先王の願い故に
「1つ、聞いていいかい」とオルトリウス。
「愛人の子はいたくリアンちゃんを気に入っているようだけれどきっかけとかあったのかい」
「さあ。あの愛人の子ですから。身分と見目に目が眩んだのでしょう」
出会った原因はアウムルに会いに来ていたリアンを見てしまったせい。同じ父を持つと言えど、母親の身分が圧倒的な差があり、王女だとしても王太子たるアウムルの人生に関わらせる気は更々なかった。リグレットを溺愛している国王のせいで王妃セラフィーナの命であっても、リグレットの行動を制止できる者がおらず、訪れを禁止していたアウムルの私室に突入してしまったのだ。
すぐにセラフィーナの耳に入り即刻リグレットを部屋から追い出したがリアンを一目見て気に入ったのはあの愛人の娘なだけあると悟った。
「エーデルシュタイン伯爵令嬢への婚約の打診もこれで話が進むでしょう。ロードクロサイト家には悪い事をしたわ……」
セラフィーナの目から見ても息子の友人が誰を好きか、はすぐに分かった。子供達が幼い時、何度か王妃主催のお茶会で招待したことがあった。主催者として招待客が問題なく過ごせているか全体を見て回っている際、そこは親心かついアウムルがどうしているか気になって目が向いてしまった。アウムルと一緒にいたリアンがずっと見ていたのがフィオーレ。隣国の公爵家と同じ紫紺色の瞳、珍しい青みがかった銀髪、母親に似た非常に愛らしい女の子に目が釘付けで何度アウムルがリアンを呼び掛けていたか。フィオーレの方も時折リアンを見ていたのをセラフィーナは目撃しており、微笑ましい気持ちを持ったのは覚えている。
これで進展があればいいと呟くとアウムルが訪れた。
「母上」
「アウムル。愛人の娘の件について報告は受けています。陛下に絆されない見張りを配置したのではなかったの」
「おれの人選ミスです。既に例の騎士は拘束済み、リグレットは先程離宮に放り込んだのを確認しました」
2度目の脱走が起きないよう、新しく配置した見張りは宰相お勧めの者にした。決して国王達の甘言に惑わされない優秀な騎士だ。
リグレットがリアンやフィオーレの許へ突撃してすぐに駆け付けたのが幸いし、2人に大きな迷惑を掛けないで済んだ。突撃されたこと自体迷惑であろうが大と小で表すと小にしたい。
――離宮に連れ戻され、国王や愛人とは別の部屋に入れられたリグレットは鍵を掛けられた扉を叩いていた。
「ねえ! 出してよ! パパとママのいる部屋にしてよ!」
1人は嫌だと訴え続けるが外の見張りは一切リグレットの声に応えない。
次第に手が痛く、喉も痛くなって、扉を叩くのも叫び声を上げるのも止めた。部屋には寝台と丸テーブルと椅子しか置かれていない。王宮の私室には、最高級の家具や絵画、ぬいぐるみが沢山あったのに此処には質素で必要最低限の家具しかない。ドレスも今着ているのと所持している中で最も安いドレスを数着だけ所持するのを許された。ただ、装飾品の類の所持は1つも許されなかった。
「パパぁっ、ママ……」
寝台に座り込み、膝を抱え泣くリグレットを抱き締めてくれる父と母とは別室。1人ぼっちで泣き続けた。
リグレットとは別の部屋で隔離されている国王と愛人は、今し方脱走したリグレットが連れ戻され別室にいるとやって来たオルトリウスに聞かされ激昂した。オルトリウスの側にいる眠そうな人はうつらうつらとしながらも、蒼の瞳はジッと国王を映している。
「そこは怒るのではなく、無事で良かったと安心するところだよ」
「何を言う! リグレットを1人別の部屋にいさせられて安心など出来る筈がない! 幾ら先王の遺言があろうと他国の王族が干渉する等、我が国への侵略行為と同等だ!」
「侵略する気は更々ないから安心しておくれ。仮令、その気があったとしても此方の国にはフリューリングとアリストロシュがいるのを忘れては困るよ?」
「っ」
2つの貴族家の名を出され、言葉を詰まらせた国王。その名を知らない愛人が側で喚くがオルトリウスは気にせず、側にいる眠そうな人へ視線をやった。
「国王陛下に何か言いたいことはないのかい」
「……」
無言で頷きオルトリウスの前に出たその人は、警戒心を極限まで上げて見上げる国王を冷たく視界に入れた。
「誰だ、貴様は」
「……我が子が可愛いと思うのは、親であるなら当然の感情だ。馬鹿な子でも愛おしいと」
「けれど」と言葉を切り、徐に手を上げ髪に触れた。
「親であるなら、時として子に厳しく接しなければならない。愛おしいと、可愛いと思えるなら将来の為に尚更」
少し力を入れて髪を引っ張れば、茶髪はするりと落ち、隠していた本来の色を見せた。
1つに纏められていた本来の色が現れた。驚愕に瞠目する国王と愛人。2人の違いは、彼の人の正体を知っているか、麗しい見目に見惚れてか、である。
前者は国王、後者は愛人。見る見るうちに顔を青くする国王を眠そうながらもその人は捉えて離さない。
「あ……有り得ない……っ、に、偽者だっ、本者なら有り得ない!」
「へ、陛下、一体何が」
困惑とする愛人を抱き締め得体の知れない化け物から守る体勢に入られ、小さく欠伸を零した彼は自らが落とした茶髪のカツラを拾った。
「先王は……たった1人の王子であるからと其方を甘やかしてしまったと後悔していた。気持ちは分からないでもないが先王の過ちと言うのなら、唯一がそれだろう」
「戯言を! 貴様は隣国が遣わした偽者だ、本者の訳がないっ!」
「残念だけれどね陛下」と割って入ったオルトリウスは場違いな微笑を浮かべ「この人は本者。君が王太子だった頃顔を合わせていた隣国の先王本人さ」と告げた。嘘だ! と国王は叫んだ。
「私の父と隣国の先王、そして貴方の年代はほぼ同じ。なのにその者は」
国王は下から上まで彼を目で追った。離宮で最も日当たりの好い部屋で療養している父は、病を患ってはいるが元気に過ごしているものの、歳には勝てないようで年相応の見目をしている。対し、オルトリウスは同じ年代の者と比べると若く見える。
しかし国王がそうだとは信じない相手の見目は若作りの言葉では済ませられない。
どこをどう見ても20代の美しい男性。紫がかった銀糸と青の瞳……特徴だけで言えば隣国の先王と同じ。年齢だけが合わない。
「思い出してみなさいよ、国王陛下。隣国の先王がこの国に来ていた時を」
オルトリウスに言われ国王は過去の記憶を探った。
隣国との関係が本格的に改善したのは、国王が10歳に満たない頃。両国の関係を国民や周辺諸国にアピールする為のパーティーを開催した際、隣国の王は目の前にいる男と変わらない容姿をしていた。
それから何度か目にしていたが印象に強く残ったのは、現在の国王シリウスが即位した際の戴冠式。王太子へ王位を譲る儀にての先王は……異様な姿だった。顔はベールによって包まれ、目に見える素肌は全て隠されていた。異様な姿に若干恐怖を抱いたのを思い出した。
その異様な姿で1度だけ父を訪ねたことがあった。友好国の王に会いに来たというのに、全身を隠す姿は何事かと自身は怒りを覚えたのに、父は先王を歓迎していた。
「父上は……知っていたから、なのですか……? 隣国の先王が肌を隠していた理由を」
「ああ……彼には随分と世話になった。私がああしていた理由を聞いても変わらなかった。こうしてやって来たのも恩があるから故。国王よ……其方が愛する者とその娘を今後も王族でいさせたかったのなら、王としての務めを果たすべきだったのだ」
「私は果たしていた! その上でリグレットの望みを叶えてやりたかった! 父が娘の願いを叶えたいと思って何が悪い」
「あのね……」
どんな言葉を重ねようと国王は理解しないと悟ったオルトリウスと隣国の先王はそれぞれ小さく息を吐いた。個人としては兎も角、国王として国の為、民の為に尽くしてきた功績は認められるもの。王妃セラフィーナもその点に関してだけは国王を評価している。恋愛脳と言うべきか、愛する者を守ろうと幸せにしてやろうという気持ちは2人にだってある。
隣で愛人が国王に便乗して喚く。
不意にオルトリウスはとある旨を訊ねようと口を開き掛けるも、隣から待ったを掛けられた。
オルトリウスを制止した彼はジッと国王と愛人を見下ろし、軈てふいっと逸らした。
「なんだったの?」
「いや……彼の女神ならば、この2人をどう見るかと……」
「ふむ……どうも見ないと思うよ。あの女神様は人間が好きで、尚且つ、純粋な心を持った人間の願いは叶えてやりたくなる。彼等にはないものだから無理だろうね」
「そうか」
気紛れに人間の願いを叶える隣国の女神が原因で面倒が起きていても女神の力は絶大で、滅びを待つだけの国を建て直せたのも女神の力あってこそ。
但し、力加減というものを知らないせいで現在の王族数名が普通の人間の枠から外された。




