第10話 動き出す因縁の歯車
上機嫌で話す飯島に対し、堪忍袋の緒が切れそうになる音羽。思わず柄に手を伸ばそうとした時、静かに首を横に振る瑛士の姿が目に入る。彼は身振り手振りを交えながら必死に何かを伝えようとしていた。
(え? 今はまだ動くな。もう少し泳がせろですって?)
何か考えがあるような様子だったため、柄から手を離した音羽。しかし、怒りが収まることはなく、両手を固く握りしめた時だった。突然スマホの通知音が鳴り、画面を見ると瑛士からメッセージが届いていた。
『よく我慢したな……聞くに堪えないことだが、ヤツのドローンカメラは生きている可能性がある。真正面から切り付けてはこっちが不利になる。俺に考えがあるからもう少し話を引き延ばしてくれ』
慌てて瑛士が立っていた方を見るが、既に姿はなかった。彼の意図はわからなかったが、音羽は怒りを押さえながら核心を突く質問を投げかける。
「最後に一つだけ聞いておこうかしら……迷宮出現の時、儀式に参加したメンバーが消息不明になっていると聞いたけど……すべてあなたが仕組んだことかしら?」
「あら、よく知っているわね? それがあなたに何か関係あるのかしら?」
「いいから答えなさい!」
「ふふふ……そんなに真実が知りたいのであれば教えてあげるわ。ええ、私が全て仕組んだのよ、邪魔だったから」
「な……邪魔だったですって?」
「そうよ。異世界の産物を顕現させられるって言うのに、いざとなったら“完全に再現させるのは危険だ”とか言い出したのよ? これ以上ない実績と研究成果が手に入って、名声を独り占めできるチャンスなのに、私の邪魔をするなんて許せないじゃない」
悪びれる様子もなく、ただ私利私欲のために邪魔者を排除しただけと語る飯島。その言葉を聞いた音羽から怒りのオーラが溢れ、全身が小刻みに震えだす。そんな彼女の神経を逆なでするように、飯島は話を続けた。
「あなたの実績のために多くの人が犠牲になったんですよ? それについて何とも思わないのですか?」
「は? むしろ感謝してほしいくらいだわ。私のおかげで新たな力を手に入れることができたんだし、大好きな異世界の技術を肌で感じられるんだし。まあ、邪魔されたおかげで古ぼけた禁書とか言っていた書物が消えたのよ。アレがあれば世界を牛耳ることだってできたのに、ホント役立たずばっか。そうそう、一番邪魔してきた上司は迷宮の最深部に飛んでいったみたいね。ま、本人も研究したかったみたいだからちょうどよかったんじゃない? 私にしてみれば……」
飯島が次の言葉を言いかけた時、通信が乱れたかのように言葉が遮られる。驚いた音羽がドローンに目を向けると、今まで見たこともないような黒いオーラを纏った瑛士がカメラのレンズに短剣を突き立てていた。
「え、瑛士くん……何をしているのよ? せっかくの証言が……」
音羽が慌てて声をかけるが、瑛士の耳には届かなかった。
「そうか……やっぱり親父が行方不明になったのはお前のせいだったのか……」
その瞬間、瑛士の中で何かが“軋むように”崩れた。胸の奥に錆びた刃物を押し込まれたような痛みが走り、短剣を握る手が微かに震える。
「……懐かしい声ね、瑛士くん」
「うるさい! お前に名前を呼ばれると虫唾が走る!」
怒鳴り散らす瑛士の言葉を聞いた飯島は小さく息を吐き、妙に落ち着いた声で続ける。
「ねえ、どうして……そんなに怒っているのかしら? あなたの父上は――望んで協力してくれたわよ? 世界の理を……一歩進めるために……多少の犠牲で……済むなら、幸福なこと……じゃない?」
「ふざけるな! それを“幸福”なんて呼ぶのか!」
「ええ、呼ぶわ……だって、彼の研究データは……今も動いているの。命より価値のある“理論”……あなたは理解できないでしょうけど――」
一瞬だけレンズ越しの飯島の目が細く笑ったような錯覚が、瑛士の脳裏に流れ込む。まるで実験の結果を観察する科学者のように……
「親父は……どこだ!」
「場所を聞く前に……まず自分が“どこに立っているか”を考えなさい! ……あなたはもう“普通の人間”じゃないわ」
飯島の発した言葉が、最後の引き金を引いた。瑛士が短剣を振り抜くと、ドローンの本体は豆腐を切ったように縦に裂けた。
「……そう……いいわね……感情が理性を凌駕する瞬間――まさに私が再現したかった……」
飯島の言葉が終わるより早く短剣を横に閃くとドローンが四分割され、光と煙を撒き散らして爆ぜた。
「チッ……対決することは避けられないのか……」
粉々に砕け散って地面でくすぶっているドローンを瑛士が睨みつけていると、慌てた様子で音羽が駆けつけてきた。
「え、瑛士くん! 大丈夫なの?」
「ああ、すまない。ヤツの話を聞いていたら抑えきれなくなってな……」
「そんなことよりも、どうするの? せっかくいろいろ聞きだしていたのに……もうちょっとで肝心なところを言いそうだったのよ?」
目をあわせないように顔を背けた瑛士に焦った音羽が問いかけると、バツが悪そうな顔で答える。
「……そうだったな。そのことについてはすまない……」
「すまないじゃないわよ! まだ聞きだせていないことが山ほどあったのに!」
「ちょっと落ち着けよ」
怒った様子で詰め寄ってくる音羽に対し、何とかなだめようとする瑛士。
「落ち着けって落ち着けるわけがないでしょうが! せっかくうまくいっていたのよ? 細心の注意を払いながら録音してたのに!」
「ん? 音声を録音していたのか?」
「そうよ! 途中までは配信もしていたの! 社会的に飯島女史を追いつめる交渉材料が……」
項垂れながら悲しそうな声で訴えかける音羽を見て、小さくため息を吐いた瑛士が口を開く。
「音羽、すごく言いにくいことを言わなければならない。配信と録音をしていたといったが、俺の予測が正しければおそらく……」
瑛士が諭すように音羽に話しかけた時、少し離れた位置にいたルリの叫びが聞こえてきた。
「これはどういう事なんじゃ!」
「ルリちゃん? どうしたの?」
悲鳴に似た叫びを聞いた音羽が声をかけると、驚きの言葉が飛んできた。
「配信のアーカイブを見ようとしたら、何も残っておらんのじゃ! さらに録音した物を再生しようとしたらザーザー言って何も聞こえん!」
「え、うそ……」
ルリの言葉を聞いた音羽は、言葉を失ってその場に立ち尽くしてしまう。
「やっぱりな……」
爆ぜたドローンの残骸が煙を上げ、燃え尽きていく中で瑛士はただ立ち尽くしていた。
別のカメラが彼らの背中を静かに捉えており、次の一手がすぐそばまで忍び寄っていることなど知る由もなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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