出陣は巫子のコスプレで 2
なにより、この非常時に王太子を試すなんて、そんなことやっている場合じゃないでしょう。
もしかして、いやもしかしなくても、自分にとってプラスになる人間なのかどうか、私も試されているんだよね。
権力の中心に近い人間って、みんなこんなものなのかな。
だったら、あんたたちでこの国を救いなさいよって言いたくなる……けど、女神との約束だから仕方ない。
今は目の前の問題をひとつひとつクリアしていこう。
出発はほぼ時間通りだった。
国境を守るために出陣していくんだからてっきり、国王が演説したり、えいえいおー! って腕を振り上げたりするのかと思っていたんだけど、あっさりと静かな旅立ちだった。
見送りに並んだ貴族たちはほとんどが家族を戦場に送る者たちで、それ以外の者は遠くから様子を伺っている。
「やな感じ」
国のために戦場に行く人たちに対する態度じゃないでしょ。
日の光を浴びないと、人間も暗くなるもんなの?
「さっき無礼だった子たちは、任務を外されてここに残るそうよ」
いったいいつの間に情報を得たのか、サラスティアが馬を並べて教えてくれた。
「たったあれだけのことで役目を外されるのね」
「巫子は国王と同格だと聞いているくせに、近い身分の女の子と会話するような態度を取る馬鹿が、王太子の傍にいては困るでしょ?」
「だとしたら、彼らを推薦した人にも責任があるんじゃない? もっと優秀な人はいないの?」
「優秀な子はとっくに自分の領地で仕事をしているのよ。どこも大変なんだから」
そっか。それで嫡男は王宮にいない家が多いのか。
「フレミング公爵はあなたに謝りたかったようだけど、時間がなくて無理だったようね。子供がいなくて推薦できる人が甥しかいなかったみたいよ」
だからって、自分のほうが女神の武器にふさわしいとでも言いたげな男尊女卑バリバリの、何もわかっていない男を王太子につけるなんてどうかしている。
しかも自分は女性で爵位を持っている人なのに。
大神官の言う通り、クレイグを次期国王にしたいのかもしれない。
結界が強化されたら、今度は次期国王を巡って勢力争いが起きるんじゃない?
ちょうど隊列を見送る人の中にフレミング公爵を見つけた。
私のほうを一心に見ているのは気付いていたけど、視線を合わす気はないからね。
やだやだ。めんどくさい。
こんな国とは早くおさらばしたい。
結界の強化が終わったら、旅に出ようかな。
なんて思っていたのは貴族街を抜けるまでだった。
先頭の者達が門を抜けた途端に、大きな歓声が私のところまで聞こえてきた。
貴族たちと平民たちの温度差にびっくりよ。
「熱狂的ね」
「国王が公開処刑され、ラングリッジ公爵が新国王になることが先程発表された。隣国から国境を守るため、魔道士、神殿、神獣の関係者すべてが協力することなどが書かれたビラが配られたそうだ」
フルンの説明を聞いても、私たちがこんなに熱狂的に送られる意味がわからない。
隣国との戦争に勝っても、彼らの生活には直接的には何の変化もないのよ?
「あの人が巫子様じゃない?」
「想像していたよりお若いのね」
「魔素病が治せるんですって」
「おおおおお、巫子様!!」
え? 私?
あ、サラスティアを巫子と間違えているのかな。
「黒髪がつやつやよ」
「あの髪留めも素敵」
私だ。
王太子をぶっ飛ばした巫子って、もしかして平民にとっては大歓迎する存在なのかな。
「ありがとうございます!! 彼を治してくれて! ありがとうございます!」
「巫子様! 神獣様を助けてくださいね!」
「ありがたい。この国のために……」
ああ……騎士の知り合いの人達や、神獣を心配している人たちがいるんだ。
泣いている人も、笑顔で手を振っている人もいる。
「あ! 馬が」
「手綱をあまり引くと足を止めるぞ」
「わかってるんだけど、まさかこんな歓声をもらえるとは思わなくて」
「何を言ってるんだ。ここにいるほとんどの国民は巫子目当てだ」
当然のようにフルンが言うので、まさかそんなことないよねってアシュリーを見たのに、
「あとは大神官とクレイグ目当ての女の子たちかな」
いやいやいや、彼らの人気と私の人気が同じわけがないでしょう。
はっ! 眷属の人気もあるのか。
この美形三人に囲まれている巫子っていう境遇が……って、女神! ペンダントを光らせないで!
『えー、せっかく盛り上がっているのに』
面倒なことになるからやめて!
勘弁してくれ―――!!
「巫子様! 神秘的で素敵!」
「自ら戦場に行くなんて素晴らしいわ。頑張ってきてください!」
「巫子様!! どうかご無事で!」
やめて。動揺させないで。
馬が暴走したら押さえられないんだから。
「しょうがないなあ。私が馬を操ってあげる」
ふわふわと飛んできたリムが、馬の頭上に着地した。
「まっすぐ歩けー。ちゃんとしないと爪でザクッといくよー」
「可哀そうなことをするな」
「クレイグは前を向きなさーい。こっち見んなー」
心配してくれているのか、さっきからずっとちらちらとクレイグが振り返っていたのよ。
注目の的の彼がこっちを見ると私が目立つからやめてほしかったのに、リムが呑気な口調で注意したら笑い出してしまって、余計に目立っているじゃない。
戦争に行くっていうのに、この雰囲気はおかしいでしょ。
兵士たちは覚悟を決めた顔をしているのに、私たちは遊びに行くみたいな雰囲気になってるわよ。
「長いわね」
街の外に続く道の両側には、延々と見送りの人の列が出来ているので、街を抜けるまで気を抜くわけにはいかない。
街を抜けたら転移して次の町の近くに移動するので、またすぐに見送りの人たちに囲まれることになる。
時間短縮にはなるけどきついなあ。
「先に行く」
「はーい」
眷属たちは乗馬もうまい。
フルンは転移のために列の先頭まで馬を走らせて行ってしまった。
これだけの大人数を転移させるのだから、三人で協力しないといけないらしい。
サラスティアとアシュリーは魔法に慣れていない者達がパニックにならないように、転移する地点の近くで指示を出すんだって。
列の前のほうから姿が消えていくのを見たら、転移魔法を初めて見る兵士たちはそりゃ驚くわよ。
それでひとりが足を止めたら、後ろに続く何十人もの人たちも足を止めなくちゃいけなくなるからね。
車の渋滞と同じで、後ろは止まってしまう。
眷属がいない間も、周囲には顔見知りのラングリッジ公爵騎士団の人たちがいるから大丈夫。
もうね疲れているから、馬を前に進ませることだけしか考えられないのよ。
人の姿もまばらになってきたところで、王都を守る巨大な門が見えてきた。
門の両側には兵士がずらりと並んで敬礼している。
ここからしばらくは荒れ野になってしまった元農地が続き、その先は次の町まで荒野が広がっている。
そこも昔は緑豊かな森だったんだそうよ。
街を出て五分くらいかな? 転移を済ませ、少し進んだところで休憩になった。
眷属たちはまだ戻ってこないのでどうしようかと思っていたら、イライアスがやってきて椅子を魔法で出してくれた。
魔法最高。
お尻が痛くてどうしようかと思った。
「サラスティア様にたのまれたんだ。転移する時に兵士たちがこわがっちゃってね。まだ当分、離れられないんだよ。体調は大丈夫かい?」
「無理。お尻と腰が痛い」
「乗馬は慣れないとつらいよなあ」
いつのまにか彼ともすっかり打ち解けて、気さくな関係になっているな。
「イメージチェンジしたんだね。いいね。カッコイイ」
「本当? いけてる?」
「いけてる。評判いいよ」
魔道士に対するイメージはめちゃくちゃになったけどね。
横に立ったまま笑顔で話している彼は、びしっと髪をセットして魔道士のローブは羽織るだけで、中には剣士のような服を着ている。
彼の名前を呼ぶ歓声も多かったよなあ。
「男が群がってくるだろうから注意するんだよ。きみは注目の的だからね。クレイグの傍にいるほうがいい。あ、果実水があるよ」
「飲み物は持っているから大丈夫。……クレイグも注意しないといけないと思うんだけど」
「え? 彼のこと気に入らないのかい?」
「あー、イライアスってデリラと付き合っているんだっけ」
「ぶーーーーー」
漫画みたいに見事に水を吹く人って本当にいるんだ。
ぼたぼたと地面に落ちた水がはねて飛んできそうだったので、急いで足を引っ込めた。
「な……なんで」
前を誰も歩いていなくてよかったね。
魔法でタオルも出てくるのか。
便利だなあ。私も覚えたいなあ。
「クレイグが言っていた」
「そんなわけないよ。相手にされていないんだから」
「え? 片思い? あ、ごめん」
「こんな時に仲間にダメージを食らわせられるなんて」
胸を押さえて呻かないでよ。
あれは片思いじゃないでしょ。
嫌だったらデリラは、家族ぐるみの付き合いなんてしないでしょ?
兄の友人だからって遠慮するタイプじゃないもん。
「好きだって言ったの?」
「当たり前じゃないか。会うたびに言っているよ」
「恋人になってくれとか、婚約してくれって言った?」
「それは……言ったかな」
駄目だ、これは。
「本人がそこをはっきりしないうちに、周囲がすでにふたりは付き合っているって空気を作るのは、女性にとっては負担になるよ。印象が悪くなる」
「そ、そうなのか」
「デリラも同じ気持ちならいいけど、違うなら迷惑でしょ。好きだって言いっぱなしで相手の気持ちは確認していないんでしょ?」
「……聞くのがこわくて」
何をやっているのかね。
このままじゃ一歩も前に進めない。
それでデリラに他に誰か現れたら、横から搔っ攫われちゃうよ。
「うーーーー」
「戦地に行く時にする話じゃなかったわね」
「まったくだよ」
「でも好きだってことはちゃんと伝えられるんだ」
「当然だろう? 言わなかったらわからないじゃないか。付き合ったとしても一日に一回は好きだって言うべきだよ」
イタリアンなタイプ?
そもそもこの国ではそれが普通なのかな。
そういえば日本人って、世界から見たら変な民族なんだっけ。
日本人の私的には、本気で好きな相手に好きって伝えるのってすごい難しいことなのに、好きな相手には好きって伝えるのが当たり前か……。
クレイグもそう思っているから、顔を合わせると本気だって言ってくるのかな。
「きみこそどうなんだよ。クレイグと付き合ってるの?」
「ないわよ」
「どうして?」
「恋愛感情があるか、まだわからないから」
「……女の子ってそうやってすぐにはぐらかすんだ。男はいつも振り回されるんだよ」
このイケメンが、こんなことを言うなんて意外過ぎる。
「もしかして結界近くにいると、女性とはあまり接触する機会がなかったり?」
「村に行けば女性もいるけど貴族には近づいてこないんだ。それに僕は魔道士だろ? 知り合いは戦闘員や冒険者しかいないからね。貴族街も男ばかり」
納得。
イライアスもクレイグも女性と接する機会がなかったんだな。
だからって私に惚れるなんて、クレイグの女性運はかなり悪いんだろう。
「出発するぞ」
噂をすれば登場。
「おっと、それじゃ僕は行くよ」
「またね。椅子をありがとう」
立ち去るイライアスに手を振っていたら、
「いつの間にかずいぶんと仲良くなったんだな」
不機嫌そうにクレイグが言った。
「デリラとの付き合い方について指南してあげたの」
「……きみが?」
「なんでそこで驚くの? 女性については私のほうが詳しいわよ」
「そうなのか?」
なんなのこいつ。
これで私のこと、本当に好きなの?
「普通の女性は、怒りに任せて武器を持っている男相手に、暴力で対抗しようとは考えないだろう」
「暴力って言った。こいつ、暴力って言った」
あれはれっきとした復讐よ。
暴力じゃなくて戦闘したの。
「こいつって言うな」
「この方、暴力っておっしゃいましたわ。私は暴力に対抗した側だったというのに。あのバカ王太子と同じ扱いをしましたわ」
「……そろそろ出発だ」
「そうね。じゃあ次は隣国相手に暴力をしましょう。徹底的にやるわよ」
「たいした精神力だ。周りの騎士や兵士にも見習ってほしいな」
今からビビっていたら、戦場で動けなくなっちゃうわよ。
自分でも戦場に立った時に、どんな精神状態になるのかまったくわからないけど、ちゃんとやってみせるわよ。
ここで神獣の巫子を全国民に知らしめて、神獣の重要性をアピールしなくちゃ。




