出陣は巫子のコスプレで 1
女神の好みもあって、この国の人は美男美女が多い。
その中で埋もれないようにするためには、ブランド力が必要だと思うのよ。
神官たちも騎士団の騎士たちも、制服を見ればすぐにどこの誰だかわかる。
だったら神獣の関係者だって、ひと目でわかるようにしたい。
これは神獣省の人間も巻き込んでやらないと駄目よ。
巫子の服装に関しては、初めて神獣の神殿に行った頃からタッセル男爵夫人に相談していた。
神獣省の人達にはお揃いのローブを用意したくて、カルヴィンにも意見を聞いている。
でもそれより先に、出兵する時の服装を考えなくてはいけなくなってしまった。
巫子は、巫子だから、巫子っぽくすればいいじゃない。
何を言っているのか日本人ならわかってくれると思う。
日本には巫子がいるんだから。
ちょうどいいことに私は黒髪で黒い瞳なんだし、東洋人ではないけどまあまあ似合うんじゃない?
「本当にこんなに前髪を多くしていいんですか?」
「いいわよ。眉が隠れる長さでばっさりやっちゃって。まっすぐにね。あと横の髪の毛も、このくらいの量を顎のちょっと下あたりで切って」
要はぱっつん前髪の姫カットよ。
横の髪をもう少し短くするのも考えたんだけど、頬がこけているのを隠したくてこの長さにしてしまった。
「後ろはひとつに結わいて、あの髪留めをつけて」
「あれですね」
職人を呼んで、水引のデザインを取り入れた髪留めを作ってもらったのさ。
いやあ、デザインを伝えるのが難しかったわ。
「あ、こんな感じでしょうか。今、インスピレーションが急に湧きました」
突然、さらさらと紙に描かれたデザインが素敵で驚いたわよ。
『こういうのでしょ』
女神も私の巫子コスプレがお気に召しているらしい。
製作期間がほとんどないというのに奇跡的にいろんな人の手を借りられて、出兵当日には全て揃えられたのよ。
ありがたいけど、女神の力を使うべきなのはそういう時ではない気がする。
「お化粧も神秘的な感じにしたいなあ。でもあまり派手じゃないほうがいいわ」
巫子といえば袴よね。
でも袴の構造はよくわからないので、ワイドパンツにしたわ。
これなら体の線が隠せるし、乗馬も出来る。
上には神官たちが着ているのと同じような膝丈のローブを用意して、木刀を抜きやすいように上のほうのボタンだけ留めている。
明治か大正時代の軍人って、こんな服装じゃなかった?
色は神官たちが白を基調としているので、雨が止んで緑が芽吹くようにという思いも込めて緑系統にしたくて、戦場に行くならモスグリーンかなって……もろに軍服よね。
いいのよ。間違っていない。戦場に行くんだから。
でもその姿の私が、お揃いのモスグリーンのローブを着た三人の眷属に囲まれて転移で姿を現すと、出発の準備をしていた人たちが作業の手を止め、驚いた顔で固まっていたからやりすぎたかもしれない。
馬の飾りにも水引のデザインを取り入れているので、これが神獣の関係者の様式なんだと思ってちょうだい。
「目立っているわよね」
「思いっきり」
眷属たちはこの服装がお気に召したようで、サラスティアも私と同じような髪留めをつけている。
フルンとアシュリーには髪留めの代わりに、ブローチを用意した。
そこに胸に女神のペンダントをつけた私が加わるんだから、目立たないわけがない。
「レティシア」
「クレイグ、どう? 神獣様の関係者はこういう格好をすることにしたの」
「素敵だけど、男たちの目を引きすぎる」
はあ? 周りに見送りに来た綺麗な御令嬢がたくさんいるのに?
この世界にも巫子属性が好きな男がいるのかな。
「レティ、俺たちは転移のためにしょっちゅう移動する。必ず誰かは残るがクレイグの傍を離れるなよ」
「フルンは心配性ね。私の乗馬の腕で動き回るなんて無理よ」
進軍の先頭は旗を持つふたりの騎士で、その後ろに総司令官であるギレット公爵と王太子が、ギレット公爵騎士団の精鋭に囲まれて進む。
次がラングリッジ公爵騎士団、そして神獣関係者、神官たちの順番で列を作ることになっている。
その後ろに騎士や兵士がずらりと並ぶので、先頭と最後尾とでは出発するのにも時差が出てしまう。
だから伝令が重要なのよね。
打ち合わせがあるからとクレイグはすぐにギレット公爵や国王の傍に行ってしまった。
王太子をはじめとして身分の高い人間が多く参加するために、問題が起こらないように気を配らなくてはいけないみたいだ。
国境に戦いに行く騎士や兵士を護衛する騎士や兵士が配備されるんだって。
「巫子、それが神獣省の新しい制服なのかい?」
やることのない私が、フルンが用意してくれた小さな椅子に座っていたら大神官が声をかけてきた。
今回は折り畳み式の木の椅子よ。
さすがにこんなところでソファーを出したりはしないわよ。
「これは戦闘用よ。神獣省で仕事をする人たちには、違うローブを用意する予定」
「そうなのか。とても似合っているから、その髪留めや髪型はそのままでいいんじゃないかな」
「そう? 実は私も気に入っているの。ありがとう……って、少し痣が薄くなっていない?」
勢い良く椅子から立ち上がり、まじまじと大神官の顔を見てみた。
魔力吸収をして痣が消えても、天罰でまたすぐに顔に出来ていた痣が薄くなっている。
「最近頑張っているから、女神様がそろそろ許そうかなって思ってくださっているのかもしれないわね」
「……そうかな。だが私は何も出来ていない。聖女もまだ見つかっていないんだ」
体中に金のアクセサリーをこれでもかってほどつけて、神官たちに言われるままに動いていただけのお人形さんが、悩んで反省して、自分の意志で動くようになったんだから大きな変化よ。
いろんな人の意見を聞いて、いろんな場所に行って災害にあった人と触れ合って、神聖力を使って少しでも作物が実るように活動しているって聞いたわ。
その合間に魔力吸収をしてもらいに私のところに来たり、裁判に参加したり、そして今回は国境まで一緒に行くんだから、彼も休みなしで働いているひとりだ。
「大丈夫。女神様はちゃんと見ているわ」
むしろあなたにも何かしてあげたくて、チャンスを待っているんじゃない?
「きみがそう言ってくれると安心出来る。いや、安心している場合じゃなかったな」
「うわあ、そんな言葉が聞けるなんて。あなた本当に変わったわね」
「きみの行動を傍で見ていたら、私だってこのままではいけないって思うさ。だが、最前線に巫子がいくのは本当は反対なんだ」
うん。みんなに言われる。
「私が一番安全なのよ。妖精と眷属が守ってくれているんだから」
「そうだとしても……」
言葉を切って、大神官が私の背後を見つめたので私も振り返ってみたけど、背の高い人がたくさん行き来しているせいで、彼が何を見ているのかわからない。
「なに?」
「王太子が来た」
どこだろう。
あ、いた。
今回のために王太子の護衛の騎士を五人、いろんな貴族の推薦で用意したんだっけ。
腕に覚えのありそうな男が五人に、側近らしき男がふたり、そして王太子の計八人で慌ただしく出発の準備をしている人たちの中を歩いてくる。
あれは迷惑なんじゃない?
王太子にぶつかるとやばいから、みんな距離をとって足を止めてるのに、そこを悠々と歩いてくるって邪魔くさいったらないわよ。
「やあ、ディーン。出発の準備は終わったのかい?」
にこやかに大神官が話しかけると、王太子も笑みを浮かべて頷いた。
「はい。それで出発前に大神官様と巫子様にご挨拶をと思いまして」
ああそうか。私や大神官のほうが王太子より立場が上なんだ。
それでわざわざ挨拶に来てくれたのね。
それにしても、近衛の制服を着た彼らもさっきのクレイグも、正式な軍服にマント姿だと見た目が三割り増しくらい魅力的になるのはなぜなのかね。
これぞヒロイックファンタジーって感じで、非常によろしい感じよ。
それなのにローブと言い張りつつ、軍用コートみたいなデザインの服を着ている私は邪道だな。
「転移魔法で移送時間を大幅に縮めてくださると聞きました。ありがとうございます。私はその場にいることしか出来ず心苦しいのですが、よろしくお願いします」
「巫子様がこんなに素敵な方だとは知りませんでした」
急に横から側近のひとりが私に近付いてきた。
「裁判の場で第一王子を倒したと聞いて、どんな女性なのかと思っていたんですよ。父が話を大きくしていたようです」
「いいえ。私がこの木刀で第一王子をぶちのめしたんですよ」
コートをめくり、腰につるしている木刀を見せたら、ペンダントと一緒に急に光り出したので慌てて隠した。
隠したらすぐに光が収まるってどういうシステムなんだろう。
戦争中、ずっと光っていたら嫌なんだけど。
「そのペンダントと武器が女神様からの贈り物ですか」
「ジラフ、その話はもうやめなさい」
「いいじゃないですか。神官たちより巫子様のほうが女神に信頼されている証ですよ。素晴らしいです」
こいつ、これから出陣するっていうのに何をほざいているの?
王太子が止めているのに、まったく気にしていない態度もかなり失礼よ。
「それが神聖力の宿った武器……」
今度は背の高い筋肉達磨みたいな男が近づいてきた。
「巫子のようなほっそりとした美しい女性が、武器を振り回して戦場に立つのはおやめになったほうがいいのではないですか?」
はあ? なんなの急に。
「あなたのような美しい女性は、安全な場所で守られているべきです」
「剣の腕に美醜は関係ないわ。なんなの、この失礼な男たちは」
思わず口調が厳しくなった。
「あなたは私に意見できる立場の人間なの?」
「そんなつもりではなく、あなたを心配してですね」
「私はフレミング公爵の甥で……」
「失せろ」
私と彼らの間にフルンが体を割り込ませてきた。
「転移で結界の前に飛ばされたくなければすぐに失せろ」
「も、申し訳ありません」
あんたたち、王太子に謝らせないで自分が謝りなさいよ。
何をバカみたいな顔をして立っているのさ。
「彼らを選んだのは誰? そして彼らはどこの誰?」
「巫子、相手にしなくていいよ」
大神官は私の肩に手を置いて、王太子と周りの馬鹿どもに優しい口調で言った。
「自分たちの言動を周りの人間が観察しているのもわからないとは。きみたちはまだ試されている段階だということを考えたほうがいい。ディーン、こんな人材を寄越した相手には苦情を入れるべきだよ」
「……はい」
まだ不満そうな側近たちと、フルンの脅しにびびっている騎士たちを連れて王太子は去っていった。
「ずっと表舞台に立てず存在を忘れられていた子に、急にあんな部下ばかりをつけるのは酷じゃない?」
「だからさ、彼の資質を貴族たちは試しているんだよ」
彼らが消えた方向を見つめたまま大神官が言った。
「考えてもご覧。今は確かに正規の王位継承者順を守って第二王子を王太子にすることが、陛下にとっても公爵たちにとっても貴族に不満を抱かさないために最善の選択だったけど、この戦争が終わり、結界が強化され、国が復興する頃にはどうなっていると思う?」
「ああー、なるほど」
こんな厳しい状況を好転させた陛下は、国民にも貴族にも大人気になっているだろう。
クレイグだって最前線で戦った功績が積み重なって、英雄になっているかもしれない。
その場合、前王の息子より現王の息子のほうが次期王にふさわしいって話になりかねない。
「しかも、きみと結婚するかもしれない」
「やめて。私は地方で穏やかに暮らしたいの」
「そう出来るかな? きみが一番の英雄になりそうだよ」
「確かにな」
「うわ、びっくりした」
急にフルンが話に加わってきたから、びくっとしてしまったわ。
眷属や神官たちが周りにいるおかげで、一般の兵士とは離れているから今の話は聞かれていないわよね。
「そこまで考えていたとしたらラングリッジは策士だな」
いやあ、そういうタイプじゃないでしょう。ないわよね。
「クレイグは公爵家を継いで、あの結界を守っていくほうを選ぶわよ」
「ふーん」
「何よ」
「きみがそう望めばそうするかもね」
そういう重要なことは、自分で選ばなくちゃ意味がないじゃない。
私が望んだからだなんて言われたら、ぶっ飛ばし案件よ。




