第9話 変わらない日常と忍び寄る影
口元を吊り上げて瑛士を見つめる音羽だが、目は完全に笑っていなかった。あまりの迫力と不気味さに瑛士が半歩後ずさりした時、彼女が優しく声をかける。
「どうしたのかな? 何も怖いことはないのよ」
「いやいや、どう考えても恐怖以外の何者でもないだろうが!」
「なんで? さっきの話を本気にしてるの?」
子犬のような怯えた顔で全身を震わせながら瑛士が小さく頷くと、音羽がいきなり噴き出す。
「ぷっ、あはは! 何を本気にしてるのよ? 冗談に決まってるじゃない」
「いや……あの目は冗談じゃなかったぞ」
口元に手を当てながら笑う音羽に対し、恐怖で引きつった顔のまま呟く瑛士。二人の間に妙な静寂が流れ始めた時、リビングのドアが勢いよく開く。
「ふふふ、話は聞かせてもらったのじゃ!」
「げっ……またややこしいヤツが割り込んできやがった」
二人がドアのほうへ視線を向けると、腕を組んだまま胸を張ったルリが立っていた。何とも言えないような表情で固まる瑛士を一喝するように声をかける。
「ご主人もまだまだじゃのう。この程度の冗談でいちいち驚いていたら、この先に待ち受ける人生の荒波を乗り越えるなど不可能じゃぞ!」
「まさかはるかに年下の幼女に人生を説かれる日が来るとはな……」
「なんじゃと? 誰が幼女なんじゃ! わらわは由緒正しき……」
「はいはい、わかった。そうだな、幼女じゃないもんな~そうなると、飯島女史よりも年上という事か?」
「な……女性に年の話をするなど無礼にもほどがあるのじゃ!」
顔を真っ赤にして怒るルリに対し、笑みを浮かべてからからかい始める瑛士。さらに追撃をかけて遊んでやろうと考え始めた時、殺気に似た冷たい視線が背中に突き刺さる。首をゆっくり動かしながら振り返ると、真顔でこちらを見つめる音羽と目があった。
「えっと……音羽さん? どうされたのでしょうか……ものすごく顔が怖いというか……」
「あら? 気にしないで大丈夫よ。なんか女を敵に回すような発言が聞こえたから、次何か言ったらどう息の根を止めてやろうかと考えていただけよ」
「そうじゃな。わらわだけでなく音羽お姉ちゃんまで侮辱するとは万死に値するのじゃ!」
「まてまて、俺はいつ二人をバカにするような発言をしたんだよ!」
何とかなだめようと試みる瑛士だったが、二人の耳に届くことはなかった。
「はあ? 自覚がないって大問題ね……」
「やれやれ、ここまで鈍感だとは思わなかったのじゃ」
「何の話なんだよ? そもそも、ちょっとルリをからかっただけ……」
途中まで瑛士が言いかけたところで、二人が言葉を被せてきた。
「ちょっとからかっただけですって? 可愛い妹のようなルリちゃんをバカにしておいて、その発言は聞き捨てならないわね」
「そうなのじゃ。こんなにかわいい美少女二人を前にして、飯島女史よりもババアとか言ってのけるんじゃからのう」
「そうね、瑛士くんと年が変わらないはずの私をババア呼ばわりするなら、なんで年上の女に鼻の下を伸ばしていたのかしらね?」
「まてまて、自分で美少女とか言うな! それに鼻の下も伸ばしてなければ、飯島よりババアなんて言ってないだろうが!」
瑛士が必死に弁明を開始するが、怒り心頭の二人の耳には届かない。
「ルリちゃん、聞いたかしら? あれだけ私たちがチャンスを上げたというのに、謝罪の一つもないみたいよ」
「うむ、謝るどころか見苦しい言い訳をしておるとは……情けない男じゃ」
「なんでそんな話になるんだよ! べつに俺は年上に興味なんてないっての!」
苦し紛れに瑛士が叫ぶと二人の表情が一気に凍り付くと同時に向けられた視線は、まるでゴミでも見るかのような冷たいものだった。
「そんな……見損なったわ。瑛士くん、あなたがそんな人だとは思わなかったわ」
「飯島女史の件があったから、年上に対して嫌悪感があっても仕方ないと思っていたのじゃが……」
「は? 何の話をしているんだ? たしかに年上に対してはいい印象は持っていないが……」
一変した二人の様子に困惑していると、音羽の口から衝撃の言葉を投げつけられる。
「そうね、人の好みはそれぞれだけど……まさか瑛士くんがロリコンだったとは知らなかったわ」
「はぁ? なんでそうなるんだ? いつ俺がロリコンだって言った?」
「ご主人、わらわは何も言わぬが……頼むから犯罪になるようなことはしないでくれなのじゃ」
「だーかーら! どこをどうしたらそんな話になるんだよ!」
焦った瑛士が大声で二人に訴えかけると、音羽が両手を口に手を当てながら驚いたように話しかける。
「え? だってどう見ても年下のルリちゃんをババア呼ばわりするから……瑛士くんを犯罪者にしないためにも今ここで息の根を止めるか、監視を強化するしかないって思って……」
「いやいや! どうしてそうなるんだよ! だいたいそのことだってルリが『わらわは由緒正しき古書』って言ったからだろ!」
あらぬ疑いをかけられた瑛士が大声で叫ぶと、大きくため息をついたルリが静かに語りだす。
「はぁ……たしかにわらわの元は由緒正しき古書じゃがな。それはあくまでも本のことであって、この姿はご主人の願望を具現化したようなもんじゃぞ?」
ルリが怪しげな笑みを浮かべながら音羽に視線を送ると、意図に気が付いたように頷く。そして鬼の形相になりながら瑛士に詰め寄りだす。
「へえ……瑛士くんの好みってルリちゃんみたいな子なんだ? じゃあ、将来を誓ったあの言葉は嘘だったのかしら?」
「違うから! そんな願望はないし、適当なことを言うなよ!」
「今話しているのは私なのよ? さあ、どういう事かしっかり聞かせていただきましょうか」
音羽に詰め寄られ、滝のような汗を流しながら必死に弁明する瑛士。その様子を見たルリは舌を出しながらいたずらに成功したような表情になる。
「まあ、ご主人の願望というのは噓じゃがな。この姿はわらわの意志じゃし、少しくらい痛い目にあった方が良いじゃろ」
未だにもめている二人をよそに庭の方に目を向けるルリ。すると夕日に照らされた迷宮が遠くに佇んでいた。
「さて……わらわの欠片はどこに散らばったのじゃろうか? なんとしてもヤツの手に渡る前に回収せねば」
窓の外を見つめるルリの目には確かなケツイが宿っていた。
彼女の言う欠片と迷宮の秘密が密接に関係しているとは、まだ誰も気が付いていなかった。
最後に――【神崎からのお願い】
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