第1話 ルリのお悩み相談
二人が初めて迷宮に挑んでから数日後の昼下がり。リビングのソファで横になる瑛士のもとに、忍び寄る影があった。
「こりゃ瑛士! 真昼間から何を寝ておるんじゃ!」
「あ? うるせーな……せっかくの休日に昼寝していて何が悪い」
「せっかくの休日じゃと? ダンジョン攻略もせず、配信もしないお主が何を言っておるのじゃ。わらわを見よ! 下僕どものために、ゲーム配信からお悩み相談まで欠かさず行っておるというのに!」
「部屋に引きこもって毎日ゲーム三昧のくせによく言うわ。お悩み相談と言っても、どうせろくな相談も来てないんだろ?」
どや顔で胸を張るルリに目もくれず、瑛士は左手を目に当てて大きな欠伸をする。
「そうやって言っていられるのも今のうちじゃぞ? わらわのお悩み相談は大人気じゃからの」
「ヘーソウナンデスネ。そこまで言うなら、どんな相談が来てるのか言ってみろよ」
「ふふふ、いいじゃろう。興味なさげに言っておられるのも今のうちじゃ。では発表してやろう! わらわのすごさを思い知るが良い!」
彼の様子を気にかけることもなく、ルリは慣れた手つきでタブレットを操作しながら話し始める。
「この質問は、わらわも少し悩んだものじゃぞ」
「お前でも悩むことがあるんだな」
「む、それはどういう意味なのじゃ? まあいい。質問の内容はじゃな……
『僕には二次元の嫁がいますが、親から現実を見ろと日々怒られています。どれだけ嫁のすばらしさを語っても理解してもらえません。それどころか、いい年した大人が二次元にはまっていることを罵倒してきます。このままでは、何年もかけて集めた嫁グッズすら捨てられかねません。どうしたらよいでしょうか? 三十五歳無職男性』とのことじゃ」
「働け。以上」
「なんという辛辣な答えしかできんのじゃ、ご主人は……」
「これ以上の答えはないだろ? 三十を超えてニートかよ……。そもそも、そんな相談をルリにしてくる時点でお察しだろ」
瑛士はソファに寝転んだまま、大きくため息をつきながら気だるそうに答える。その態度を見たルリが、あきれた様子で首を左右に振った。
「はぁー、ご主人は何もわかっておらんのう。もう少し相手に寄り添った返答をするのが、人情というやつじゃろうが」
「じゃあお前は、なんて答えたんだよ?」
「しかと聞くが良い! 『そうか、二次元の嫁がおるとは良いことじゃ。今は多様性の時代じゃからのう。しかし、そのままでは支えていくこともできんじゃろうし、わらわへのスパチャも難しくなる。そこでお主に提案じゃ! お主も配信者にならぬか?』とな」
「おい、ちょっと待て! ツッコミどころしかないぞ!」
「どこがじゃ? ご主人、多様性の時代ということを忘れてはおらぬか? さまざまな愛の形があってもよいと思うぞ」
「多様性ってそういう意味じゃねーよ! それより、最後のセリフが問題ありすぎだろ!」
ソファから飛び起きた瑛士が、ルリに向かって叫ぶ。しかし当の本人は、首をかしげてぽかんとした顔をしていた。
「何か問題でもあったんじゃろうか? 人気配信者になればスパチャがものすごい額になると聞いておるぞ? それにドローンは迷宮が貸してくれるし、運動不足の解消にもなって一石二鳥じゃぞ」
「いやまあ、そうなんだけどさ……」
「それに下僕からは『ルリ様とご一緒にできるように配信者目指します! その時は一緒にいるあの男を蹴落として僕がルリ様の隣に……ぐふふ』と言っておったぞ」
「下心ありありじゃねーか! しれっと俺が敵認定されてるし……」
「よかったな、ご主人! ライバルが現れたということは、攻略にも張り合いが出るということじゃ」
「俺の命が狙われてるんですけど?」
頭を抱えて悩む瑛士に対し、ルリは満足げに笑っていた。
「ほかにも質問があったぞ。そうそう、ご主人に関することもあったのじゃ」
「俺に関することだと?」
「そうじゃ、どれじゃったかのう……」
ルリがタブレットの画面をスクロールさせていき、あるところで指が止まる。
「あったのじゃ。『ルリ様、こんばんは。迷宮攻略配信もしっかり見ていたわよ。あの時一緒にいた瑛士くんだっけ? すごく可愛くてアタシ好みなの。今度配信するとき、オネエ仲間と一緒に迷宮へ押しかけてもいいかしら? 思いっきりかわいがってあ・げ・る』じゃとさ」
「断る! 断固として断る!」
「おお、ご主人から並々ならぬ強い決意を感じるぞ」
「あたりまえだろ! なんでオネエ軍団に狙われるんだよ! 嫌すぎるだろ!」
「それもそうじゃ。まあ、迷宮側に迷惑をかけて出禁にされても困るしのう。だから『わらわたちが完全攻略してからなら良いぞ』と返しておいたぞ」
「ノーーーーーー!」
リビングの窓を揺らすほどの瑛士の大絶叫が響き渡り、目の前にいたルリは目を回し、タブレットを落としそうになる。
「ご、ご主人……大声を出しすぎなのじゃ……耳がキーンとなってしまったのじゃ」
「なんて返事を返してるんだよ! そんなもん却下だ、却下!」
「まあよいではないか。わらわが完全攻略を宣言しなければよいだけじゃしな」
「……それが一番信用できねーんだよ……」
肩を落として項垂れる瑛士を見たルリが、ふと何かを思い出したように口を開いた。
「そうじゃった! もう一つ、ご主人あてに奇妙なメッセージが届いておったぞ」
「今度は何だよ?」
「んー、有名配信者の『ミルキー・マジカル』先輩からなんじゃが……わらわにはよく意味がわからんのじゃ」
ルリが怪訝そうな顔で、タブレットを瑛士に差し出してきた。
「なるほどな、どれどれ……」
タブレットに映し出されたメッセージを見た瞬間、瑛士の顔から一気に血の気が引いていった。
一体、画面に映し出された内容とは何だったのか──
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