第3話 紀元の説明と違和感
近づいてくる男性に気が付いて、慌てて振り返るとわずかに後ずさりする瑛士と音羽。
(しまった……飯島女史の関係者に見つかった……)
(マズいわね、まだルリちゃんも帰ってきてないのに……何とかしてこの場をしのがないと)
蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れず、警戒している二人を見た男性は二メートルほどの位置で立ち止まる。すると小さく息を吐きながら話し掛ける。
「やれやれ、ずいぶん警戒させてしまったようだな。別に何かするつもりはないから大丈夫だぞ?」
「そうですか……とでも言うと思いました? あからさまな威圧を放ちながら俺たちに近づいてきましたよね?」
「ははは、手厳しい。盗み聞きしていたわけではないが、気になるような言葉が聞こえたものでな。どうしても仕事柄、警戒せずにはいられないんだよ。申し訳ない」
笑顔で話しながら頭を下げる男性に対し、瑛士が困惑していると音羽が一歩前に出て話しかける。
「そうですか。ところでどんなお話が聞こえてきたのでしょうか? 私たちはネットやニュースで話題になっていることを話していただけですが? それにまずご自身が何者かを明かすほうが社会人としての常識ではないでしょうか」
男性を睨みつけたまま、静かな口調で問いかける音羽。一定のトーンに抑えた声が警戒の強さを物語っている。
「これは一本取られたな。お嬢さんの言うとおりだ……自己紹介が遅れたが、ご存じのように迷宮の管理関係を手掛けている株式会社I・T・Sの紀元だ。今日は迷宮内の視察でたまたま来ていてな。一息つくためにこの周辺を散歩していたところだ」
「そうなんですね……視察に来られたというと、それなりの役職者の方みたいですね?」
「さてどうかな? 普段はもっぱら事務所と客先の行き来がメインだからな」
(うまくかわしてくるわね……主導権を持っていかれないようにしないと)
質問に淡々と答える紀元に対し、音羽の警戒心はどんどん増していく。そんな彼女の様子を見抜いたかのように質問を投げかける。
「ところで君たちこそこんなところで何をしているのかな? 迷宮の周辺は御覧の通り、足場を組んでリニューアル工事中だ。散歩コースとしては少々面白みに欠けると思うのだが?」
「それは……」
音羽が答えを言い淀んでいると、素早く前に出た瑛士が代わりに答える。
「俺たち、迷宮の探索者をしているんですよ。しばらく立ち入ることはできないとは知っていましたが、どんな状況なのか知りたくて来たんです」
返答を聞いた音羽が目を丸くしていると、瑛士が振り向いて視線を送る。そして、口をわずかに動かして合図を送る。
(ここは俺に任せろってこと?)
意図がわからず困惑している音羽を気に留めることなく、瑛士は紀元に話しかける。
「ところでリニューアル工事をされているとおっしゃられてましたが、何か新しい施設ができるんですか?」
「ああ、今までは迷宮を攻略する者を一目見ようとする人とのトラブルが多くてな。さすがに世界が注目する施設になってきている以上、そのあたりの線引きをしっかりしないといけないんだ。まあ、あとは今まで展望フロアのみ一般客に開放していたが、危なくない範囲で見学ツアーも計画しているんだ」
「見学ツアーですか……?」
「ああ、これはまだ極秘情報だから他言無用でお願いしたい。さすがにエリアボスは危険すぎるが、二階層や三階層くらいを目途に内部の雰囲気を知ってもらおうという試みだ。それに伴いお土産屋関係も充実させなければならない。工事というのはその二つがメインだな」
紀元の説明を聞いて、瑛士は顔をしかめて黙ってしまう。
「ふふふ、全然納得していないという表情をしているな?」
「すいません……自分も迷宮を探索している身なので、危険度は重々理解しているつもりですから」
「普通に考えれば当然だ。しかし、我々が開発している装置を用いれば不可能が可能になるかもしれないんだよ」
自信たっぷりに話す紀元の様子を見て、瑛士たちの不信感はどんどん積みあがっていく。ここで黙って聞いていた音羽が口を開く。
「失礼ですが、そんな技術は聞いたことがありません……迷宮内のモンスターはその辺にいる猫や犬とは勝手が違うんですよ?」
「そうだな、信じてもらえなくても仕方がない。いずれそんなことができる日が来るという事だ……まあ、頭の固い連中が牛耳っている腐った組織では不可能だった」
「腐った組織? それは今まで迷宮を管理していた団体のことでしょうか?」
紀元が呟いた一言を聞き逃さなかった瑛士がすかさず聞き返す。
「チッ……余計なことが口に出てしまったようだ。聞かれた以上は仕方ない、君の言うとおりだ。今までの金食い虫を追い出す必要があったからな」
「やっぱりそうですか……」
紀元の言葉を聞いた瑛士はすっきりとしたような表情で答える。
「私からも聞きたいことが……」
続けて音羽が質問しようとした時、紀元の胸ポケットから着信を知らせる音が鳴り響く。
「おっと、失礼。急ぎの連絡が来たようだ」
スマホを取り出すと通話をはじめる紀元。
「ああ、俺だ。そうか、順調に進んではいるんだな……は? ちょっとまて、それは無理だと前に説明したはずでは? ……わかった、すぐ戻る」
通話を終えた紀元は大きなため息を吐くと、額に右手を当てながら天を仰ぐ。そして、瑛士と音羽に向き直って話しかける。
「すまないな、緊急事態が発生したみたいで戻らなければならないみたいだ。まだどこかで会おう。攻略配信を楽しみにしているぞ、少年」
「は? え?」
困惑する瑛士たちを尻目に手を振りながら、来た道を戻っていく紀元。その姿を見つめながら音羽が静かに呟く。
「やられたわ……」
「は? 何がやられたんだ?」
未だ混乱している瑛士に対し、去っていく紀元の背中を睨みつける音羽。
彼女が短く呟いた一言にこめられた意味とは?
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