ラングリッジ公爵家と冒険者たち 3
「報告ご苦労だった。引き続きよろしく頼む」
「はい」
「終わりました?」
朝焼けの空の面々がクレイグの言葉に頷き、話の流れが一段落ついた空気になったので、テーブルに手をついて前のめりで言った。
「ではちゃちゃっと魔力吸収しちゃいましょう」
最前線にいるSランクの冒険者が魔素病になっていないはずがない。
なっていなくても、きっと彼らなら魔力量が多いでしょう?
もらえる魔力はもらっておこう。
平民は貴族より魔力量が低いらしくて、入院している患者全員の魔力吸収をしても、思っていたより魔力が溜まらなかったところなのよ。
「アビー、魔道具を運んできて」
返事も待たずに立ち上がり、部屋のドアを開けて廊下に向かって叫ぶ。
遠くからはーいという返事が聞こえてきたので、扉を開けたままで席に戻った。
「たいして時間はかかりませんから」
「ありがとうございます。お願いしようと思っていたんです」
彼らのほっとした様子を見ると、たのんでいいのか迷っていたってところかな?
Sランク冒険者ってもっと偉そうなタイプなのかと思っていたわ。
アニメだとドラゴンを倒せるくらいに強いって設定だよね? 私が観たアニメだけかもしれないけど。
小説に出てくる探偵と現実の探偵は違うみたいな感じなのかな。
「失礼します。魔道具をお持ちしました」
アビーと一緒に補助を何回かしてくれたことのある騎士がふたりも部屋にやってきた。
「本当に朝焼けの空だ……」
若い騎士が小声で呟いた。
こいつ、彼らに会いたいからついてきたな。
アビーひとりで充分なのに、おまけがふたりもついてきたからおかしいとは思った。
「誰からしますか? この椅子に座ってください」
「リーダーからだろう」
「うんうん」
「では俺から」
バートが立ち上がり指定された椅子に座る。
上着に手をかけながら脱ぐのか? と首を傾げたので横に首を振って止めた。
「ここに手を置いてください。魔力と属性の確認をします」
「……」
「え!?」
計器を見ながらアビーが驚きの声を上げた。
なんだろうと私も覗き込んで、計器とバートの顔を三度くらい見比べてしまった。
この闇属性の量は、入院している患者と同じかそれ以上よ。
「……体の変形が出ていますよね?」
「なに?」
クレイグも驚いて魔道具の傍まで来て計器を覗き込んだ。
「やっぱりわかるんですね。左手の手首から二の腕まで変形しています」
「痛みは? かなり強い痛みのはずですよ」
「巫子は平民にも敬語を使うんですね」
「今はそれどころじゃないでしょう!」
拳を握りしめて詰め寄る。
バートは苦笑いを浮かべながら右手で前髪を梳いて後方に流すという、ロングヘアーのお姉さんと同じ動作をした。
前髪が長い人共通の動作なんだな。
そういえばこの人もアクセサリーをたくさんつけている。
おしゃれを気にするタイプ?
「痛みは魔道具で感じないように出来るんです。かなり高価なので滅多に手に入らないんですが。彼もつけているでしょう?」
バートが示したのは派手なゴールドのアクセサリーをつけているヒーラーだ。
あれは大神官の真似じゃなくて、痛みを消す魔道具だったのか。
「その魔道具は危険なんだぞ」
「そういえば陛下はつけていなかったわね」
「当然だ。痛みがないために病気の進行がわからず、突然自我がなくなり周りの人間を殺してしまう事件が何件もあったんだ。それに魔道具なんで、装着している間ずっと少しずつ魔力を使うことになる。そのためか闇属性が侵食する速度が速くなるんだ」
こわ。
いやでもそうだよね。
眠らせておくしかないような、のたうち回るような痛みをまったく感じさせなくなる道具に、副作用がないわけがない。
そうじゃなかったら騎士たちは全員使っていただろう。
「俺たちもこういう時以外は使っていませんよ。人前に出る時だけです。Sランクの冒険者が魔素病に侵されて、いつ死ぬかわからない状態だなんて知られたら、冒険者たちにどれだけの動揺が出ることか」
「たしかに……それはそうだな。この街の人間にとっておまえたちは英雄だ。おまえたちまで失ったとなると、街を捨てて逃げ出すものが増えるかもしれない」
Sランクともなると、そんなことまで考えなくてはいけないのか。
確かに、彼らのファンの二人の騎士は衝撃を受けた顔をしている。
彼らでさえそうなのだから、冒険者仲間はかなり動揺するんだろう。
「それだけならいいですけど、暴徒化して貴族を襲いだすかもしれません。領地を放置している貴族の元から、この街に流れてきた冒険者がどんどん増えているんですよ。そういう者達は冒険者の仕事を何も知らないので、冒険者ギルドの職員も本部長も寝る時間も削って働いているんですよ」
さりげなく本部長のフォローまでするなんて出来た男だ。
でも私は、そつがない男って苦手なのよね。
私のがさつさが目立つでしょ。
きっと相手も私みたいな女は苦手だと思うしね。
「はい。話しながらでも魔力吸収はしちゃいますよ」
「え?」
こういう話を出来る相手ってなかなかいないから話したいのかもしれないけど、魔素病で死ぬことはもうないんだし、あの頃はそれで大変だったよってあとでゆっくり話せばいいのよ。
「MPポーション持ってます? なかったら騎士団から買ってもう一度吸収しましょう。あげたいところだけど特別扱いはよろしくないし、そのくらいのお金はあるでしょう。はい、終わり。次の人。あ、急に立ち上がらないでね、多めに魔力を吸っておきましたから」
アビーがカルテをつけるのを確認して、バートから離れて次の患者を待っているのに誰も動かない。
眉を寄せてテーブルに手をついて文句を言おうとしたところで、クレイグが笑いながら私の肩に手を乗せた。
「こういう性格なんだ。バート、早く動かないと怒られるぞ」
「ああ、そうだな。うん。病弱な侯爵令嬢だと聞いていたから、イメージとだいぶ違っていて驚いた」
ふん。優しくて可愛い巫子のイメージを維持して、患者の相手をするなんて無理だってことよ。
「命にかかわる事態なんだから、そんなこと気にしていられないでしょう。もっとさくさく動きなさいよ。 Sランクの名が泣くわよ」
「だそうだ。早く交代しよう」
ヒーラーは肩から首にかけて変形しているんだそうだ。
他のふたりはまだ変形はしていないけど、大きな痣が出来ているらしい。
この状況で仕事を続けるなんて、無茶をしすぎでしょうが。
「もう他の生き方なんて出来ませんから、誰かが欠けるまでは冒険者を続けて、その後は身を隠そうかと思っていたんですよ」
そんな悲しい覚悟をして、ぎりぎりの状況で生きている人がこの街にはたくさんいるんだろう。
それに比べて王都の馬鹿貴族どもは。
また腹が立ってきたわ。
彼らがこの状態なら、他の冒険者だって痣が出来ているのなんて当たり前って状態なんじゃない?
実際、予約はもう三日先までいっぱいで、それ以外にも押しかけている冒険者がいるって話だ。
それなのにアリシアのパーティーは結界近くの村にずっと滞在している?
Sランクなら貴族からの依頼も来るはずでしょう?
バートのこのそつのなさと平民とは思えない洗練された動きは、貴族相手にするために鍛えた物だと思うのよ。
でも英雄の翼の存在をクレイグは知らなかったのよね?
「アリシアが魔素病を治せることを、彼らの仲間はもう知っているんじゃない?」
「だろうな。アリシアの存在を隠すために俺たちには関わらないようにしていたんだろう。神官たちが聖女を探しているのを承知で隠していたとなると、重い罪になるぞ」
アリシア本人はどう考えているんだろう。
聖女になるのが嫌で隠れているのか、脅されて従っているのか……。
「はい。二度目の魔力吸収完了。今夜も医療棟に来てね。夜も二回魔力吸収をしますからね」
「わかりました。絶対に行きますよ」
「痣が薄くなるのが目に見えてわかるんだ。助かるとわかっていかない理由はありませんよ」
四人とも帰る時には顔つきが明るくなっていた。
ああいう顔を見るとやる気も出るってものよ。
聖女が現れて患者たちの病気を完治させてくれるまでは、私がしっかり働かなくちゃね。
「ねえクレイグ、さっきの冒険者増加問題なんだけど、仕事の斡旋所を作れない?」
「はあ?」
「フレミング公爵が人手が足りないって嘆いていたじゃない。災害で多くの人が犠牲になって、働く人が足りない地域なら家族全員で引っ越せるでしょ?」
「家族全員だと荷物も多くなる。そう簡単には」
「それはほら……」
ちらっとフルンのほうを見た。
そこは話の持っていき方だと思うのよ。
しっかり神獣様のおかげだということを認識してもらえるなら、今後は神獣様や眷属を国民が近く感じるんじゃないかな。
神獣様の力が弱まっていたのに放置されたのは、神獣様がどういう存在か認知していない国民が多かったせいもあると思うの。
「なるほど」
「ふむ」
フルンまで感心しているわ。
自覚あるのかな。
「なるほど。巫子様は優秀なんですね」
Sランク冒険者に感心されるのは気分がいいわね。
どうよ。神獣様の巫子は出来る女でしょ? がさつだけど。
公爵同士がいい関係だから出来る話だし、転移出来るチートな存在がいてくれるおかげよね。
「よし、次は屋敷の人たちの魔力吸収ね」
「大丈夫か? 少し休んだほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫だけどお腹はすいたわ。食べながらやりましょう」
侯爵令嬢のイメージ? 優しい巫子のイメージ?
どうでもいいわ。
そんな物じゃお腹は膨れないし、命も救えない。
「食堂も広いわね」
人数が多いから従業員用の食堂でやるのね。
食べながら魔力吸収しようとしていた私にはちょうどよかった。
某魔法学校の食堂みたいでかっこいいな。
この大きな一枚板のテーブル、実はかなりお高いんじゃない?
年季が入っていい色になっている。
「片手で食べられるように軽食を用意しました。飲み物もここに置いておきますね」
「さすがクーパー、わかってるわね」
食堂に入った途端、いい匂いがしていたからお腹が鳴りそうになっていたのよ。
用意された椅子に腰を下ろし、助手をする騎士たちが定位置に着くのを待つ間に、さっそく小さく切ったパンの上にハムとチーズを乗せたカナッペを口に放り込んだ。
さくっと香ばしく焼かれたパンと濃厚なハムとチーズの組み合わせは絶妙よ。
このチーズ美味しいな。
「私からでいいかしら?」
いけない。アニタ様に見られていた。
「もちろんです。アニタ様もランクSなんですね。妖精が見えていますか?」
「あそこにいるかわいい子たちでしょ? 見えているわ」
リムとブーボは少し離れた席で、お茶と軽食を用意してもらって休んでいる眷属コンビの傍にいた。
新しい場所で見慣れない人がたくさんいるので、神経質になっているみたいだ。
「家族全員がランクSなんですね」
「そうね。でもランクSだからって特に役に立つことはないわよ」
「妖精と話せます」
「それは素敵。初めて役に立つわ」
優しい雰囲気で話しやすくていいな。
デリラとアニタ様が仲良さそうに会話しているのが、ちょっと羨ましいと思ってしまった。
日本でもここでも、私は母親とは敵対する運命だから。
こんな人が母親だったらよかったのにな。
「では始めますね。……はい、終わりです。急に立ち上がらないで、あちらでMPポーションを飲んで出来れば何か食べて休憩してくださいね。もう一回魔力吸収しますから」
「まあ、本当にお医者様みたいね。それにこんなに早く終わるのね」
「毎日繰り返している作業なんで、助手たちもみんな作業が早いんです」
「素晴らしいわ。痛くもないし痣を見せなくてもいいのね」
侍女たちの何人かが安堵した表情を浮かべ、手を取り合っていた。
痣を見せなくちゃいけなかったら個室にするわよ。
年頃のお嬢さんたちに、大勢の騎士がいる場所で痣を見せろなんて言わないって。
「お母様、MPポーションです」
いつのまにかデリラがポーションを渡す係になっていた。
クレイグは食堂で騎士に指示を出すことにしたらしく、少し離れた場所で打ち合わせ中だ。
公爵家なのに……いえ、国王の家族なのに従業員との距離が近いのね。
「さあ、みんなも素早く動きましょう。巫子はまだ予約している冒険者の診察もするんですもの。早く終わらせて少しでも休んでもらわなくては。侍女長、次はあなたよ。その次は……」
アニタ様が場を仕切りだしたので、その後はさくさくと魔力吸収が進んだ。
途中で神獣様に魔力を渡すために神殿に転移して、今度はアシュリーと戻ってきたら侍女たちのテンションが目に見えて高くなったわよ。
怖いフルンより、煌びやかなイケメンのアシュリーのほうが若いお嬢さんには受けがいいのね。
「侍女長さん、食堂内に鏡を置けますか? 出来れば周りに目隠しをして痣が薄くなったのを確認できるようにしましょう。MPが減っている状態で急いで移動したり興奮して転ぶと危ないです」
「そうですね、気が回りませんでした。そうしますわ」
侍女長も執事も、クロヴィーラ侯爵家のあいつらとは大違いよ。
部下のことをとても気にかけて、住み込みで働く若い子たちの親のような存在で、厳しくて優しい。
屋敷内の人間関係がいいのは、アニタ様の存在が大きいわよね。
女主人が違うと、こんなにも違うんだな。
まあ、クロヴィーラ侯爵家がひどすぎたんだけどさ。
……カルヴィンは大丈夫かな。




