巫子派? 聖女派? 4
考えなしだって言いたいんでしょ。
確かにそうだ。自分でもそう思うわ。
聖女は特別な存在だから何でもできるって思ってたのよ。
ということは、私の計画が根本から崩れていくってことじゃない!?
強化魔法は? それにも魔力を使うよね。
結界を強化するのに神聖魔法を使って、強化魔法も使えるの?
回復魔法まではどう考えても無理でしょう。
「いったいおまえたちは聖女に何を求めているんだ」
ここ最近で身長が伸びて大人びてきた大神官が、綺麗な顔に怒りをにじませ、錫杖を床に打ち付けてしゃんと鳴らした。
美形の怒った顔って結構こわいんだけどさ、手にしているのが錫杖じゃない?
大神官のローブと錫杖って、私の中では合わなくて違和感が消えてくれない。
「彼女が最優先しなくてはいけないのは神聖力の扱いを覚えて、神聖魔法を使えるようになり、結界を強化することだ。おまえたちの得になるかならないかで判断するな!」
ブラボー。
拍手したい気分だ。
そして同時に、私も反省しないと駄目だ。
「それにおまえたちは大事なことを忘れている」
急にフルンが話し始めたので、私ははっとして彼を見た。
まだ何かあるの?
「さっきサラスティアも言ったはずだ。我々は神獣様と巫子のためにしか動かない。つまりおまえたちが領地に帰るのに何日かかろうと、我々が手助けすることはない。聖女の移動もよほどのことがなければ我々は関与しない」
大神官だって普段は自力で移動しているから当然よね。
今日みたいな時には、眷属たちが転移魔法を使ってくれるんだし。
「特に我々の前で堂々と巫子に無礼な態度を取った者達は覚悟しておけ。神獣様の力が回復しても、おまえたちの領地で青空が見えるようになるのは何年もあとになるだろう」
さっきまで何も言わなかったから、このくらいは許せる範囲なのかと思っていたら、実はかなり怒ってたー!
うわあ、マクルーハン侯爵なんてショックだったのかぶるぶる震えて倒れそうになってる。
もしかして私の重要性が下がるどころか爆あがりしてない?
待て待て。聖女の立場! どうすんのさ!
「どちらにしても」
大神官がふっと口元に笑みを浮かべた。
「領主がずっと王都で遊んでいるような領地を、我々が気にする必要はあるまい」
お、ちょっと格好いいぞ。
いつまでも安全な王宮に引きこもっている貴族たちが、気まずそうに目をそらしているのが笑える。
「聖女の教育は結界の近くで行われるほうがいいだろうということで、ラングリッジ公爵領の神殿で行う」
「うむ。護衛はもとより聖女に仕えていた者達とSランク冒険者の朝焼けの空のメンバーが行う」
そのあたりは大神官と陛下で決定済みなのか。
バートさんたちなら安心して任せられそう。
「聖女にはラングリッジ公爵家の別宅を用意することになった。クレイグのいる屋敷とは敷地が別で少々離れた場所にある。敷地全てを神殿に貸す形になる」
その別宅、私に貸してくれるって話がなかったっけ?
なんで私は屋敷に一緒に住んでいるの?
これは私、すでにクレイグと結婚するって決まっている関係だと思われない?
「巫子や聖女が全国を回るのは大変でしょう。魔道省で魔力中の闇属性魔法の量を調べられる魔道具を配布します。それで各地方に住む人たちの状況確認をしてください。今まで十年以上放置して、たいして闇属性に侵食されていない地域に巫子が訪れる必要はないですよ」
イライアスも私には優しいのよね。
今もクレイグやデリラと一緒に私のすぐそばにいて、その隣に眷属がいるもんだから、周りから見たら仲間扱いになるのでは?
「そうだな。我々神官は災害復興支援をメインに動きつつ、聖女の修行を最優先に動く。巫子が最優先にしなくてはいけないのは神獣様の力を取り戻すことだ。国民を思う気持ちもわかるが、ふたりとも結界強化をしなければ国が滅ぶということを忘れるなよ」
「もちろんよ。これからは聖女とも協力できるから心強いわ」
そろそろ話が終わり解散の流れになってくると、聖女に話しかけたい人たちが彼女を遠巻きに囲み始めた。
大神官がいるから無茶が出来なくて、どうにか離れてくれないかとチャンスを伺っているようだ。
私のほうは周りにいる人も、私本人もこわいから近付きたくないんだろう。
どうしよう。もう帰ろうかな。
聖女は大丈夫かしら……って視線を向けたら、ばっちりと目が合ってしまった。
しかもガン見されている。
なに? って首を傾げた私が悪かった、たぶん。
聖女は嬉しそうに顔を輝かせて、声をかけようとしている貴族たちを押しのけ、私のほうに駆け寄ってきた。
「巫子様、先程はありがとうございました」
なにが?
私何かしたっけ?
「えーっと?」
「エイダとドリスに巫子様がよくしてくださったと聞きました。ケヴィンもすっかり巫子様を尊敬しているみたいです」
「そんなたいしたことはしていないんだけど」
「あの、出来れば私も巫子様とお話がしたいです。これから協力していくわけですし」
おお、それは嬉しい申し出だわ。
この世界に来て、女性のお友達がひとりもいない私としては、聖女と親しくなれるのは嬉しい。
「そうね。……今日はこれからまだ忙しいのよね?」
「いいえ。魔力が回復するまでは暇です」
いやいや、そんなわけないだろ。
大神官と神殿に行かなくていいのか?
でも大神官はイライアスや国王と話していて忙しそうね。
「じゃあお茶する時間くらいはあるかしら」
「あります! ぜひ!」
「私も混ぜてもらっていいですか?」
横からデリラが笑顔で話に加わってきた。
「そちらはお仲間がふたり、参加するんでしょ? だったら私も一緒でもいいですよね?」
「ええ、もちろんです」
「ラングリッジ公爵家は王宮内にいくつか部屋をいただいていますの。そこでお茶をいただきましょう。軽食も用意しますわ」
「ありがとうございます。ちょっとお腹がすいていたんです」
「お待ちなさい」
丸くなって盛り上がっていた私たちの背後から、アニタ様が声をかけてきた。
聖女は慌てて膝を折ったけど、私は国王と同格だから立っていていいのよね?
これはどうなんだ?
聖女の身分もはっきりさせないとまずいな。
「デリラ、あなたはラングリッジ公爵令嬢ではなく王女という立場になるのよ」
「え!?」
「当然でしょう? 父親が国王なんだから。兄の身分より父の身分のほうが優先されるわよ」
うわ、王女だって。
知り合いが急に王女になっちゃったよ。
「そう言われてみればそうですわね」
「クレイグひとりでは大変だから公爵領に残ってもらうつもりだったけど、王宮に呼ぶべきだって声もあるのよ」
「遠慮します。ラングリッジ公爵領に巫子と聖女が滞在するんですよ。お兄様だけでは対応できませんわ」
「そうなのよね。でもともかくラングリッジ公爵家の部屋に行くのは駄目よ。貴賓室を使いなさい。王女と巫子と聖女が話をするのですからね」
なるほど。
そう言われてしまうと、他の御令嬢たちは遠慮するしかないわね。
しかしそうかー、デリラは王女でクレイグは公爵か。
そして私は国王と同格?
身分の価値がよくわからなくなってきたぞ。
でも男爵令嬢の聖女はもっとたいへんそうだ。
貴賓室に向かう廊下の豪華さだけで、聖女と護衛のふたりはガチガチに緊張しちゃっている。
デリラが王女と聞いて青くなっていたわよ。
私はクロヴィーラ侯爵家やラングリッジ公爵家の屋敷で多少は慣れている分、平静を装うことは出来ている。
内心、ハラハラドキドキしっぱなしだけどね。
だって美術館でケースに収まっている状態でしか見たことがないような、お高そうな花瓶や家具が置いてあるんだよ?
外国の物っぽい調度品もあって、王宮の中を探検したら一週間くらいは遊べるんじゃないだろうか。
いやその前に迷子になって遭難しそうだ。
それにこの世界に来てからずっと思っていたんだけど、普段過ごしている部屋は、だいたいどこも照明が薄暗いの。廊下も間接照明ばかりで、お高い家具や調度品に光が当たっているので、余計にお高そうに見えるのよ。
瞳が黒い人は日差しや明るい光に目が強い代わりに、暗い場所では見えにくいんだっけ。
この国も明るい瞳の人ばかりだから全体的に暗い照明で、天候も曇りか雨ばかりだから中身日本人としては気分が滅入る時もあるの。
でも貴賓室の照明は明るかった。
魔道灯があちらこちらに灯されて、温かみのある光が部屋に溢れている。
ソファーにはクッションがたくさん並べられていて、テーブルにはいろんな花の絵柄のついたお皿に、スイーツが山のように並べられていた。
「先日の国境紛争のお詫びとして、なぜか各国からスイーツがたくさん送られてきているんですって。どうぞ、たくさん食べてね」
聖女と巫子の機嫌を取るのに、スイーツを送るってどうなの。
ありがたくいただくけどさ。
私、大福で酒が飲めるタイプよ。
「まあ、かわいい」
「これ、食べていいんですか?」
「うわあ、生きててよかった」
冒険者だって女の子。嬉しそうでよかった。
でもエイダもドリスも平民であくまで護衛なので、私たちと同じテーブルには座れないんだそうだ。
三人で話をしたいと言っても、聖女には護衛の他に女性の神官がひとりついてきているし、デリラにも専属の騎士と侍女がいる。
なぜか私についてきたのはリムとブーボだけど、彼らがいればすぐに眷属を呼べるので問題ない。
「疲れているでしょう? 今日、廃村から戻ったばかりなのにいろいろあって」
「そうですね。でも思い悩んでいたことが全て解決して心が軽くなりました。その分、今後のことを考えると不安にはなりますけど」
「そういう時は甘い物が一番よ」
「はい!」
お友達というより、後輩と一緒にいる気分だ。
「そういえば聖女の身分ってどうなるの? 大神官が国王と同格なら、聖女は公爵扱いくらいはしてもらっていいわよね」
「そうですね」
「デリラ様、王女のあなたが男爵令嬢の私に敬語を使うのはおかしいです」
「え? あ、そのほうがいいのなら喜んで。でも王女と突然言われても実感ないのよ」
「わかります。私も聖女なんて実感ありません」
聖女と巫子と王女。この国の独身女性ではトップの三人よね。
聖女も王女も大きく口を開けて、ケーキを口に放り込んでいる姿を他所では見せないほうがいいわよ。
「うちは貧乏な男爵家なので、王族や高位貴族の方々にお目にかかるのは初めてなんです」
「お互い腹の探り合いをして、気を抜けなくて嫌になったんじゃない? 私はよく知らない人が周りにたくさんいるのは苦手だわ」
マクルーハン侯爵のような人の相手をしていると、がりがりと精神力が削られていく気がする。
公爵たちのほうが付き合いやすいけど、彼らは本音を隠すのが上手いのかもしれない。
もう聖女と巫子の信用を勝ち取っているってことは、それだけ彼らが抜け目ないって見方も出来るもんね。
それぞれ国のために寝る間も惜しんで働いているから、それだけは間違いのない事実だから、実は裏があっても許せるけどさ。
むしろ国王も公爵も頭の中では計算のひとつやふたつしていてくれないと、国が危うい。
「でも巫子様の周りには素敵な方ばかりではないですか」
両手でカップを持って、聖女はほうっとため息をついた。
「眷属の方々もとても素敵な方ばかりですし、巫子様の隣にいた方はお兄様ですか?」
「あ、紹介するのを忘れてしまったわ。そうなの。カルヴィン・クロヴィーラ侯爵。私の兄で神殿省のトップなのよ」
「巫子様にとても良く似ていらっしゃいますね。それに冷静な感じで、私に向ける感情のないまなざしが素敵でした」
え? 何が素敵ですって?
「眷属の方たちも全く私に興味がないのがよくわかって、でも冷静に見極めようとなさっているような強いまなざしが、思い出しただけでもドキドキしてしまいます」
何を言ってるんだこの子は……と、ちらっと横を見たら、デリラも首を傾げながら私のほうにちらっと視線だけ向けた。
聖女は変な子だった?
「大神官様も私には聖女という以外、まったく興味がないみたいでした。それでいて優しく女神様について話してくださったんですよ。どこか遠くを見つめている大神官様の視線の先には、きっと女神様がいらっしゃるんですね」
あいつは変人だからね。
ちゃんと聖女の世話をしてくれるなら、それはよかった。
「でも一番素敵なのはラングリッジ公爵様ですわ。あのきついまなざし。私を見てもいっさい変わらない表情。とても魅力的な方ですね」
……聖女が気に入ったのはクレイグ?
ここまで順調すぎておかしいとは思っていたのよ。
そうか。そうなんだ。聖女はクレイグを選ぶんだ。
何動揺しているの。
予想していたことじゃない。
それなのに気分が沈むのは、ラングリッジ公爵家があまりに居心地がよかったからよ、きっと。




