第5話 瑛士の悪巧み
苦虫をかみつぶしたような表情で苛立ちを隠さない瑛士に対し、音羽は優しく語りかける。
「瑛士くん、気持ちはわかるけど身を引いたほうがいいわよ」
「なんで俺が引く必要があるんだよ! どんどん付け上がらせてどうするんだ!」
予想外の音羽の提案に思わず声を荒げる瑛士。そんな様子に彼女は動じることなく、淡々と話を続ける。
「気持ちはわかるわ。でもここで潔く身を引いて勝ちを譲れば、瑛士くんの評価も上がるし、今後何かと動きやすくなるわよ」
「は? どういう意味だよ?」
「いい? 今の状況は瑛士くんにとって圧倒的に不利よ。それに、リスナーたちも煽りに煽っている……こんな時にあっさり身を引いたらどうなると思う?」
「……俺なら拍子抜けして何も言わなくなるな」
彼女の意図がどこにあるのか考えつつ、言葉を選びながら答える瑛士。
「その通り。ルリちゃんも気が大きくなっているし、ここで反論したりやり返そうとすれば相手の思うつぼよ。それなら裏をかく戦術を選択するのもありだと思うの」
妙に説得力のある音羽の意見に無言で頷くと、さらに驚きの情報を提示してくる。
「あとね、リスナーの中にどうやら“特定班”と呼ばれる人たちも紛れてるみたいなの」
「特定班? なんだそれは?」
「よくSNSとかで問題行動をアップするバカがいるじゃない? コンビニでアイスケースに入ったとか、飲食店の調味料を舐めてみたとか」
「あー、なぜかニュースより先に個人情報が丸裸にされるヤツか?」
「そうそう。SNSの動画や写真、アップされた日時から場所を特定して、最終的に個人情報まで丸裸にする人たちのことよ」
音羽が話した内容に、血の気がどんどん引いていく瑛士。
「そ、そんな奴らが紛れてるのかよ……ってことは俺の個人情報も……ど、どうしたら……」
「普通ならとっくに特定されていてもおかしくないでしょうね……まあ、そんなこと私がさせないけど」
慌てふためく瑛士の肩に手を置き、不敵な笑みを浮かべて呟く音羽。微かに聞こえた不穏な言葉に思わず聞き返す。
「ん? 何か言ったか? 変な言葉が聞こえたような……」
「気のせいじゃない? そんなことよりも、その特定班を味方につけられたら……面白くなると思わない?」
「お前、まさか……」
「ふふふ……私たちだけじゃ飯島女史の情報をすべて集めるには限界があるし、彼らの力を借りればかなりのところまで踏み込めると思うの」
「なるほどな、たしかにあの警戒心は人一倍強いヤツだ。並みの方法じゃ手に負えないのは明白だ」
「でしょ? 彼らと協力できるのなら、これほど強力な手札はないわ」
「た、たしかに……」
あまりにも説得力のある音羽の言葉に、納得することしかできない瑛士。
そして、彼女は畳みかけるように話を続ける。
「納得したでしょ。それじゃどういう行動をとるのが最適解かわかるわよね?」
音羽の言葉を聞いた瑛士は、再び苦虫を嚙み潰したような表情になる。
「いろいろ引っかかるが……」
視線を向けた先にいたのは、腕を組みながら勝ち誇った表情をしているルリだった。
「くそっ……こんな調子に乗ったヤツに頭を下げなければいけないのか……」
「え? 別に頭を下げる必要はないでしょ?」
絞り出すように呟く瑛士に対し、半ば呆れたような声で聞き返す音羽。
「は? 負けを認めるということは頭を下げろって意味じゃないのか?」
「そんなに頭を下げたいなら止めはしないけど……瑛士くん、何か大切なことを忘れてない?」
「いったい何を忘れているんだよ……」
「いい? ルリちゃんは一人でエリアボスを撃破した功績をあげたのよ。そうしたら、ちょっと下手に出ておいて、アイスで釣るって手があるでしょ?」
「あー! そういうことか!」
音羽の話を聞いた瑛士は、何かを思い出したように手を叩くと口角を吊り上げて怪しげな笑みを浮かべる。
その様子を見た彼女は、冷静にツッコミを入れる。
「まーた変なこと考えてるわ……まあ、だいたい失敗するからほどほどにしなさいよ」
「俺の考えに抜かりはない!」
頭に手を当てて大きなため息を吐く音羽を気にすることなく、胸を張ってルリに向き直る瑛士。
「どうしたんじゃ? 負けを認める気になったのか?」
「そういえばルリ、一人でエリアボスを倒したそうじゃないか?」
「何の話じゃ? まあ、わらわ一人でとどめを刺したのは事実じゃがな」
「すごいじゃないか! すごい成長したんじゃないか?」
手のひらを返したような瑛士の態度に疑問を持ちつつ、褒められて上機嫌になるルリ。
先ほどまで対立していたことなどすっかり忘れ、意気揚々と胸を張る。
「そうじゃろ、そうじゃろ! わらわの成長は誰にも止めることなどできんからのう!」
「ああ、まさかここまで成長するとは予想外だったよ。そうだな、こんな偉大な功績をあげたのであれば、ぜひとも祝勝会をしないといけないよな?」
「当然なのじゃ! まあ、雑魚を一手に引き受けてくれたご主人もよくやってくれたのじゃから参加してもよいのじゃぞ?」
祝勝会の言葉につられたルリが思わず瑛士の功績を讃える言葉を漏らした時だった。
(よし、作戦通りだ!)
不敵な笑みを浮かべて必死に笑いをこらえる瑛士。
彼の企みは吉と出るのか、凶と出るのか……
最後に――【神崎からのお願い】
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