何が起こったのかわからないんですよ」
紀元が語気を強めて部下に伝えると、本当に困ったような声で訴えかける。そして再び奇妙なことを言い始める。
「目を覚ましてから、博士がいじっていた棚のあたりを確認したのですが……どこを触ったのかわからないくらい痕跡が消え去っていたんです」
「……すまん、何を言っているのかさっぱりわからん……」
何を言っているのかさっぱりわからず、頭を抱える紀元。
「自分でも何を言っているのかわからないのですが、真実なんですよ……職人さんにも確認してもらったので間違いありません。その後は何事もなく工事が進んで、役所の最終検査を迎えたのですが……」
「最終検査に合格できなかったんだろ?」
「おっしゃるとおりです。博士が指示を出した部分がすべて指摘され、是正勧告を受けてしまいました」
「やっぱりな……」
部下からの言葉を聞いた紀元は、予想通りといった様子で答える。すると彼にさらなる悲劇が襲いかかる。
「それでですね……役所の方から『是正を直さない限り、再オープンを認めることはできない』と言われてしまいました……」
「どういうことなんだ? そんな話聞いたことがないぞ?」
「自分も初めて聞きました。他の担当者とも緊急協議をしたのですが、なぜかうちだけがやたら厳しくて……本部長、なにか心当たりはありませんか?」
「心当たりなんてあるわけ……あ!」
部下の言葉を聞き、少し前に飯島と交わした言葉が頭をよぎる。
(あの時、博士が私に任せておけと言っていたな……何をやったのか知らないが、やけに素早く認可が降りた。まさか、その時の報復をしてきているというのか!)
「本部長? どうされました?」
部下の声を聞いた紀元が我に返ると、慌てて返答をする。
「なんでもない。報告の件はわかった、俺の方で対応しよう。それと、うちの現場が原因で他の店舗に影響が出るのは申し訳ない。休業補償も含め対応を話し合いたい、すぐに各責任者と会合の場を設けてくれないか?」
「あ、はい! わかりました。明日にでもご報告できるかと思います」
「ああ、よろしく頼む。日時は相手の都合で構わないからな」
「承知しました。決まり次第、すぐにご連絡いたします」
電話を切った紀元は両手で頬を叩き、気合を入れ直すと自らを奮い立たせるように呟く。
「ここが正念場だ! どうせ長くても数日ずれ込むだけだ。本部長の手腕を見せつけてやろう!」
意気揚々と廊下を歩き、関係各所の調整を取り始めた。それから数日後、まさか運ばれる書類の山が雪だるまのように増えるとも知らず……
「まさかこんな山積みに問題が出てくるとは……しかし、部下の期待を裏切るわけにはいかない。あんまり使いたくない手だが、飯島博士に相談するか」
椅子から立ち上がると、山のように積み上がる書類の中から大至急と書かれた物を手に取る。そして、飯島のいるモニタールームに向かって歩みを進める。
(博士ならなんとかしてくれるだろうが……これだけ恨みを買うとは、一体どんな手段を取ったんだよ)
さまざまな考えが頭を駆け抜けるが、飯島が何を考えているのかさっぱりわからなかった。
まさか彼女が、さらに大きな爆弾を用意しているとは――まだ紀元は気がついていなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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