閑話⑬ー1 迷宮改修の裏側
迷宮のシステム改修工事が始まって数日が経過したころ、会社の屋上でタバコを吸う紀元の表情は疲れ切っていた。
「つ、疲れた……まさかここまで大ごとになるとは、思ってなかったぞ……」
転落防止用のフェンスにもたれ掛かり、項垂れる紀元。なぜ彼がここまで疲弊してしまったのか……その答えは今まで迷宮の管理をしていた団体のせいだった。
「天下りの役人どもが好き勝手やっていると聞いていたが、ここまで腐りきっているとは……資金の横領は当たり前、テナント料はほぼボッタくり、挙句の果てには管理らしい管理は全て下請け、いや何次請けかわからないところに丸投げとはな」
彼が思わず愚痴をこぼしたくなるほど内情はひどいものだった。巧妙に隠された二重帳簿と決算書、顔も見たことのない理事が多数在籍、現場の職員は薄給で全員が死んだ魚のような目をして働いていた。そこで彼が真っ先に着手したのが、組織の改編だった。
「本当に裏から手を回しておいて正解だった……」
組織の実態解明にあたっても闇が深く、政治的な要素が絡んでいて紀元だけでは到底成し遂げることは不可能だった。最善の選択肢が見えないまま机の前で頭を抱えていた彼の元に、思わぬ救世主が現れる。
「何やってるの? まだあのクソジジイどもの排除はできないの?」
紀元の前に現れたのは、呆れたような顔をした飯島だった。
「すいません……どう動こうとしてもお上からの圧力がかかり、八方ふさがりでして……」
「ふーん。そんなことで悩んでいたの?」
「いや、そんなことって言われましても……この後の迷宮管理を考えるとどうしても避けては通れなくて」
紀元が悲痛な表情で訴えかける様子を興味なさげに聞き流す飯島。小さく息を吐くと彼の近くまで歩み寄り、両手で机を思いっきり叩きつける。
「ほんっとアンタは昔から頭が固いのよ! 何で一人で何とかしようとしているの?」
「え? それはどういう事でしょうか……部下に任せるわけにもいきませんし」
「だーかーら、なんで私に相談しないのかって言ってるの?」
飯島の言葉を聞いた紀元は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔のまま固まってしまう。
「アンタを引き抜いたのは誰? 上司である私は部下の面倒を見るのも仕事なのよ。いいからさっさとリストを渡しなさい」
「え? あ、はい……博士、すいません」
「謝る必要なんてどこにあるの? あのクソジジイどものせいで、私の計画が遅れるほうがよっぽど大問題よ。それにアンタにはいつも迷惑かけてばっかだし……」
意気揚々と語る飯島だったが、話が進むにつれてどんどんトーンダウンしながら顔を背け始める。
「あ、ありがとうございます。博士、最後の方がよく聞こえなかったのですが?」
紀元に聞き返されると思っていなかった飯島は、顔を真っ赤にしながら声を荒げる。
「な、なんでもないのよ! いい? クソじじいどもの件は私が数日以内に何とかするから、あなたは気にせず計画を進めなさい!」
「わかりました。博士、大丈夫ですか? 顔が真っ赤になってますが?」
「う、うるさい! なんでもないったら何でもないの! あなたはさっさと進めればいいのよ!」
耳の先まで真っ赤になった飯島が怒ったように振り向き、部屋を出ていこうとした時だった。何かを思い出したかのように振り返ると、紀元の机に書類を投げつける。
「あ、忘れてた。追加の出店計画書だからよろしく。場所は迷宮の一階層で何も活用されていなかったフロアの部分だから」
「あ、はい。後ほど熟読いたします」
「業者の手配や工事計画はこっちで進めておくから。工事責任者から連絡が入ると思うけどよろしくね」
飯島は一方的に計画のことを告げると、部屋から立ち去っていった。そして再び室内に静寂が戻ると、飯島が置いていった書類を手に取り、小さくため息を吐く。
「ほんと博士は素直じゃないな……さてと、どんな工事を進めようと……」
書類をめくると紀元の全身が凍り付いたように固まった。数分後、正気を取り戻した紀元の絶叫が室内に響き渡る。
「ちょっと博士! なんてものを作ろうとしてるんですか!」
いったい飯島の置いていった書類には何が書かれていたのか?
この数日後、迷宮管理団体の前理事たちが謎の一斉辞職と逮捕される事件が起こったが……ニュースなど表に出ることはなかった。
最後に――【神崎からのお願い】
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