神獣の神殿へ 3
私が部屋に戻った時には、作業の準備は全て整えられていた。
ひとりだけ豪華な椅子に座るのは気が引けたけど、私の体調に気を使ってくれているのだから、遠慮して時間を無駄にしてもしょうがない。
注目を浴びているのに気付かないふりで椅子に浅く腰を下ろしたら、予想より深く沈みこんで後ろにひっくり返りそうになった。
「なにこれ」
笑いたければ笑いなさいよ。
みんなでいっせいに顔を背けて横を向くな。
「おまえは慎重さが足りない」
椅子に座るのに慎重にならないといけないの?
フルンまで口元が緩んでいるのがムカつくけど、フルンもアシュリーも私が魔力をあの球体に送り込むのを見て、だいぶ安心出来たみたいだから、まあいいか。
じゃあ次は、人間たちにも明るくなってもらおうじゃない。
「レティシア、医師もこの場に待機させてもかまわないか?」
いけない。そういえば騎士団専属の医師がいるのよね。
今まで診察に当たっていた医師の立場をないがしろにしたら、面倒なことになりそう。
クレイグに言われるまで、医師の存在をまったく忘れていたわ。
「もちろんよ。魔力を急激に失うと気分が悪くなる人もいるでしょう。ぜひ、常駐してほしいわ」
「わかった」
私がごねなかったので安心したのか、クレイグは表情を緩めて頷き、すぐに扉を開けて外で待っていた医師を呼んだ。
「始めましょう。最初は誰から?」
「私です」
「アビーね」
顔に痣が出来てしまっている十代後半の子だ。
素顔でこれだけ顔が整っているんだから、痣が消えたらだいぶ可愛いんだろうな。
「風属性のランクAです」
前もって氏名や年齢、所属、属性、魔力ランクを紙に記入してもらったので、ヘザーがそれと魔道具に表示されたランクが合っていることを確認しながら読み上げてくれた。
私が医者でヘザーが看護師みたい。
「ここに手を置いて」
「はい」
「はい終わり」
「え?」
アビーも驚いていたけど、吸収した私も驚いた。
二十秒くらいしかかかっていないんじゃない?
「おお」
「これは……」
吸収しすぎないように私は魔道具の目盛りを注目していて、アビーの顔は見ていなかった。
それで周囲から感嘆の声が上がってびっくりして顔をあげたら、だいぶ痣が薄くなったのに鏡がないから確認できなくて、おろおろしているアビーと目が合った。
「だいぶ薄くなったわね」
「ほ、本当ですか?」
「控室に鏡があるよ」
アシュリーに教えてもらって、アビーは一礼してから控室に駆け込んだ。
一回であんなに薄くなるんだ。
あと三回くらい吸収したら完治しちゃいそう。
「次はエリンね」
魔道具に置いてもらった手の甲にそっと触れて、魔力を吸収するだけの簡単なお仕事です。
彼女はランクBだから魔力量が少ないのか、更に短い時間で終わってしまった。
「甲羅化したところは治せないの。でもその周りの痣はだいぶ消えたわよ」
「ありがとうございます。痛みがだいぶ楽になりました。一度でこんなに良くなるなんて思っていませんでした」
私もだよ。
これだけはっきりと効果が示せるのはありがたい。
「はい、次行こうか。クレイグとビアーズ子爵ね」
「いや、俺たちは……」
「どうせ一瞬で終わるんだから、さくっとやるわよ。エリン、外で待っている人を三人ずつ中に呼んでね。時間がもったいないからどんどんやるぞー」
「はい」
「ヘザーはアビーの様子を見てあげて。代わりにフルンがカルテと計器をチェックしてよね」
こういう時は仕切る人がいたほうが話が早い。
特に今回は誰もが初めてやる作業なんだから、早めに私が仕切るよって示した者勝ちよ。
「クレイグ、吸収し終わったらお医者様にも椅子と机を用意して差し上げてよ。ここで診察したいならベッドを使ってくださってもいいですし」
「いや、外にベッドも魔力回復ポーションも用意してある。彼は緊急時のためときみの負担になっていそうなときにドクターストップするためにいるんだ」
「私のため?」
その発想はなかった。
「今日、魔力を取り戻したばかりだとお聞きしました。御気分が優れない時にはすぐにおっしゃってください」
そういえばそうだったね。
短い時間にいろいろありすぎて、感覚がおかしくなっているわ。
「わかりました。でもすごく気分がいいんです。今まで押し込まれていた魔力は、さっき神獣様に全部渡してしまったのですっきりして、そこに新鮮な魔力をもらってリフレッシュしている感じで」
我ながら吸血鬼みたいなこと言ってない?
これが魔力じゃなくて血液だったら、だいぶやばいな。
新しい魔力はいいねって平和な感じだけど、新しい血液はいいねって一気に不穏な感じになるよね。
「でも無理はしないようにしますね」
無理はね、する必要なかった。
座ったまま、次々にやってくる騎士たちの魔力を吸収すればいいだけだからね。
「まだ満タンになっていないのか」
「フルン、この子、どうなってるの?」
眷属たちにまで気味悪がられるほどの、魔力貯蔵量に私もびっくりだよ。
クレイグはランクSだし、ビアーズ子爵はランクA。
そのあとの騎士はランクBやCが多かったとはいえ、もう十五人くらいの魔力を吸っているのに、アシュリーが持っている魔道具によると、まだ七割しか魔力が溜まっていないらしい。
「ここらで神獣様に魔力を渡してくるわ」
「それがいい。次は神官と魔道士たちが来る。大神官もいるからさすがにいっぱいになるだろう」
クレイグの言葉に首を傾げた。
まだたくさんの騎士が残っているのに、神官や魔道士を優先するの?
「特に神官は、女神の罰で魔素病は治らないのに?」
「実際に仲間が回復するのを目にすると違うから、彼らにも早めに体験させたほうがいい。きみもあとで部屋の外に出てみればわかる。きみにとっては神獣様を助けるための作業でも、俺達にとっては奇跡なんだよ」
「感謝をしてくれるのは大歓迎よ。ありがたいと思ったら魔力をちょうだい。はっきり言って予想より集められる魔力が少なくて焦っているの」
「うちは平民が多いし、魔道士に比べたら魔力が少ないのは仕方ない」
魔法で戦うわけじゃないから、騎士に魔力は必要ない。
だから魔力量が少なくても問題ないのよね。
というか、普通に生活しているだけなら魔道具を動かせる程度の魔力があれば十分なのよ。
「じゃあ、次は神官? 呼んで来て」
集めた魔力を渡しても、神獣にまったく変化はなかった。
二十年も魔力を得られなかったんだからそう簡単に回復するとは思っていなかったけど、せめて球体の中に魔力が充満するのだけでも、視覚的に確認できればいいのに。
「よろしくお願いします」
通されたのは昨日侯爵家に来たのとまったく同じメンバーの神官たちだ。
アダムソン神官以外は女神の罰を受けているから、吸収した魔力が戻ればまた魔素病になってしまう。
それでも何度も魔力を吸収すれば、それだけ多くの魔素病の患者の病が治るのよね
「順番にここまで来て魔道具に片手を置いてね」
今日は身を守るためにも必要だと思って、女神にもらったトパーズのペンダントをつけてきたのよ。
せっかくいただいたのにつけないなんてって、怒られそうだったしね。
そしたら、神官たちは私の顔よりペンダントに注目して、大神官なんてペンダントに向けて祈りを捧げているのよ。
それさ、事情を知らない人が見たら、私の胸に祈っているみたいよ。
「ううう……うううう……」
昨日は偉そうだった神官長は一番症状が重いため、ふたりの神官に支えられていた。
「水属性のランクSです」
さすが神官長。
ランクも高いし、魔力量も多い。
魔力を吸収するにつれて、痛みに耐えてときおり漏らしていた声が止み、つらそうに丸まっていた背中が伸びてきた。
「おお……おお……痛みがすっかり楽になりました」
ぼろぼろ涙をこぼして泣き出したよ。
昨日とは別人みたい。
そんなにつらい痛みだったのか。
「聖女が見つかるまでは魔力が回復するにつれて、また痛むでしょう。私がここにいる間は、ある程度の魔力が溜まったら吸収したほうがよさそうですね。クレイグ、待機する場所はあるかしら」
「重病人用のスペースを作ってある」
「ではそちらに」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
縋り付きそうな勢いで何度も礼を言う神官長と私の間に、クレイグとアビーが立ち塞がってガードしてくれている。
痣が薄くなった顔を見て感動したアビーは、何があっても私を守るぞと決意したんだそうだ。
「他の方々もそのほうが良ければ休む場所を用意しますから、無理をしないでください」
「いいえ。痛みも女神様がくださった試練です。甘やかしてはいけません。この痛みもまた私たちと女神様を繋げてくれているのです」
アホの大神官は放置しよう。
こいつはマゾだから嬉しいんだろう。
ただし魔力量は断トツで多かった。
神官たち五人分で七割は魔力が溜まって、そのほとんどが大神官の魔力だった。
神官長はクレイグと同じくらいの魔力量かな。
「七割? 私の魔力をほとんど吸収してもですか? え?」
大神官にまで化け物でも見るような顔をされた。
「あら、ずいぶん混雑しているわね」
神官と魔道士が入れ替わるタイミングで、ようやくサラスティアが合流した。
ずいぶんと時間がかかっていたのね。
「ちょうどいいわ。神殿や魔道省にも手伝ってほしいから、オグバーンの従者と何を話したか説明したいわ」
「大神官とサンジット伯爵がいればいいの?」
「それぞれの補佐役の人も残ってもらって」
サンジット伯爵はいいけど、大神官に信頼できる補佐役なんているの?
「アダムソン神官に残ってもらえばいいよ」
アシュリーはレティシアの世話をしなかった代わりに、結界近くを訪れてラングリッジ公爵家や魔道省と繋がりを作っていたんだそうだ。
神殿とも実は裏でやりとりしていたので、大神官とも古い知り合いなんだって。
「彼は聖女を探しに行くので、私の補佐は出来ないですよ」
「彼は?」
私は眉をしかめて立ち上がった。
大勢の中で私だけ座っているのが気になっていたし、まだのんきな顔をしている大神官にびしっと言ってやらないといけないわ。
「あなたも行きなさいよ」
「私はこちらで動いたほうがいいのではないですか? それに今までもまったく聖女を探していなかったわけではないのです。金色の髪で額に小さな花の形の痣があるのが聖女の証なんです。そんな女性がいたらすぐに噂になるでしょう? でも見つからなかったんですよ。もしかすると聖女になるのが嫌で隠れているのかもしれません」
「それでも探すの」
「恋人がいて結婚していたらどうするんですか?」
「私と同じ十六歳なのに?」
「レティシア、十六で結婚は珍しくないよ」
横から小声でクレイグが教えてくれた。
そ、そうか。つい最近まで、日本でも女性は十六歳から結婚できたんだもんね。驚くことじゃないよね。
「でも! 結婚していたら聖女じゃなくなるんだから、女神様が罰を与えてまで探せというわけがないでしょう? 本人が隠れているならいいけど、誰かに軟禁されていたらどうするの? 聖女の力を自分の物にしようと暴力で言うことを聞かせようとしていたら? 無事なうちに見つけられなかったら、あなたは大神官をクビになるのを忘れないでね。二度と女神様の声が聞こえなくなるんだから」
「わかってますよ」
だったら不満そうな顔をするんじゃないわよ。
魔素病にされてもまだわからないのか。
「僕が転移で移動させてあげるよ。こちらにいたほうがいい時だけ連れ戻せばいいだけだよね?」
「さすがはアシュリー、助かるわ。前から探していたのなら、もしかしたらこの子がって候補者はいるでしょう? 話が終わったらさっそく送り届けてあげて」
「女神様の指示ですから真面目に探しますよ。でも、あなたと女神様の話をする時間がほしいんです。あなたと会った時の女神様の様子を教えてください」
こいつ、本当に駄目だ。
女神のこと以外どうでもいいんでしょ。
聖女のことも、面倒だから誰かが見つけて勝手に保護してくれればいいと思っているんだろうな。
聖女が見つかってからも、神殿で放置されないように目を光らせておかないと。




