第1話 不可解な迷宮改修工事
迷宮のシステム改修が始まって一週間以上が経過した頃、瑛士たちは様子を伺うために入口の近くを歩いていた。
「特に変わった様子はないな。目隠しフェンスというよりも、解体工事でもするような足場と目隠しみたいなものを除いて」
「そうね。普通なら三角コーンとロープくらいで大丈夫そうな雰囲気だけど、何かみられたらまずいものでもあるのかしら?」
瑛士と音羽は迷宮の周囲に設置された仮設の足場を見上げながら呟く。まるで高層ビルの解体工事でもしているかのように建物全体を取り囲むように組み上げられ、厳重に目隠しシートをかけて中の様子を見せない強い意志を感じる。
「ここまで厳重にしているのに、異様なくらい静かすぎるんだよな。業者の出入りもほとんどないし、何かを作っているような工事の音も一切しないし……」
「迷宮の建物は人の手でなにかしようと思っても無理なんじゃない? 中であれだけ激しく戦ってもすぐに元通りになってるし、構造そのものが違うような気がするわ」
「たしかに音羽の言う通りだな。たしか異世界の建造物とか説明を受けた気がする……しかし、いくらなんでもここまで厳重にする意味はあるのか?」
「さあ、飯島女史が考えることなんて一般人にわかるわけ無いでしょ。っていうか、理解すらしたくないわ」
苦虫を噛み潰したような表情で、音羽が言葉を吐き捨てる。隣で静かに聞いていた瑛士は、小さく息を吐くと顔を上げる。彼の視線は高い足場の奥へ向けられ、指先はわずかに強張っていた。
(やつが何を考えているかは知らないが……この中の何処かに親父がいることは間違いない。なんの目的で迷宮を出現させたのか、聞きたいことは山ほどある。何としても探し出して文句の一つでも言わないとな)
瑛士が険しい顔で見上げていると、背後から声をかけられる。
「なんじゃ、ご主人たちはこんなところにおったのか」
「ああ、ちょっと現状把握をしておきたかったからな。それよりもお前はどこにいって……ってなんだよその両手に持っているのは?」
瑛士が振り返ると右手にソフトクリーム、左手にフランクフルトを持ったルリが立っていた。
「ああ、あまりにも暇だったからルナと翠を連れて散歩をしておったのじゃ」
「キュー」
「ニャ―」
ルリの足もとに控える二匹は鳴き声を上げると、その場に座って笑顔で瑛士と音羽を見上げていた。
「ルナちゃんと翠ちゃん、お散歩は楽しかったかしら?」
「キュー、キュキュ」
「ニャ、ニャ―」
音羽が二匹に声を掛けると嬉しそうに鳴き声を上げて、首を上下に動かす。
「お前らが楽しそうで良かった……じゃなくて、ルリ。散歩すると食べ物をもらえるとか意味がわからんのだが?」
「ああ、これは歩いていたら暇そうにしている下僕どもがおったんじゃ。ルナと翠を紹介して、モフらせてやったらくれたんじゃぞ」
「そうか……って暇そうにしてたって、ちゃんと仕事しろよ!」
話を聞いて呆れていた瑛士だったが、すぐに違和感に気がつくとルリに聞き返す。
「あれ? お前の下僕って、あの警備員の人だろ? あの人たちの担当って迷宮内じゃなかったか?」
「たしかにご主人のいうように迷宮の中を担当しておったぞ」
「だよな。じゃあ、なんで迷宮の外にいるんだよ? いくら閉鎖中だっていっても中で働いている人たちはいるんだろ?」
瑛士が問いかけるとルリは視線を一度下へ落とし、言葉を選ぶように口を開く。
「詳しいことはわからないのじゃが、下僕どもの話では『中にいても暇だから、適当な理由を言って抜け出してきました。それに外の警備をしていればワンちゃんルリ様と遭遇できるかも』って言っておったぞ」
「ちょっと待て……適当な理由ってなんだよ! 迷宮の警備ってそんないい加減でいいのかよ……」
話を聞いていた瑛士が頭を抱えていると、二匹を撫でていた音羽がルリに話しかける。
「たしかに今は探索者もいないし、特にやることないもんね。それで警備員さんたちは何か言ってなかった? 中の様子とか」
「そうじゃのう……これと言ってなにか変わったことはないと言っておったのじゃ。強いて言うなら、防犯カメラの性能が以前より格段にアップしたことくらいかのう」
彼女の返答を聞いた音羽の目がわずかに細くなる。
「……なるほどね。それ以外のことは何も言ってなかった?」
「そうじゃな。あとは迷宮の一階に新店舗が入るそうなんじゃが、その工事が遅れておるとかいっておったわ。なんでも中学生くらいの子が、ヒステリックに叫びながら指示を出しているせいで大混乱してるとか言っておったな」
「中学生のような子供? ヒステリックに叫んで指示している? なんでそんな子が現場にいるのかしら……」
不思議そうに音羽が首を傾げた時、黙って聞いていた瑛士が険しい表情で話しかける。
「ルリ、今の話は本当か?」
「どうしたんじゃ、ご主人……ものすごく怖い顔をしておるんじゃが……」
「すまない、どうしても引っかかることがあってな。警備員さんに話を聞きたいのだが、どこにいるかわかるか?」
「さっき別れたばかりじゃから、まだ近くを歩いていると思うのじゃ。案内したほうがよいか?」
「ああ、できることならすぐに話を聞かせてほしいからな」
「わ、わかったのじゃ……」
ルリは短く返事をすると、警備員を探すために走り出す。
「ようやく見つけた……」
険しい表情のまま呟いた彼の言葉が意味することとは?
最後に――【神崎からのお願い】
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