閑話⑫-5 実は全て知っていたルリの覚悟
飯島の初配信を見て瑛士と音羽がリビングで話し始めた頃、廊下で息を潜めて聞き耳を立てている人物がいた。
「ふふふ……ふたりともわらわが緊急配信をすると信じ込んでおるようじゃな」
「キュー?」
「ニャ、ニャ?」
「ん? 配信はしないのかって?」
足元で不思議そうな顔をして見上げる二匹に対し、片膝を付いて小声で話しかけるルリ。
「ちゃんと配信はするのじゃよ。もちろん、お前たちも一緒に出演してもらうから、楽しみにしておるのじゃぞ」
「キュー!」
「ニャ―!」
言葉を聞いたルナと翠は嬉しそうに鳴き声を上げると、その場で円を描くように飛び跳ねながら喜びを爆発させる。その様子を笑顔で見つめていたルリは、二匹を落ち着かせるように優しく語りかける。
「そうか、そんなに喜んでくれるのはすごく嬉しいのじゃ。じゃがな、配信するにはまだちょっと準備が必要でのう……それにお前たちには万全の状態で臨んでほしいのじゃ」
「キュー、キュキュ」
「ニャニャニャ」
「わかってくれるか? それにお腹が空いては戦ができぬと言うじゃろ。キッチンにご飯が用意してあるから、しっかり食べて元気をつけてほしいのじゃ」
ルリが優しく頭を撫でながら語りかけると、目を輝かせて鳴き声を上げる。
「キュー!」
「ニャ―!」
人の言葉を理解しているのかのように、二匹が大きく縦に首を振る。その様子を見て満足したようにルリが指示を飛ばす。
「うんうん、いい返事なのじゃ。それではしっかりご飯を食べて元気をつけてくるのじゃ!」
「キュー! キュキュ」
「ニャ! ニャニャ」
ルナが先に駆け出すと、その後ろを翠が追いかけていく様子は兄弟や姉妹のように見える。笑顔で二匹の様子を見送ったルリは、再びリビングの扉に耳を当てて中の会話に聞き耳を立てる。
「ふふふ……わらわに内緒で話を進めようなど、あってはならぬ由々しき事態なのじゃ。そもそも、ご主人も演技が下手すぎて全くダメなのじゃ」
少し前にルリの話を聞いていた瑛士がショックを受け、頭を抱えてしゃがみ込んだときの様子を思い返す。一見すると自己嫌悪に陥って両手を頭に当て、塞ぎ込んだように見えた。しかし、彼女には見えていた、彼が口調とは裏腹に口元が僅かにつり上がっていたことに……
「本人は見えないと思っているようじゃが、バレバレなんじゃよな。どうせ飯島とかいうやつの配信を邪魔するとかその程度の作戦を考えておるのじゃろうな?」
独り言を呟きながら聞き耳を立てていると、瑛士が他の探索者と協力すると口走った。
「あーご主人は本当に間抜けなのじゃ……そんなことを言ったら音羽お姉ちゃんが暴走するに決まっておるじゃろうが……と思ったら、やっぱりなのじゃ」
リビングでは瑛士の言葉を聞いた音羽の目から光が消え、まるで世界を滅ぼさんとする勢いで闇に染まりかける。
「まったくご主人は本当にダメなのじゃ。乙女の心をわかっておらぬ……」
聞き耳を立てていたルリが大きくため息をつくと、腕を組みながら大きく頷く。
「これは人生経験豊富なわらわが指導する必要がありそうじゃのう」
狼狽えるような声で必死に音羽をなだめる瑛士の様子に耐えられなくなり、勢いよく立ち上がるとドアノブに手をかけたところで踏みとどまった。
(落ち着くのじゃ……聞き耳を立てていたことがバレぬようにせねばならぬ)
物音を立てないように細心の注意を払い、タイミングを見計らっているとふいに会話が途切れて静寂が訪れる。
(よし! 今なのじゃ! わらわがビシッと説教をしてやらねばならぬ!)
心のなかで気合を入れ直したルリは、大きく深呼吸をすると勢いよくドアノブに手をかける。
「話は聞かせてもらったのじゃ!」
扉を勢いよく開け、宣言するように大声を上げるルリ。その様子に驚いて振り返った瑛士は、心底面倒くさそうな表情で本音を口にする。
「げっ……またややこしいヤツが割り込んできやがった」
その後は瑛士の失言もあり、再び混沌とした空気に包まれていった。
音羽に詰め寄られた瑛士が必死に弁明を続ける様子を眺めながら、リビングを後にするルリ。
「このまま三人で楽しく過ごせる日が永遠に続いてほしいのじゃ……願いを叶えるにはわらわ自身の決着もつけねばならぬ。ご主人たちと笑っていられる未来のために……迷宮の最深部に行くために早く欠片をあつめねば……」
立ち止まったるりは険しい表情のまま、両手を握りしめて歯を食いしばる。そして、静かに目を閉じて何かを振り払うかのように首を左右に振ると小さく息を吐く。
「いかんいかん……さてと、ルナたちを迎えに行ったら配信の準備でもするかのう」
(この子たちにもいずれ……わらわの覚悟を見せねばならぬのじゃ)
キッチンへ続く廊下を歩み始めた彼女の表情には、覚悟を決めた凛々しさが漂っていた。
ルリ自身つけなければいけない決着とは……
それぞれの想いが交錯する中、その時は着実に近づいてきていた。
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