閑話⑭-3 紀元が目撃した異変(後編)
紀元が異様な光景を目撃していた頃、迷宮の一階層では飯島のご機嫌な声が響いていた。
「んー! やっぱり自分で作るみたらし団子は最高ね! さっきはノンアルでもいいからビールが飲みたかったけど、やっぱり熱い緑茶が最高ね」
一人用七輪を前にして満面の笑みで団子を頬張る飯島を見て、急須を持ってそばに控える黒服の男性は胸をなでおろしていた。
(ほんと良かった……事前にお店の人に聞いた持ち帰りセットを予約しておいて正解だった)
「ん? 何をボケっと突っ立ってるの? ほら、お茶がなくなってるわよ」
「は、はい! ただいまお注ぎいたします」
飯島に声をかけられた男性が慌ててお茶を注ぐと、湯呑から湯気が立ち上る。
「このあっつい玉露がいいのよね。みたらし団子の甘さを中和させて、口の中をさっぱりしてくれる……ほんと最高だわ」
上機嫌で笑顔を浮かべている飯島を見て、小さくため息を吐く男性。
(本部長……あなたは本当にすごい人ですよ。博士の性格を熟知しているからって、お店で起こるトラブルすら予見して対策を二重三重に立てておけるなんて)
急須を持ったまま、天を仰ぐように顔を上げた男性は先ほどの出来事を思い返す。事の発端は観光エリアのみたらし団子体験ができる店で、若いバイトの女性店員が放ったある一言だった。
「申し訳ありません。年齢が確認できない方にはアルコール系飲料は提供できないのです」
飯島がノンアルコールビールを注文しようとした時、彼女が放った一言が思いっきり地雷を踏みぬいたのだ。
「はあ? 誰が子供だっていうの!」
「いえ、そうではありません。年齢の確認できる身分証を提示していただく決まりでして……」
「あのね、見ればわかるでしょ?」
「そう言われましても規則で決まっているので、ご協力いただけないのであれば提供できません」
「アンタの目は節穴なの? それに私が頼んだのはノンアルよ、ノンアル! さっさと持ってきなさいよ!」
一気にヒートアップする飯島に対し、毅然とした態度で立ち向かう店員。そして、次の一言が一番踏んではいけない地雷を踏みぬいてしまった。
「何を言われても規則は規則ですので! それに……どう見ても子供にしか見えないし」
その呟きが聞こえた瞬間、店内の空気が一気に凍り付いた。飯島のそばで待機していた黒服の男性がとっさに前に出ようとしたが、すでに手遅れだった。
「誰が……誰が子供ですって!」
「あ、聞こえてました? ですので、年齢の分かる身分証をお願いします。規則なので!」
飯島の金切り声が店内に響き渡り、引くに引けなくなった店員も応戦し始める。ヒートアップする二人を止められずにいると、謎の金髪ツインテールの少女が突然割って入ってきた。そして、謎のマジックを使って飯島を気絶させたのだ。
(途中で正体に気が付いたけど……ホントにいいタイミングで来てくれたよ。ほんとは俺もサインとか欲しかったけど、博士のことが公に出るほうがまずかったから仕方ない……自分でもびっくりするくらいうまくいったもんな)
気絶した飯島を車へ運び込んだ後、場の混乱を謎の少女に押し付けて自分たちは早々に立ち去った。しっかり紀元が手配していたお持ち帰りセットは受け取って……
「なぜか店長さんには感謝されたけど……ま、結果オーライか」
「何が結果オーライなの?」
心の声が思わず口から漏れ出し、ばっちり聞いていた飯島が男性へ問いかける。
「い、いえ、何でもありません! 博士の笑顔が見れて結果オーライだということですよ」
「ふふふ、あなたは分かってるじゃない。私の笑顔を見れるなんて、最大の癒しよ」
(癒しというよりは安堵のほうが強いんだけど)
男性が苦笑いをしながら頷いていた時だった。
「やっと見つけた……こんなところにいたんですか、飯島博士!」
「げっ、紀元! やべっ見つかった……」
息を切らしながら走ってきた紀元が声をかけると、露骨に嫌そうな顔をする飯島。
「ハァハァ……なんでそんな露骨に嫌そうな顔をしてるんですか?」
「ナ、ナンノコトカサッパリワカラナイワ?」
「片言になる時点で怪しさ満載ですよ……って、そうじゃない! 大至急博士に報告しないといけないことがあったんです!」
紀元が必死に訴えかけると、飯島は一口お茶を飲んで真剣な目つきで答える。
「大至急? あんたが慌てるくらいだから面白いことでもあったんでしょ? 早く話しなさい」
「わかりました。信じて頂けないかもしれませんが……」
迷宮の外で見慣れない猫がいて、鳴き声を上げると同時に円柱状の光が出現したこと。しばらくすると謎の大穴が開いたこと。ウサギを引き連れた金髪ツインテールの少女と謎の猫が、大穴の空中に浮いていたこと。彼女らが去ると元の景色に戻り、大穴の痕跡など最初からなかったように消え去ったことを紀元が矢継に話した。
「……」
無言でお茶を飲み、何の反応も返さない飯島に問いかける紀元。
「博士、私の話を聞いてました?」
「聞いてるわよ。あーお茶が美味しいわ」
「そうじゃなくて、なんか言う事ありませんか? 明らかに異常事態ですよ?」
「ふーん」
興味なさげに答える飯島に対し、紀元が肩を落とした時だった。
「なるほどね……面白いじゃない」
「は? 面白いとはどういう意味でしょうか?」
「アンタに説明してもわからないわ。それよりも団子はこれで終わりなの?」
「え、あ……頼んだのは一人前でしたので……」
「はあ? 全然足りないんだけど! アンタたち、さっきの店に行って早く買ってきなさい!」
「は、はい! おい、行くぞ!」
急須を持ったまま呆然と立っていた男性に向かって、紀元が声をかける。
「は、はい!」
紀元が歩き出すと男性は急須を持ったまま、小走りで後を追いかける。すると、飯島が二人に向かって声をかける。
「あ、あんたたちの分も忘れずに貰ってきなさいよ! 一人で食べるより人数が多い方が美味しいでしょ……」
「え、あ、はい! わかりました」
「飯島博士、ありがとうございます!」
「いいから早く行きなさいよ! 別にアンタたちのためってわけじゃないんだからね!」
真っ赤になりながら顔を背ける飯島に対し、満面の笑みで返事をする二人。そして、彼らの姿が見えなくなると一階層に静寂が訪れる。
「ウサギと猫……面白いじゃない! 今はまだ早いわ、しばらく泳がせておきましょう」
怪しげな笑みを浮かべる飯島の呟きは止まらない。
「ふふふ……最後に笑うのはやっぱり私だったのね。さあ、楽しくなってきたわよ!」
静寂を打ち破るように一階層に飯島の高笑いが響き渡る。
未だ見えぬ彼女の目的とは? そして着実に少しずつ闇は忍び寄り始めていた……
最後に――【神崎からのお願い】
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