奇跡のオンパレード 1
そろそろドンパチやりましょうとこっちから誘ってあげようかと思っていた三日目、さすがに情報が届かないことで非常事態だと気付いた隣国が、兵を砦の近くまで移動させ始めたと連絡が入り、私は城壁の上に向かった。
荒野を隊列を組んで進んでくる敵の軍隊を見て、映画みたいだな、なんていまだに緊張感のない感想を持ってしまったわ。
千の軍隊なんてたいしたことないなんてギレット公爵は言っていたけど、こうして目で見ると確かに少ないのよ。
東京ドームには五万五千人は収容出来るし、武道館だって一万五千人くらいのキャパがあるんじゃなかったっけ?
そのへんの公民館だって千人以上は入れるでしょ。
いや待って。比較対象が間違っている気がする。
こっちはあそこに二十人くらいで突っ込むって考えたら……多いよ、多い。
マジでやるの? 私。
「砦にいる諸君、門を開けてくれ。目を覚ますのだ。このまま国王や貴族の横暴を許したら国が崩壊するぞ」
兵士の集団の中から三体の騎士が馬で進み出て、声を大きくする魔道具を手に昨日と同じ演説を始めた。
「誤解しないでほしい。我々はあなたたちと戦う気はないのだ。むしろ私利私欲に走り、神獣の力を弱め」
「様をつけろ」
フルンがぼそっと呟いた。
本当は砦の兵士より、町にいる一般人に聞かせたいから、あちらさんの魔道具の声って、かなり大きいのよ。
今までは一方的に彼らの声ばかりが聞こえていたせいで、門を開けてくれ、向こうの国に避難したいって押し掛ける人たちもいたんだって。
でも一昨日、神獣の巫子に大神官や魔道士までギレット公爵と一緒に到着して、前の国王は捕まって処刑が決まり、ラングリッジ公爵が新国王になったと王太子が広場で説明したので、今日は誰も隣国の話に興味を示さない。
その時にギレット公爵とクレイグが王太子の境遇も話したもんだから、彼に同情する声が強くて、みんなで国を復興させようって盛り上がったのよ。
それに私が休んでいた昨日、大神官が神官たちを連れて町はずれの畑に神聖力を注いで回り、兵士たちが王都から運んできた物資を配ったそうなのよ。
参加しない代わりに物資を寄付させてくれって貴族がたくさんいたおかげで、かなりの物資が集まったからね。
ということは、働いていないのは私だけってことよ。
今日は活躍しないと神獣様に申し訳ないわ。
「自分の弟ですら結界近くに追いやり魔素病になっても放置し、神獣の巫子を死なせた国王を捕らえ、国を立て直す手助けをしようとしているのだ」
「いったい何を言っているのだ? 神獣様の巫子ならここにいらっしゃるぞ!」
「こんにちはー」
相手との距離はまだかなりあるので、おおよその服装くらいしか見分けられないけど、ピンマイク風の魔道具は私も持っているから、妙なローブ姿の女が高い声で叫びながら、城壁の上でひらひらと手を振っているのはわかったらしい。
「国王は捕らえられ、ラングリッジ公爵が新国王になったぞ。情報が遅いわ!!」
ギレット公爵、楽しそうだな。
生き生きしている。
それに比べて敵兵は大慌てだ。
三人で言葉を交わした後、急いで後方の集団のほうに馬を走らせて戻っていった。
「捕まえなくていいの?」
「相手の出方次第だな。このまま引くか、仕掛けてくるか」
遠ざかる騎士の様子を眺めているクレイグを睨んだ。
「引かれては困るわよ。食料とテントはもらわなくちゃ。三人とも、いつでも敵の陣地に飛び込む準備はしておいてね」
「待て。自分たちだけで行こうとするな」
城壁の上で私は大神官とクレイグの間に立ち、私の後ろに三人の眷属が並んでいたので、くるりと後ろを向いてフルンと話し始めたら、クレイグが話に割って入ってきた。
「準備をするだけよ」
「飛び込む前に俺に確認してくれ」
これだけの大人数で動くのに、私だけ勝手なことをしたらまずいってことくらいわかっているわよ。
信用ないなあ。
「隊列をあげてきたぞ」
見張りの兵士の声が聞こえたのではっとして振り返ると、横にずらりと並んだ隣国の兵士たちが、こちらに近付いてきていた。
陣形には詳しくないんだけど、こちらから見下ろされているのに横に並ぶのはどうなのかと思っていたら、兵士たちの間から巨大な魔晶石を積んだ兵器が押し出されてきた。
なにあれ?
あの魔晶石の魔力で、城壁を破壊する魔法でも撃つのかな。
「最後の警告だ。門を開けるんだ。きみたちの判断が遅れるだけ民が苦しむことになる。偽の巫女や嘘の情報に惑わされるな。あんな女が巫女のわけがないだろう!」
なんだとー。私の何が悪いのさ。
まだ声しか聴いていないでしょ!?
この声か。アニ声一歩手前の子供っぽい高い声が巫子らしくないってことか!
じゃあどんな声なら巫子っぽいのか言ってみろ!
この失礼な男は許さないぞ。
「その国王と取引をしていたくせになにを言う! その兵器に使用されている魔晶石は国王の領地でしか得られない物ではないか!」
「ねえ、あんなに大きな魔晶石が四つもあるわよ」
ギレット公爵が真面目に応答しているというのに、ピンマイクがあるのを忘れて眷属に話しかけてしまった。
「あの中の魔力を神獣様に渡せたら、だいぶ力を取り戻せると思わない? あれ、もらおうよ」
以前、イライアスが持ってきた魔道具の魔晶石よりも大きいのよ。
フルンの身長くらいあるあの魔晶石の中には、魔力がたっぷり詰まっているはず。
「そうだな」
フルンが答え、
「そうね」
サラスティアが嬉しそうに身を乗り出し、
「よし、もらって来よう」
アシュリーが指で誰がどの魔晶石を取るか指示を出して、三人揃って転移した。
「な、何を言って……渡すわけが……」
敵の指揮官は話の途中で口を開けたまま固まった。
そりゃ驚くよね。
話題にしていた兵器の上に急に眷属が出現して、魔晶石を力業で引っこ抜いて姿を消したんだから。
周りの敵兵たちも何が起こったのかわからなくて、五つ数えるくらいの間フリーズしていたわよ。
「魔晶石が消えた!!」
「なに!?」
「女が……女が盗んで」
うはー、大騒ぎだわ。
あの騒ぎを利用しない手はないよね。
「あーー、テストテスト」
うん、大音量だね。
更に音量を上げたから、もしかして隣国の町まで聞こえるかもね。
「私が死んだことになっている神獣様の巫子です。はじめまして? 魔晶石は神獣様の力を取り戻すために使わせてもらいます。ありがたいわ。天候が回復すれば国が復興出来ます」
「きさまー!!!」
「ど、どうやって取ったんだ?」
「それより、どうしてもう神獣の巫子やギレット公爵がここにいるんだ? 王都にいるんじゃなかったのか!?」
「偽物だ! おまえが神獣の巫子だというのなら証拠を見せろ!」
「神獣様と呼びなさい。愚か者」
フルンの代わりに怒ってあげたわよ。
「城壁を破壊する兵器を抱えて国境を越えてきた他国民が、何を偉そうにほざいているの」
視界の端にサラスティアが、神獣の神殿に魔晶石を置いて戻ってきたのが見えた。
アシュリーやフルンも戻ってきて、元の位置に立ったのが気配で伝わってくる。
転移魔法を使える人間はこの世界にはいないんだから、もうこれだけでも証明しているようなものなのにね。
「我々は避難を望む民を救いに来たんだ! おまえが神獣の巫子で崩壊しかけた国と民を救えるというのなら証拠を見せろと言うのは当然だろう!」
「ならば見せましょう」
うまい具合に話を繋げてくれてありがとう。
見せなくても認めると言われたら、せっかくみんなと決めた計画が無駄になるところだった。
木刀を腰から引き抜くと前と同じように、光の輪が私の頭上に現れ足元まで下りていくのを繰り返しながらバフがかけられていく。
それだけでも敵兵はどよめいていたけど、本番はこれからだ。
今回一回だけ、木刀で特別な演出が出来るようにしてもらったのよ。
木刀を空に突き上げるように右手を高く掲げると、先端から光が空に向かって発射され、重く垂れこめた雲の中に吸い込まれていった。
吸い込まれた光は雲の中で炸裂し、周りの雲が消えてごく一部だけとはいえ青空が顔を覗かせ、そこから日が差し込んだ。
天使の梯子と言われるやつよ。
あの光が城壁の上にいる私たちを照らし出したの。
「あれが空なのか?」
「おおおお」
「奇跡だ」
若い人は青空を見るのが初めてなんだよね。
真っ青で綺麗でしょ。
でもこれだけじゃないわよ。
「大神官、手を上にあげて。ほら、光が下りてきているでしょ」
「え?」
雲の切れ間から、七色に輝く光の塊がゆっくりと降りてきている。
それは徐々に形を変え、縦長に伸び始めた。
「……きみのじゃないのかい?」
「違うわよ。私にはもうこの剣があるでしょ」
「しかし」
「いいからさっさと手を挙げなさい!」
もちろんこの会話も大音量だけど、気にしている人はいないだろう。
誰もが感激した面持ちで空を見上げている。
涙ぐんでいる人や祈りを捧げている人もいるのよ。
「女神様」
私ばかり女神様にいろいろもらっているから、すっかりしょげている大神官は言われたとおりに手を伸ばしても半信半疑という表情で空を見上げていた。
ゆっくりと降りてきた光は徐々に弱まり、この世界の人には見慣れない杖のような形状のものに変化し、吸い込まれるように大神官の手に収まった。
大神官には何を渡そうか迷っていた女神に、私は向こうの世界の宗教やゲーム関連のいろんなアイテムを提案したのよ。
魔法を使う職業のアイテムには杖以外にも、魔法本やオーブ、鈍器とかいろいろあるじゃない?
現実の宗教関係だと神主やお坊さんが使っている道具ぐらいしか思い出せないから、あとは調べてもらったんだけど、女神ってほら、東洋の文化が好きなのよ。
それで選んだのが錫杖だった。
大神官の手に収まった錫杖は全体が赤味を帯びた木製で、先端だけ金属で出来ていて、小さな魔晶石がいくつも嵌められている。
中央の大きな頭の部分に小さな輪がいくつもぶら下がっていて、揺らすと音が鳴るのは向こうの世界の錫杖と同じだけど、音が全く違う。
私が知っている中で一番近いのは、グラスハープの音じゃないかな。
しかも和音になっているのよ。
音が響くのに合わせて神聖力が周囲に優しく広がっていくの。
「素敵じゃない。よかったわね」
「……ああ、女神様ありがとうございます」
「あれ? 魔素病の顔の痣、消えているわよ」
大神官だけじゃなくて、一緒に罰を受けていた神官たちの痣もなくなっていた。
「女神様が頑張りを認めてくださったのね」
「ああ……あ……」
あ、泣き出した。
だばーって涙を流してる。
「女神様の加護は我らにあり!!」
泣きながら錫杖を振り上げて叫ぶ大神官の姿は、近くで見ると引くけど、遠くの人の目には感動的に映ったらしい。
砦内からも町のほうからも大声援が聞こえてきた。
「結界を守る我が国を支えよという教えを破り、兵を進めた隣国は裏切り者だ!」
「これでもまだ私が偽物だって言うの? 神獣様の巫子をあんな女呼ばわりした罪は大きいわよ」
「天罰を!」
大神官は少し落ち着け。
宗教ってこわいんだからね。
あんまり兵士たちを煽るんじゃないわよ。
「お、おい。話が違うぞ」
「隣国の人を助けるんじゃなかったのか?」
「なんで巫子や大神官が敵なんだよ」
ずりっずりっと多くの兵士たちが後退り始めた。
いつの間にかまた青空は雲に覆い隠され薄暗くなった荒野にいる彼らは、ようやく自分たちの不利を悟ったようだ。
ここで城壁の上から一気に魔法と弓で攻撃したら、あっという間に勝敗がついちゃうもんね。
隣国もずっと平和だったから、戦争したことのない人ばかりなんだよ。
指揮官も全く経験がない貴族がやっているんでしょ?
今までは犠牲になっている隣国の民を救うっていう大義があったから、兵士たちも指揮官の命令に従っていたけど、この状況ではどう見ても私たちのほうが正義だ。
よし、ここで押しの一手をかけようじゃないか。
女神様だけが目立っちゃ不公平だもんね。
「そろそろ神獣様にお願いしてくれない?」
まるで私の声が届いたみたいに、雲の間に稲光が走り、ゴロゴロと音が聞こえ、敵のいる場所にだけバケツをひっくり返したような雨が降り始めた。




