閑話⑬ー2 飯島の暴走と紀元の誤算
「博士……って、いない?」
飯島の計画書を見た次の日、モニタールームを訪れた紀元は大きく肩を落として項垂れていた。
「くそっ……昨日、無理やりにでも引き留めるべきだった。よりによって緊急の会議が連続で入るなんて……」
迷宮管理における組織再編で頭を抱えていると、珍しく飯島が訪ねてきた。さらに彼がずっと悩んでいた事案を数日で片づけると宣言したのだ。
「博士に任せておけば大丈夫だとは思ったが……まさか数時間で決着をつけてくるとは、いったいどんな手を使ったんだよ……」
怪しい動きをしていたところまでは、紀元たちも掴んでいた。しかし、あと一歩の肝心な証拠を見つけることができず、一向に改革が進まず足踏み状態が続いていた。裁判覚悟で強引に進めようとしたタイミングで飯島が動いた。数時間後、紀元の元に一本の電話が入り、前理事の一斉退職と汚職事件による緊急逮捕となったのだ。
「ほんとあの人の情報網は凄まじい……それについては感謝してるんだが……」
大きく息を吐いて肩を落とした紀元の手に握られていたのは、飯島が置いていったある計画書だった。
「博士には恩があるから多少のことは目をつぶるけど、さすがにこの計画は看過できんだろ。よりによって迷宮の一階層、しかも一番いい立地に自分のグッズショップを作らせるって……」
飯島が置いていった計画書には、『謎多き天才美女・いーちゃん☆オフィシャルショップ仕様書』と明記されていた。その場で確認を取ればよかったのだが、彼女が手を回した事による後処理の緊急会議や対応を優先せざるを得なかった。次の日、出勤した彼のスマホに迷宮へ出向いた部下から信じられない連絡が入る。
「はあ? 工事業者が来て作業を始めるだと? そんな話は聞いておらんぞ……確認が取れるまでそこで待機させてくれ」
「は、はい……自分もそう言われると思って責任者と交渉したのですが、飯島さんから無茶な工期を押し付けられて時間がないと言っておりまして……」
「はあ? ちょっと博士に確認するからちょっと待ってろ。すぐ連絡する」
スマホを切った紀元が慌てて確認のためにモニタールームに駆け付けるが、飯島の姿はなく迷宮の様子が映し出された映像が流れているだけだった。
「あーもう……肝心な時に捕まらないんだ! どこにいるんだよ!」
紀元が感情に身を任せて机を思いっきり叩いた時、ある映像が目に入る。
「へ……な、なんで飯島博士が迷宮の一階層にいるんだよ!」
画面に映し出されていたのは設計図のような書類を持ち、業者に指示を出している飯島の姿だった。そして、その隣では部下が飲み物を持ったまま直立不動で立っていた。
「アイツは何をやってるんだ……」
呆然と画面を見つめていると、不意に飯島と目が合ったような気がした。すると部下に何をか話しかけると、紀元のスマホが通知音を告げる。
「はい、紀元です」
「ああ、紀元? 私よ、飯島。あなたモニタルームにいるでしょ?」
「え? 何でそんなことがわかるんですか? それよりもなんで博士が迷宮にいるのか理解できないのですが……」
「そりゃ私のお店をつくるんだから陣頭指揮を取るのは当然でしょ。それよりも工期が厳しいのよね。だから当初の予定より、迷宮のオープン日を遅らせなさい」
電話口から聞こえた飯島の言葉を聞いて、意識が遠のき始める紀元。寸でのところでつなぎとめると、焦った様子で聞き返す。
「しょ、正気ですか? 迷宮の再開日は行政にも届け出をしておりますし、遅らせるとなると手続きが……」
「は? 私が遅らせなさいと言っているの! 聞こえなかった? 最低でも一週間は遅らせるのよ」
「で、ですが……」
紀元が言い淀んでいると、飯島が畳みかけるように叫ぶ。
「行政なんてほかっておけばいいのよ! 私が言えば何とでもなるし、そんなことよりもお店ができてないことが大問題なのよ! どうせ今回の件で役所も大きく出られないだろうから、頼んだわよ」
「え? は? ちょっと博士?」
紀元が聞き返すよりも早く一方的に通話が切られる。
「マジかよ……なんでこう次から次へと問題ばかり……」
膝から崩れ落ちた紀元の手からスマホが滑り落ち、モニタールームに無機質な音が響く。
数十分後、正気に戻った紀元が関係各所に連絡をすると、思わぬスピードで延期承認が降りるどころか『飯島博士の気の済むように』とまで言われる始末だった。
「あの人、どんな手を使って何をしたんだよ……」
改めて飯島の底知れぬ力を思い知らされることになった。
「さてと……俺も責任者として、現地視察をしておくか。どうせ博士もすぐ戻ってくるだろうし、その時に話を聞けばいいか」
大きく息を吐くと次の打ち合わせが迫っているため、モニタールームを後にした紀元。しかし、彼は気が付いていなかった、すぐに飯島と連絡を取らなかったことが後に思わぬ事態を引き起こすことになろうとは……
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