第1話 事の発端はオレンジジュース?
三人が迷宮の工事現場を訪れてから数日後、リビングでくつろいでいた瑛士と音羽。突然、ドアが外れるくらいの勢いで開かれると、タブレットを持ったルリが飛び込んできた。
「わ! なんだ?」
「た、大変なのじゃ! 大ニュースを発見してしまったかもしれん!」
「なんだルリか……もう少しドアは丁寧に開けろ。ぶっ壊れたらどうするんだ?」
「ごめんなさいなのじゃ……って、そんなことよりも大変なのじゃ!」
息を切らしながら興奮した様子で騒ぐルリに対し、音羽が小さく息を吐いて話しかける。
「ルリちゃん。何を見たのかわからないけど、慌てすぎると話が分からなくなるわ。ほら、冷たいオレンジジュースを入れたから、一回落ち着こっか?」
「あ、ありがとうなのじゃ!」
音羽がテーブルにマグカップを置くと、勢いよく飛びつこうとするルリ。
「おい、家の中は走るな! 転んだら怪我だけじゃすまないぞ」
「わ、わかったのじゃ……」
瑛士に一喝されて肩を落としながらゆっくり歩くルリ。テーブルに置かれたオレンジジュースを一口飲むと、いきなり大声を上げる。
「な、なんじゃこの美味しさは! 普通のオレンジジュースとは一味も二味も違い過ぎるのじゃ!」
マグカップを握りしめながら一気に飲み干すと、恍惚とした表情のまま固まってしまうルリ。その様子を見た音羽が得意げな顔で話しかける。
「ふふふ……ルリちゃんも知ってしまったようね。そのオレンジジュースの美味しさを!」
「わらわはもう戻れないのじゃ……この世にはこんな美味しいものが存在しているなんて……」
「そうでしょそうでしょ。なんといっても生絞り百パーセントなのよ」
「な……生絞りじゃと? ……いや、わらわは騙されんぞ! みかんは冬の果物というくらい知っておるのじゃ!」
ルリはマグカップを見つめると顔を上げ、すぐさま音羽に真剣な眼差しを向ける。すると、音羽は不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「そうね。ルリちゃんが言う通り、国産のオレンジは収穫時期が一月から三月……今は夏でも世界のオレンジが店頭に並ぶから珍しくはないわ。だけど、わざわざ買うようなことはしないわね」
「うむ、たしかに手に入らないことはない。しかし、わざわざ買ってまで絞るようなことはしないのじゃ! なぜなら、冷蔵庫の中に実物が入っていることなど、一度も見たことがないのじゃ!」
マグカップを置くと、某名探偵のように音羽を指さしながら宣言するルリ。二人のやり取りを黙って見ていた瑛士が、呆れたように口を開く。
「なんで冷蔵庫の中身を把握してんだよ……」
「わらわのアイスパトロールの一環じゃ! 不届き者が盗っては困るからのう」
「誰もお前のアイスは食べねーよ……後がめんどくさいし」
「む? 聞き捨てならんな! さてはわらわのアイスを狙っておるな!」
「狙わねーよ! そのくらい自分で買うわ!」
大声で抗議する瑛士を無視して、ルリは再び音羽に声をかける。
「ふふふ……このオレンジジュースは、隣町のミオンの中にある専門店で購入した物じゃ! どうじゃ、音羽お姉ちゃん。わらわの名推理の前には、ぐうの音も出まい」
勝ち誇ったような表情で宣言するルリだったが、様子がおかしかった。言い当てられたはずの音羽が、笑みを浮かべたまま余裕たっぷりな顔で口を開く。
「さすがルリちゃん……と言いたいところだけど、残念ながらハズレよ」
「な、なんじゃと……」
まさかの返答を聞いて、この世の終わりのような表情で膝から崩れ落ちるルリ。
「普通に考えればミオンの専門店だと思うわ。でもね……これは自動販売機で買ったのよ!」
「な……なんじゃと! ありえん、ありえんのじゃ!」
驚愕の事実を告げられ、驚くとともにそのことを受け入れることができないルリ。すると、音羽がさらに畳みかける。
「信じたくないでしょうね。しかし、これは真実なの! 近くのスーパーマーケットホローに設置された、生絞りオレンジジュース自動販売機の商品よ!」
「そ、そんな……三日前、迷宮の帰りに、わらわがアイスの仕入れに行った時にはなかったのじゃ……」
「そりゃそうよ。設置されたの、昨日だもん」
音羽があっさりと事実を告げると、ルリが両手を床について肩を震わせる。
「そ、そんな……流行の最先端を行くわらわが、見落とすなんて……」
あまりのショックに耐え切れなくなったのか、大粒の水滴が床に落ちていく。すると、音羽がゆっくり近づいて肩に右手を置き、優しく語り掛ける。
「ルリちゃん、前向きに考えましょう。いつでも、すぐにこのオレンジジュースが飲めるのよ」
「音羽お姉ちゃん……」
顔を上げると左手で涙を拭い、音羽を見つめるルリ。
「お前らな……たかがオレンジジュースで何をしてるんだ……」
「はぁ? たかがオレンジジュースじゃと?」
二人の様子を見ていた瑛士が呆れたように声を上げると、ルリが殺気立った目で睨みつける。
「ご主人は、事の重大さを全く理解しておらん!」
「あ、そういえば自動販売機が設置されたのを教えてくれたのは、瑛士くんだったわ」
「なんじゃと? ご主人は知っておったのに、言わなかったじゃと?」
音羽が更なる爆弾を投下したことによりルリの眼光がさらに鋭くなり、全身から黒いオーラが漂い始めた。あまりの迫力に慌てて瑛士が言い訳を始める。
「あ、いや、俺が見たのは運ばれてきたところでな……いつから稼働するかは知らなかったんだ」
「そんな言い訳が通用すると思っておるのか? わらわに報告しなかったことが、どれ程重い罪なのかわかっておるのじゃろうな?」
「なんでそうなるんだよ! ちょっと忘れていただけだろ……それに音羽が一番に買ってきてくれたんだから、いいじゃねーか!」
「それとこれとは話が別なのじゃ! 音羽お姉ちゃんを使って罪を軽くしようなど……ギルティじゃ!」
今にも掴み噛みそうな勢いでルリが瑛士を睨みつけていると、何かを思い出した音羽が割って入ってきた。
「そういえばルリちゃん。何か重大な発見があったんじゃなかった?」
「あ、そうじゃった! 命拾いしたのう、ご主人」
音羽に問いかけられて我に返ったルリが、悔しそうな表情でタブレットを取り出す。
「あ、危なかった……サンキュー、音羽」
「ふふ、これで貸しが何個目かしら? ま、近いうちにまとめて払ってもらいましょうか?」
「怖すぎるだろ……そもそも、そんなに貸しがありましたっけ?」
猛抗議する瑛士を音羽が無視していると、タブレットを操作していたルリが声を上げる。
「あったのじゃ! これを見てほしいのじゃ!」
画面を向けると、驚いて固まる二人。
はたして、タブレットには何が映し出されていたのだろうか……
最後に――【神崎からのお願い】
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