閑話⑫ー1 災難は思わぬところから発生する
瑛士たちが展望フロアで早飲みチャレンジの配信をしていた頃、モニタールームで飯島は迷宮配信のアーカイブをみていた。
「なんでこんな配信が受けているのかしら? 全く分からないわ」
壁一面に並べられたモニターに映し出されていたのは、配信者の攻略動画だった。様々な階層を解説や実況をしながら進んでいく様子にリスナーが次々とチャットコメントを書き込んでいる。
「他人の迷宮攻略なんて見て、何が面白いんだか……」
飯島が画面を眺めながら椅子にもたれ掛かっていると、ドアをノックする音と共に外から声が聞こえてきた。
「飯島博士、少しお時間宜しいでしょうか? ご承認いただきたい書類がございまして」
「はーい。中に入ってきていいわよ」
「ありがとうございます。失礼します」
ドアを開けたのは黒っぽいスーツに身を包んだ若い男性だった。
「珍しいわね、若手が書類を持ってくるなんて。今日は紀元がいない日だったっけ?」
「はい、本部長は外出中でして……飯島博士に承認を頂くように頼まれました」
「ふーん、それでこの書類に目を通せばいいのね?」
男性から書類を受け取ると、ページをめくりながら目を通していく飯島。内容は迷宮の管理体制に関する過去の報告書と新事業展開についての企画書だった。
「ふーん、結構いい加減な管理してたのね……まあ知ってたけど。問題が起きなかったのが奇跡としか言いようがないわ」
報告書に書かれていたのは、ずさんな管理体制と隠蔽体質が蔓延していた組織の実態だった。管理部門は天下りの官僚どもで固められていた。実務に当たっていたのは四次下請けの警備会社だった。さらに何か問題が起こると全て下請けの責任として擦り付け、自分たちに火の粉が飛んでこないようになっていた。しかし、何者かがメインシステムにハッキングし、情報漏洩と共に説明不能な資金の流れが明るみに出てしまった。隠し通せなくなった連中は一掃され、新たな管理体制を構築せざるをえなかった。
「ふふふ、何者かが流出ね……いったい誰がやったのかしら?」
報告書を眺めながら怪しげな笑みを浮かべる飯島。その姿を見た男性が不思議そうな顔で問いかける。
「博士、ずいぶん楽しそうですが? そんなに面白い内容が書いてあったのですか?」
「ん? まあ、あなたもそのうち分かる日が来るわよ」
「はあ、承知しました」
首をかしげながら不思議そうな顔をしている男性を無視して、企画書のページをめくった飯島の手が止まると同時に声を上げた。
「ちょっと、これはどういうことなの?」
「博士、どうされましたか?」
「どうもこうもないわよ! この企画を考えたのは誰?」
飯島が手を止めたページを開いたまま、男性のほうへ突き出す。そこに書かれていたのはアバターを使用して行う迷宮攻略手引きの配信企画だった。低層フロアの攻略ポイント、エリアボスとの戦い方、休憩スペースの活用方法など初心者向けの配信企画だった。
「あ、その企画を提案したのは自分でして……攻略配信動画を見るのですが、どれも我が強いものばかりで勿体ないなと思ったのです。せっかくわが社が管理者になるのであれば、もっと魅力を発信できればいろんなコンテンツが盛り上がっていくかなと考えて提案いたしました。ただ、アバターを使用した配信は未知数な部分が……」
「いいわね、その企画! 私が許可するから進めなさい!」
「え? いいのですか?」
思わぬ返答に驚いて固まる男性。彼の様子などお構いなしに畳みかけるように飯島が話しかける。
「なんでもっと早く提案してくれなかったの? 今こそ進めなくてはいけない企画じゃないの! そうか、この手があったのね……」
「は、博士? どうされましたか?」
目を輝かせながら呟く飯島の変貌ぶりを目の当たりにし、男性が恐る恐る問いかける。
「え? あなたいい視点を持っているわね。 この件に関して早急に進める必要があるから、紀元が戻り次第すぐ私の元に来るように伝えなさい」
「あ、ありがとうございます! わかりました!」
「これからも期待しているわよ」
何度も深々と頭を下げた男性は満面の笑みを浮かべて部屋を出ていった。
「ふふふ……私が迷宮配信の覇権を取る日がすぐそこまで来たわ! あのクソリスナーどもをぎゃふんと言わせてやるわ!」
モニタールームから飯島の甲高い笑い声が響き渡る。
「ぶぇくしょん!」
客先の打ち合わせを終え、紀元が部下と道を歩いていた時だった。
「本部長、大丈夫ですか? 急にくしゃみをされるからビックリしましたよ」
「ああ、大丈夫だ。誰か俺の噂でもしているのか?」
「どうでしょう? あ、帰ったら飯島博士から呼び出しを喰らうかもしれませんよ?」
「やめてくれ。その予想はマジでシャレにならん……」
小さく息を吐くと笑いながら部下と歩き出す紀元。このとき彼はまだ知らなかった、この何気ない会話が未来を暗示していたということを……
最後に――【神崎からのお願い】
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