第5話 ルリに起こった異変?
息も絶え絶えで話そうとする男性警備員に対し、瑛士が声をかける。
「大丈夫ですか? ずいぶん慌てていらっしゃいますが、何かあったのですか?」
心配そうな表情で話す瑛士の隣から、音羽が一歩前に出ると声を上げる。
「すいません、この人がいやらしい目で私を見てくるんですぅ」
「音羽! 何を言いだすんだよ! さっきと言ってることが真逆じゃないか!」
肩で息をしている警備員に対し、音羽が上目遣いでありもしないことを言い出した。慌てた瑛士が必死に否定していると、少しずつ言葉を選ぶように話し始める。
「はあはあ……お姉さんの話は……後で詳しく聞きます……」
「いや、聞かなくていいから! 全部妄想だから!」
「それよりも二人に早く来てほしいのです……ルリ様が……大変なことに……」
「は? ルリの身に何かあったのか?」
警備員の口から語られた言葉に驚き、目を見開く瑛士。すると隣にいた音羽が急に真面目な顔になり、彼を一喝するように声をかける。
「瑛士くん、何をしているのかしら? ルリちゃんの身に何か起こってるかもしれないのに、ぼさっとしていてどうするのよ!」
「いや、お前な……さっきまでか弱い女の子を演じていなかったか?」
「え? それとこれとは話が別! もしルリちゃんの身に何かあったらどうするのよ?」
先ほどまでのしおらしい雰囲気は無くなり、凛とした表情で瑛士を指さした。あまりの態度の変わりように頭を抱えていると、先ほどまで息を切らしていた警備員も落ち着きを取り戻す。
「取り乱してすいません。ルリ様のところまでご案内しますので、一緒に来てくれますか?」
「はい、もちろんです」
「ええ、早く行きましょう」
二人が揃って返事をすると、何かを思い出したかのように警備員が音羽に問いかける。
「そういえば先ほど何か不穏なことをおっしゃってみえませんでしたか? よろしければ後ほど詳しくお伺いしたいのですが……」
「ほんとですか? 是非ともお話を聞いていただきたいんですぅ」
話し掛けられた音羽が急に前かがみになって腕を胸の前に合わせ、うるんだ瞳で訴えかける。その様子を見た瑛士は必死に否定するように声を上げる。
「ちょっと待て! お前はまたそうやって人を陥れようとしやがって!」
「ひどい……またそうやって私に対してひどいことを言うのね……」
「いやいや、何も言ってないよね? 冤罪かけられそうになってるのは俺の方だよね?」
「冤罪なんてひどい……私は真実を知ってもらいたくて訴えてるだけなのに……」
「そもそも真実ってなんだよ! 普通に話していただけだろうが!」
声を荒げる瑛士に対し、わざとらしく顔を背けて肩を震わせる音羽。黙って二人の様子を見ていた警備員は、怪訝そうな顔をしながら口を開く。
「ふむ……何か事情がありそうですね。第三者目線で見ていると、彼の慌てようが怪しく見えてしまいます」
「ちょっと待ってくれ! 俺は本当に無実だし、何もしてないから!」
「その慌てよう……ますます怪しいですね。本当に何もしていないのであれば、そこまで慌てなくてもいいのでは?」
「う……それはそうですが……」
ド正論を言われてしまい、瑛士が言い淀んでいるとさらに音羽がぶっ込んでくる。
「ですよね~慌てて否定するという事は、後ろめたいことがあるってことよ」
「お前が言うな! だいたい肩を震わせて泣いてるふりしてるけど、思いっきり笑ってるじゃねーか!」
瑛士が指摘したように、音羽は顔を伏せて肩を震わせて笑っていた。
「はあ? 何を言っているのですか? 今も肩を震わせて怯えているじゃないですか」
声を荒げる瑛士に対し、警備員が一喝するように声をかける。なぜなら彼の位置からは音羽の表情は一切見えず、声色から肩を震わせて怯えているようにしか見えなかった。
「いやいや、ちょっとこっちに来てちゃんと見てくださいよ」
瑛士が手招きし、怪訝そうな顔をした警備員を呼び寄せる。ちょうど音羽の表情が見える位置に来た時、予想外の事態が発生する。
「な……なんで泣いてるんだよ! さっきまで笑っていただろうが!」
「ひ、ひどい……私のことをそんな風に見ていたのね」
「ちょっとまて……左手に持っている目薬はなんだよ!」
瑛士に指摘されると素早く目薬を隠し、口元に手を当てて嗚咽を漏らす。すると、小さくため息を吐いた警備員が声を上げる。
「これはギルティですね。怯えさせるだけでなく、泣かせてしまうとは言い逃れはできませんよ? やはり後でじっくりお話をお伺いする必要がありますね」
満面の笑みを浮かべて瑛士の肩を優しく叩く警備員。表情とは裏腹に目は一切笑っておらず、有無を言わさない圧力を全身から放っている。その様子を見た音羽が目の辺りを拭いながら笑みを浮かべて話しかける。
「もう観念したほうがいいわよ?」
「……あとで覚えてろよ……」
項垂れながら恨み節を吐く瑛士を無視するように、思い出したように警備員に声をかける音羽。
「ありがとうございます。そういえば、私よりもルリちゃんのほうが大変じゃないですか?」
「そうでした! 是非ともお二人にも来て頂きたく……説明するのが難しい状況なので見て頂いたほうが早いかと思います」
「わかりました。誰かさんのせいで長引いてしまったけど、ルリちゃんを助けに行きましょう」
「誰のせいでこんな目にあったと思ってるんだよ……」
「よろしくお願いします。それではこちらです」
不貞腐れている瑛士を気に留めることも無く、歩き始める音羽と警備員。
「おい、ちょっと待ってくれよ」
置いていかれそうになって慌てて二人の後を追いかける瑛士。
説明ができないほど難しい状況に巻き込まれたルリは無事なのか?
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