嫁でも家族でもないから! 1
オグバーンが連行されたので、私は廊下に引っ込んで壁に背を預けてしゃがみこんだ。
まさか本人が乗り込んでくるなんて思わなかった。
「捕まるって思わなかったのかな」
まともな人間なら、このタイミングで私を連れ出すなんて出来るわけがないってわかるでしょう。
「サラスティアのせいだ」
声が上から降ってきたので顔をあげたら、相変わらずの仏頂面でフルンが立っていた。
「部屋に戻るぞ」
言うのと同時に周囲の風景が変わる。
転移したのは寝室で、私はベッドに寄りかかってしゃがんでいて、フルンは腕を組んですぐ傍に立っていた。
「顔色が少し悪い。動けるようになったからと言って無理しすぎだ」
「確かにちょっと疲れたかも」
筋肉がないせいで、しゃがんだ状態から立ち上がるのが大変なので、一回床に座り込んで手をついて体を支えて、土下座ポーズになってから立ち上がろうとしたら、フルンに荷物のように片手で持ち上げられてベッドにぽいっと落とされた。
「もう少し丁寧に扱いなさいよ」
「妙な動きをしていたから助けたつもりだったんだが」
「確かに助かったけども。……で、サラスティアが何をしたの?」
ベッドに胡坐をかいてからドレスが皺になるかもしれないと気付いて、くしゃくしゃになったスカートをお尻の下から引っ張り出そうとしたけど、すぐに諦めた。
私に丁寧に扱わなければいけない服を着せたほうが悪い。
神殿で働いているんだから動きやすい服を着たいのに、侯爵令嬢として相応しい服を着るのは必須なんですって。
「レティが……いや、レティシアが意識不明の重体だった時から、怒りが収まらないサラスティアはオグバーンを精神的に追い詰めていたんだ」
「いつのまに!? え? オグバーンと会っていたの!?」
「寝ている時に枕元に立てば夢を見せられるんだ。神獣の巫子が死んだらこの国は終わる。それはオグバーンにとってはなんとしても避けたい状況で、オグバーンは焦っていた。国王はうるさいし、侍女長はもう助からないとしか言ってこないしで、精神的に参っているところに悪夢を見せられ続けて、少しおかしくなっていたのかもしれない」
悪夢を見せる?
そんなスキルを持っていたの?
「知らなかったわ。そんなことが出来るんだ」
さすが蛇属性、というか蛇なのかな。
女神の説明だと蛇が人間の姿をしているだけなのか、蛇にもなれるけど基本は人間形なのかわからないけど、神獣の眷属なんだから獣人なんだろう。
「悪夢ってレティシアが化けて出るような夢を見せたのかな」
「そんなことはしないわよ」
眷属ってさ、転移する前から話を聞けるのがずるいよね。
いつどこで話を聞かれているかわからない。
彼らのことは好きだから、聞かれて困るような話をする気はないけどさ。
「盗み聞きはいけないと思う」
それでも転移してきたサラスティアとアシュリーに文句を言いたくなるのは仕方ないと思うんだ。
「ごめんなさい。私が勝手に動いていたから、気を悪くしたかもしれないと思って気になったの」
「気を悪くする? なんで?」
「それは……」
「あなたたちは神獣様の眷属でしょ? 自由に動くのは当たり前じゃない。レティシアの復讐のために動いてくれているなら、ぜひとも頑張ってもらいたいわ」
ただ、裁判の場に引っ張り出してきっちり罰を受けさせたいから、安易に殺してしまうのは反対なだけだ。
それに多少痛めつけるのはありじゃない?
今までさんざん耐えてきたんでしょ?
私だってレティシアの分もぶん殴ってやりたいわよ。
「よかった。オグバーンには魔素病になって、激痛に苦しみながら体が魔物に変わっていく様子を見せていたの。痛みがひどいから、眠るのがこわくなっていたみたいよ」
「いいじゃない。あいつのせいで実際に苦しんでいる人がたくさんいるんだから、その痛みを味わえばいいのよ」
私の返事にサラスティアは嬉しそうに微笑んだ。
その微笑はちょっと迫力があるわ。
「それと、レティシアは相変わらず気が弱くて、周りの変化についていけていないから、オグバーンが来ればついていくんじゃないかってサラとして手紙を送っていたのよ」
「この前、手紙を持ってきた御者に面会したのもそのため?」
「そうね。そんなことを裏でしているやつだってばれたくなかったんだけど、フルンがこんな簡単にばらすなんて思わなかったわ」
前からサラスティアはレティシアへの思い入れが強いっていうのは感じていたから、意外ではないかな。
赤ん坊の頃から見守っていたレティシアがある日突然別人に変わってしまったんだから、そう簡単に納得できないのは当たり前だ。
前のレティシアがどういう女の子だったのかを知っているのは、人間ではオグバーンや国王夫妻、それと虐めていた侍女長や侍女たちだけ。つまり敵ばかりなのよ。
フルンはレティシアが怖がっていたのもあって、それほど親しくなかったと言っていた。
だから彼女の一番近くにいたのはサラスティアだもん。
「裁判のための準備でカルヴィンが王宮に行く必要が出てきたの。オグバーンと国王をもっと追い込みたいから、私はしばらくはそちらで動くわ」
「わかった。カルヴィンをよろしくね」
「……ええ」
転移するサラスティアを手をひらひら振って見送っていたら、アシュリーが私を見て首を横に振りながらため息をついた。
「レティって、女の子なのに女心がわかっていないんだね」
「ええ? なにが?」
「あそこは少しは寂しがってみせる場面でしょう。きみはひとりでも平気だって顔をしているし、どんどん仲間が増えているしで、サラスティアとしては自分の立ち位置に迷っていたんだよ。フルンとのほうが気が合うみたいだしね」
えー、サラスティアってそんな面倒なタイプじゃないでしょう。
「女はみんなめんどうだよ」
「それは世の中の女性全員を敵に回す発言よ」
「惚れた相手だと、男はその面倒が嬉しいんだよ」
男は全員マゾみたいなこと言うな。
絶対にそんなことはない。
女は男のために動いて当たり前って考えているやつが、世の中にはうじゃうじゃいるんだからね。
「俺も面倒な女は嫌だ」
「フルンは恋愛したことないだろう?」
「俺たち眷属に恋愛など無意味だ」
「ほんっとうにつまらない男だね」
眷属同士がじゃれ合っているのは放っておこう。
神獣様と同じ永遠と言えるくらいの寿命のある彼らの思考なんて、平凡な人間の私には理解できるわけがない。
「私は裁判までは、秘密のベールに包まれた美少女って立ち位置にいればいいのよね」
「すぐに拳で解決しようって考えるような人間だというのは、ぎりぎりまで隠したほうがいい」
フルンはそう言うけど、まだ二回しか拳を使っていないから。
「気が弱くて、裁判でもまともに証言できないだろうと思わせておきたいんだよ」
「わかったわ、アシュリー。でもたぶん、一度でも会えば気が弱いのは嘘だと気付かれるから、もう裁判省の人たちにも私のことは広まっていると思うわよ」
「国王がどの意見を信じるかだね」
私も国王の寝室に現れて、黒髪で顔を隠してずるずると床を這って近づいて、
「ゆーるーさーなーいーーーー」
ってやりたいなあ。
大騒ぎになるかなあ。
この世界にも怨霊っているのかなあ。
重傷者たちの魔力吸収を始めてから三日目、その日最後の吸収のために彼らの元を訪れた時、ベッドの周りには大勢の人が集まっていた。
患者が寝たきりの時には、看病する人員も少なくて済んだのよ。
でも痛みが治まるにつれて起きている時間が長くなってくると、食事や着替え等の身の回りの世話が必要になってくるでしょ。
特にひとりは公爵様だ。
少しでも快適に過ごせるように、いつも周りに人がいるのよ。
「さて、三日目が過ぎました。どうです? まだ私に殺してほしいですか?」
ラングリッジ公爵に裁判に関する説明をしていたクレイグをどかせて、腕を組んで偉そうに聞いた。
神獣の巫子は大神官や国王と同格だって、クレイグもラングリッジ公爵も明言しているせいで、公爵に対してその態度はなんだって抗議してくる人が、ここにはいないのよ。
「その節は申し訳なかった。こんなに回復出来るとは思ってもみなかった」
クッションを背中に当てて上体を少しだけ起こしていた公爵は、笑顔で頭を下げた。
「なんで謝るんですか。あの状況でそう考えるのは当然ですよ。私に謝罪なんていりません」
「そうか。そうだな。では感謝を伝えさせてくれ。ありがとう。おかげで痛みもだいぶ治まった」
「そんなわけないでしょう」
魔道具の表示を確認しても、まだまだ魔力属性の欄は黒い部分が多い。
手首だけが変形していたエリンだってかなりつらそうだったのよ。
重傷者の痛みがそんな簡単に消えるわけないのよ。
「痛みに強すぎるのも問題なんですからね。無茶は駄目ですよ。それと個室に早く移ってくださいね。お見舞いに来たい人たちもいるでしょう」
「きみには怒られてばかりだな。しっかり者ではきはきしていて大変素晴らしい。なあ、クレイグ」
「はい。騎士たちにも人気があるんですよ」
「そうだろうそうだろう」
この親子は何を言っているんだ。
彼らも騎士団関係者も、最初は恩人だからと感謝して気を使ってくれていたの。それは私も嬉しかったのよ。
でも今では巫子様と呼んで特別扱いよ。
クレイグが私の警護についているのも、私がラングリッジ公爵を叱るのも当然だって空気なの。
それはさすがにどうなんだろう。
そうだ。私がちゃんと遠慮すればいいんだ。態度に気をつけよう。
「足が変形してしまったのは残念だが、歩けなくても生きていればやれることはたくさんある」
自分に言い聞かせるように呟くラングリッジ公爵の言葉に、私は首を傾げた。
「え? 歩けないんですか?」
「え?」
「レティシア、父上は右足が完全に魔獣化してしまっているんだ」
説明していなかったと思ったのかクレイグが小声で教えてくれたけど、誰がどういう状況かくらいは確認しているわよ。
私は仕事はきっちりとやるタイプよ。
「でも変形しても足は足でしょ? 魔獣だって歩くでしょう? あ、二足歩行じゃないのかな。それで歩けない?」
「足は……足?」
「あ、え、そうなのか。いや俺はてっきり……」
なんでみんなで不思議そうな顔をしているのよ。
魔獣になったらむしろ丈夫で運動神経もアップしているんじゃないの?
「そうか。今までは魔獣化したら死ぬしかなかったから、変形した体でも動けるかどうかなんて考えていなかったんだ」
「あーー、そういうこと。なるほどたしかに」
「……歩ける」
「父上! やめてください!」
「なに無茶しようとしてるんですか!」
クレイグと私は同時にラングリッジ公爵を抑え込むために飛び掛かった。
まだまだ重症なのに、ベッドから足を下ろして横に転がって立とうとしたのよ。
なんなの、このおじさん!
「確認を……」
「周りに迷惑をかけずにおとなしく寝ていてください! 焦って怪我して入院が長引いたらどうするんですか!」
ちゃんと遠慮する? 今は無理だ。
相手が公爵でも関係ない。
私の怒鳴り声がホールに響き渡って、みんながびっくりしていたって気にしないんだからね。
「早く動きたかったらちゃんと休む! 出来るだけ寝る! 仕事なんてあと! クレイグ、あなたも公爵に仕事の話をしない!」
「「はい」」
ラングリッジ公爵家には娘がひとりいるんでしょ?
兄貴はこうやって父親に会えているけど、魔力吸収に来る騎士と医師以外は神殿への入場を認めていないから、妹は会えていないのよ。
ここで重傷者の世話をしている騎士たちや従者も、軽度の魔素病患者なの。
心配している家族がいるのに無茶をするのは許さないわよ。
家で待っているほうがつらいんだからね。
「あの、俺は腕が変形しているんで、これでグラスを持てたら」
左手が変形している若い騎士がいつの間にか身を起こして、ベッドサイドのテーブルに置かれている水の入ったグラスに手を伸ばした。
「駄目!」
こんなに痩せていても大きい声は出せるんだね。
腹の底から出しているからね。
若い騎士はグラスに手を伸ばした状態で動きを止めて、いたずらが見つかった子供のような顔で私を見ていた。
「指先の力加減は難しいのよ。グラスを持つのと剣を持つのとでは必要な力が違うでしょ。最初から割れ物なんか持とうとしては駄目。まずは掌を上にしたり横にしてみて」
「はい」
怒られなくてほっとしたようで、言われたとおりに手の向きを変え始めた。
動きはゆっくりだけど、ちゃんと動かせている。
「痛みはありますけどなんとか」
「次は拳を作ったり開いたり出来る?」
「うっ……さっきより動かすのが大変です」
「でも出来ているわね」
おおっという歓声があがった。
身体が動かなければ騎士をやめなくてはいけないから、嬉しかったんだろう。
「頑丈なので、左手でガードしながら戦えそうです」
「動けるのか。また、騎士としてやっていけるのか」
「ありがたい」
「何を言っているんですか。聖女が見つかったら魔素病は治せるんですよ。すぐに聖女の能力を使えるかどうかはわからないですけど、ひと月もあれば大丈夫でしょう。そしたら変形した個所も元に戻りますよ」
おい、そこの騎士。
今視線をそらしたわよね。
変形して強力になった腕のままでいたいと思ってない?
「あなたたち……」
「レティシア、まあそう怒らないで。これから個室への引っ越しがあることだし、先に夕食を済ませてから魔力吸収をしたらどうだ? 休憩もとったほうがいい」
「それはいいけど」
「さあフルン様にたのんで屋敷に戻ろう」
クレイグに背中を押されて、仕方なく歩きだす。
そりゃさ、あんな明るい雰囲気に水を差す気はないけどさ、聖女と協力して結界を守るはずのラングリッジ公爵騎士団が、こんなに聖女に対する関心が低くていいの?
クレイグと大神官、それにカルヴィンとイライアスが女神の選んだ聖女の相手役なのよね。
みんな、もっと聖女を心配してよ。




