閑話⑪-4 紀元の思惑
「はあ? 迷宮のシステム修繕で暫くの間は立ち入りが制限されるだと?」
屋上で一服していた紀元が素っ頓狂な声を上げ、額に手を当ててしゃがみ込む。彼が頭を抱えることになったのは、迷宮内で作業に当たっていた部下からかかってきた一本の電話が原因だった。
「はい、大きな声では言えないのですが……飯島博士が独断でハッキングした回線がまずかったようでして……どうも管理局のメインサーバーで異常信号が検知されたそうです。それでシステムの改修とともに暫くの間、立ち入りが制限されるとのことです」
「なんてことだ……改修完了までの日数はどの程度かかりそうなんだ?」
「はい、管理局側の発表ではおおよそ一週間から十日ほどと聞いております」
「最長十日か……運用テストも入れるならば仕方ないか」
部下から告げられた内容を聞いて、脳内でスケジュールを立て直し始める紀元。
(スケジュールが遅れることは逆に良かったと考えたほうがいいのか……最近やけに博士も焦っていたし、このまま突き進んでも次の一手が失敗するリスクは上がっていた。じっくり調査する時間ができたと前向きに捉えたほうがいいな)
「本部長? 聞こえてますか?」
「ああ、聞こえているぞ。確認しておきたいのだが、システム改修で今後我々の活動への影響はどうなんだ?」
「ご安心ください。自分を含め、数名の部下がエンジニアとして作業にあたります。管理局の用意していた仕様書をすでに別のものと差し替えてあります」
「よくやった。あの仕様書は熟練のエンジニアでも発見することは不可能だからな」
部下の報告を聞いた紀元の口元が釣り上がり、怪しげな笑みが浮かぶ。なぜなら、差し替えた仕様書は紀元が作成したものであり、管理局が用意していたものとは別物だからだ。最初に受け取った仕様書ではセキュリティーが強化されて入り込む余地はほぼなかったが、解析を進めるとメンテナンス用アカウントに思わぬ穴が見つかった。その隙を突く形で自分たちのサーバーと接続させるような仕様書に書き換え、メインサーバーそのものを乗っ取る計画になっていた。
「まさかメインサーバー自体に組み込むという発想は予想外でした」
「管理局に動かれると我々の計画に支障が出るからな。だからといって従うつもりは毛頭ない……それであればこちらで管理してやるほうがいいだろう。いざとなれば管理責任が問われるのは向こう《管理局》だからな」
「さすがです。ヤツらもまさか利用されているとは微塵も思っていないでしょうから」
「ふん、所詮は頭の硬い役人どもの天下り機関だからな」
電話越しに二人が笑い声を上げたときだった。紀元の口から耳を疑うような指示が飛ぶ。
「休止期間中にもう一つやってもらいたいことがある。六階層に設置した転移装置だが、九階層へ移設してくれ」
「え、だ、大丈夫ですか? 六階層にというのは博士の指示では……」
「問題ない。博士には俺から話しておくし、何かと都合がいいからな。必要であれば追加人員を用意するから行ってくれ」
「承知しました。念のため、三名ほど追加をお願いします」
「わかった。明日早朝に迷宮へ向かわせる。頼んだぞ」
通話終了ボタンを押した紀元はスマホをズボンのポケットにしまうと、再びタバコに火をつける。大きく息を吐くように煙を吐き出すと、天を仰ぐように顔を上げる。
「これでようやく俺の計画が動き始める……」
自らに言い聞かせるように呟くと、自然と笑い声が漏れ始める。
(この国の腐った管理体制を変えるには、まず腐った根を握る必要がある――)
「くくく……何も知らない部下を演じるのも結構面白いもんだな。管理サーバーさえ乗っ取ってしまえば、こっちのものだ。博士には申し訳ないが、成功のために協力していただこうか……最後に笑うのは俺だ!」
すべてが順調に進む計画に対し、まるで勝利を確信したように笑いながら宣言する紀元。しかし、彼はまだ気がついていなかった、大きな落とし穴がひっそりと口を開けているということに……
「ふーん、面白いことを考えているじゃん。まだまだ詰めが甘いのは相変わらずね、利用されているのはどちらかしら?」
モニターに映し出される紀元の様子を見て、怪しげな笑みを浮かべる人物が一人……
迷宮を舞台に様々な思惑が交差し、予測できない未来へ舵を切り始めたことに気がつく者は誰もいなかった――
最後に――【神崎からのお願い】
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