第4話 深まる闇と不測の事態?
険しい顔をしたまま、去っていく紀元を見つめながら呟いた音羽。その言葉に違和感を覚えた瑛士が問いかける。
「何がやられたんだ? 特におかしなところはなかったような気がするが」
「たしかに表向きは何も無いように見えるわ。だけど、会ったばかりの私たちに極秘情報なんて話すと思う?」
「た、たしかにそうだな……」
指摘を受けた瑛士が紀元が話していたことを思い返す。観光客相手に迷宮の低階層を案内するツアーの計画がある事、何かの装置を開発していること、どちらも一見すると怪しい話でもないように思える。怪訝な顔で考え込んでいると、小さくため息を吐いた音羽が声をかける。
「いまいちピンと来ていないような感じね。紀元さんが去り際に言った一言を覚えてる?」
「去り際の一言? たしか……『攻略配信を楽しみにしている』だっけ? あっ!」
驚いて声を上げる瑛士に対し、真剣な表情で見つめる音羽。
「気が付いた? 最初から全て見抜かれていたってことよ。瑛士くんは事情はどうであれ顔出しで配信に出ているわけだし、彼がここに現れたのも偶然じゃないわ」
「最初から俺たちがここを訪れるとわかっていたのか……」
彼女の言葉を聞いた瑛士は、苦虫を嚙み潰したような表情で拳を握りしめる。その姿を見て、音羽は静かに話し始める。
「いくら何でも今日来るとはわかっていないと思うわ。おそらく監視カメラか何かで確認していた線が濃厚じゃない? ちょっと気になるのが彼の目なのよね……」
「目がどうかしたのか?」
「あくまでも私の推測でしかないんだけど、何か覚悟が決まったような目をしていたのよね。目的のためなら手段を選ばないというか……飯島とは違ったヤバさを感じたの」
「たしかにな……底知れぬ闇を抱えているのは間違いないな」
音羽の言葉を聞いた瑛士は、腕を組みながら真剣な表情で黙り込む。そして、二人の間に何とも言えない静寂が流れ始めた時、何かを思いついたように音羽が口を開く。
「ここで考えていても結論は出ないし、向こうから近づいてきたことは良かったと思わない?」
「良かったのか? こっちの動きが読まれているようですごく嫌な感じなんだが……」
「飯島サイドにばれるのは時間の問題だったし、このタイミングだからこそ良かったのよ。それに私のことは眼中にない感じだから、逆に動きやすいわ」
「そりゃ、真夏にそんなゴスロリ系ファッションでうろうろしている奴に声はかけたくないだろ……」
視線の先にいたのは黒を基調としたフリルたっぷりのワンピースに、膝まで伸びるレースのニーハイを身にまとった音羽だった。彼女の胸元には小さな十字架のペンダントが揺れ、闇夜に咲く薔薇のような存在感を放っている。
「え? 今日のファッションはどう? お散歩をするかもしれないし、動きやすさを重視してワンピースを選んだのよ」
「いや、この真夏に黒い服を選ぶ神経が俺にはわからん……」
「えー? やっぱり黒を基調とした方がカッコいいじゃない。この服は意外と風通しもいいのよ。あ……そんな見つめられると照れちゃう……」
「なんでそうなるんだよ……俺には理解不能な世界だ……」
体を捩らせて恥ずかしがる音羽に対し、呆れたような顔で横に首を振る瑛士。そんな彼の様子を気にすることなく、どんどんおかしな方向へ話が進み始める。
「ふふふ、瑛士くんもきっとこの世界の良さをわかる日が来るわ。女の子はいつまでも可愛くいたいのよ?」
「まあ、気持ちわからんでもないが……感性は人それぞれだもんな」
「わからなくもないってことは、可愛さを理解しているってことね? もう、そんな回りくどく言わなくてもハッキリ言えばいいのに!」
「待て待て、どこをどう解釈したらそうなるんだよ!」
「恥ずかしがらなくてもいいのよ? そう、今この空間に居るのは私と瑛士くんの二人だけ……という事は邪魔は入らない……これはチャンス!」
「何がチャンスだ! 公共の場で何を考えてるんだよ! しかもここは外だぞ、外!」
慌てふためく瑛士に対し、小悪魔のような笑みを浮かべて少しずつ距離を詰めていく音羽。
「ふふふ……そんな慌ててどうしちゃったのかしら? もっと自分に素直になればいいのよ?」
「いや、こんなところで何をしようとしてるんだ! 待て、俺たちはまだ学生だぞ?」
「あら? 学生だからなんなのかしら? 今しかできない思い出も大事じゃない?」
一歩、また一歩と襟の辺りに手をかけながら近づく音羽に対し、顔を真っ赤にしながら制止しようとする瑛士。彼の手が肩に触れようとした時、突然彼女が噴き出して笑い始める。
「ぷっ……アハハ! いったいそんなに顔を真っ赤にして何を考えていたの?」
「は? いや、その……」
「え? 何を想像したのか言ってごらんなさい」 「……だって音羽が迫ってくるから……」
瑛士が顔を真っ赤にしながら答えようとした時、遠くから二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ! ここにいたんですね! ちょっとそこの二人、少しお時間良いですか?」
息を切らしながら駆け寄ってきたのは、水色の制服を着た男性警備員だった。
慌てて瑛士たちを探していた理由とは?




