閑話⑫-4 一枚上手はどちら?
飯島の初配信がブルースクリーン事件によって大荒れで終わった直後、建物内にある実験室に息を切らした紀元が駆け込んできた。実験をしていた二十代ぐらいの白衣を纏ってメガネを掛けた男性が、突然あらわれた来訪者に驚きながら声を掛ける。
「あれ? 本部長、そんな青い顔をされてどうしたんですか?」
「え、あ、ちょうどよかった。実験台の下に身を潜めさせてくれ」
「は? それは構いませんが……」
声をかけた男性が困惑していると、そそくさと実験台の下に身を隠す紀元。
「いいか、誰が訪ねてきてもここにはいないと言うんだぞ!」
「へ? それはどういう意味で……」
「説明している暇が無い! いいか、博士が来てもだぞ? わかったな?」
「は、はあ……」
実験台の下から鬼気迫るような声で訴えかける紀元の勢いに押され、男性は呆気にとられる。するとその数十秒後、再び実験室の扉が勢いよく開かれる。
「のーりーもーとー! どこいった!」
顔を真っ赤にした飯島が目をギラつかせながら室内を見回していた。その姿にすべてを察した男性が恐る恐る声を掛ける。
「い、飯島博士……今日は一体どうされたのでしょうか?」
「あ? どうもこうもないわ! 私の伝説となる初配信で大失態をやらかしたのよ! ちょっと、ここに紀元が来てない?」
「えっと……」
飯島の迫力に圧され、一瞬実験台の下にいる人物に視線を送ると大きく手でバツを示しているのが見えた。言い淀んでいると、彼女の怒りの矛先が男性に向けられる。
「ちょっと! 私が聞いてるの! いるのかいないのかハッキリしなさいよ! まさか、なにか隠してるんじゃないでしょうね?」
「い、いえ……隠していることなどありません」
「じゃあなによ? なんでさっさと答えないの? やましいことがあるからでしょ!」
「違います! 研究職という身であり、尊敬する飯島博士を目の前にしたら緊張しちゃいますよ!」
なんとか矛先を逸らすために、飯島を持ち上げるような言葉を口走った男性。その言葉を聞いた飯島は下を向き、肩を震わせてしまう。
(し、しまった……咄嗟に思いついたことを言ってしまったけど露骨すぎたか……)
彼女の様子を見た男性は更にガソリンを注いでしまったのではないかと思い、頭の先から血の気が引いていく感覚に襲われる。
(やってしまった……終わりだ……)
男性が目を瞑って覚悟を決めた時、驚きの言葉が飯島から飛んできた。
「もー! ちゃんとわかってるじゃない! あなた見る目があるわね!」
「へ?」
怒られると思っていた男性だが、飛んできたのは予想外の言葉だった。恐る恐る目を開けると満面の笑みを浮かべた飯島の姿が目に入る。
「私という偉大な研究者のことを理解しているとはさすがね! 憧れの存在を目の前にしたら緊張もするわよね? やはり天才って罪だわ」
「……ソ、ソウデスネー」
「やっぱり研究者同士通じるものがあるのよね。それに比べて紀元は……私の記念すべき第一回目の配信で、放送事故クラスのことを起こすなんて! そうだ、彼を見つけたらすぐに連絡してちょうだい!」
「は、はい……わかりました……」
「よろしくね。わかる人にはわかるのよね! あ、なにか困ったことがあれば言いなさいよ? 大切な後輩を困らせるようなことがあってはいけないからね」
上機嫌で言い終えると手を振りながら実験室を後にする飯島。優しく扉が閉まる音がすると、室内に静寂が訪れる。
「ふぅ……助かった……」
完全に飯島の気配が消えたことを確認すると、疲れた顔をした紀元が実験台の下から這い出てきた。
「お疲れ様です、本部長。一体何をやらかしたんですか?」
「俺は何もしてないぞ。博士がアバターを使って配信をするって言い出して、ちょっと手伝っただけだ。まあ……目を離した隙に設定をいじられたのが間違いの始まりだった……」
「設定をいじった? 博士が?」
「そうなんだよ……なんかもっと映える角度がって触ったときに、余計なところまで触ったみたいでさ……ブルースクリーンで博士の声だけ配信されるという事故が起きたんだ」
「うわ……それは災難でしたね……」
「だろ? すぐには直りそうもないところに、リスナーが煽りまくって博士がレスバを始めて……収集がつかなくなる前に逃げてきたわけだ」
「……なんと言っていいのか……」
複雑な表情で返答に困っている男性に対し、スッキリした様子の紀元は笑顔で話しかける。
「さて、仕事の邪魔して悪かったな。もう大丈夫だろうから、ほとぼりが覚めるまでちょっと外回りでも行ってくるか」
「大丈夫ですか? まだ外に出るのは危険だと思いますが……」
「心配するな、俺を誰だと思ってるんだ? 裏口までたどり着ければこっちのもんだぞ」
呆れたような顔で立ち尽くす男性の肩を軽く叩くと、笑顔で実験室から出ていった紀元。再び静寂が訪れた室内に残された男性は、白衣のポケットからスマホを取り出すと操作を始める。
「本部長、すいません……」
申し訳なさそうな表情で男性が目を瞑ると同時に、外の廊下から紀元の叫び声が響いた。
「げ! い、飯島博士……どうしてここに?」
「さあ、なんででしょうね? 私から逃げようだなんて三世紀早いのよ! さあ、楽しい時間の始まりよ!」
「ぎゃあぁぁぁぁ」
断末魔に似た紀元の叫びが建物中に響き渡る。はたして、逃走に失敗した紀元の運命はどうなってしまうのか?
最後に――【神崎からのお願い】
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