リグレットの悪足掻き②
こうやって抱き締められているとリアン様の温もりをもっと感じたくて自分から抱き付いてしまう。背中に回ったリアン様の手は私を安心させようと優しく撫でる。心地好くて、ずっとこのままでいたいと私の意思を根こそぎ奪っていく。
でも。
「……私が視た『予知夢』の世界は、私にとって残酷な世界でした」
話すと決めたんだ。リアン様はきっと何時までも待っていてくれる。それだと駄目。ちゃんと話さないと。
今まで私が視てきた『予知夢』はどれも私の自業自得によって招いた結果を示していた。
現状、お父様やお義母様やエルミナとの関係は良好といっていい。実の母だと思っていた人が義母でエルミナが異母妹だと知った日以降、あからさまではなくとも距離を置いていった。
『予知夢』の世界の私と現実の私の共通点はどれもリアン様を好きな事。
「違いは……私がエルミナの事を好きじゃないところ……でした」
エルミナはリアン様が好きで、リアン様もエルミナが好きだったから、自分こそがリアン様に愛されているという思考の私は次第にエルミナが邪魔になっていった。
エルミナがいなくなればリアン様は私だけを見てくれる、私だけを愛してくれる、って。
「リアン様はエルミナの事が好きなんだと思っていたんです。エルミナもリアン様を……」
「……フィオーレ」
固い声で呼ばれ顔を上げさせられた。青水晶の瞳はジッと私の瞳を映している。
「それは『予知夢』の世界の話だ。俺が好きなのは君だフィオーレ。エルミナ嬢だってきっとそう」
「『予知夢』を意識していなくても、二人は」
「フィオーレ」
もう一度、今度は強い口調で呼ばれた。私の腰を強く抱いて近くのテーブルに座らされ、両頬をリアン様の手に包まれた。
「好きじゃない子にキスもしなければ抱いたりもしない。きっかけはあのワインのせいにしろ、君を抱いたのも俺の意思だ」
「でも」
「何度かエルミナ嬢と言葉を交わしているが彼女からは特別な好意を感じたことはない。俺もエルミナ嬢はフィオーレの妹で伯爵令嬢だとしか見ていない」
私を視界に映す真摯な青水晶の瞳から嘘は感じられない。なら、私が今まで視た『予知夢』は一体何なのか。どうして私の破滅を映し、リアン様やエルミナが結ばれる光景ばかり映すのか。
「君が今まで俺にエルミナ嬢を推す理由は大体知れた。あくまで『予知夢』の世界の話であって現実じゃない」
「『予知夢』が全て嘘だとも思えないんです……」
現に、窓から落ちた植木鉢がエルミナに当たり掛けた、エーデルシュタイン家に仕える執事が怪我をしかけた。外れもあれば当たりもある。
「君の視ている『予知夢』は、どれも身近な人に関係するものばかりだ。本来エーデルシュタインの血を引く者が視るのは、国に関わる重要な案件だと聞く。本当にフィオーレのそれは『予知夢』なのか?」
「私はそうだと思っています。リアン様の言う通り、今までの『予知夢』とは違うものだから、お祖母様にしか話していないんです」
知る術があるのなら知りたい。私が視る『予知夢』の世界が何かを。
「フィオーレ。どうしても聞きたいことがある」
「はい……」
固く、緊張した声。何を聞かれるのだろう。
「フィオーレ……君の好きな人が誰か教えて」
私の好きな人……そんなの、目の前にいるリアン様。他に好きな人がいると嘘を言ってリアン様が私から離れるようにしたかった。エルミナが好きだからって。
……そして拒まれるのが怖かった。
視線を逸らすのは駄目。揺れる青水晶の瞳には多分の熱があって……もう嘘も言えない、言い逃れもしちゃ駄目。
「リアン様……リアン様……貴方が好き……好きですリアン様」
一度口にしたら止まらない。顔がとっても熱い。心臓が馬鹿みたいにうるさい。私を見つめるリアン様が直視出来ない……。
「フィオーレ。俺を見て」
逸らした視線を再びリアン様へ向けキスをされた。
「ん……」
リアン様に自分の気持ちを伝えた後のキスは今までで1番甘くて心地好い。
ずっとこのままリアン様とキスをしていたい……そんな時ほど長くは続かなかった。
「――リアン!!」
唇を離し、暫し見つめ合った後、もう一度キスをしようと目を閉じた直後に響いた声。乱暴に開けられた扉の先には、身形がボロボロなリグレット王女殿下がいた。
「リアンその女から離れて! 貴方にはわたしがいるでしょう!」
鬼気迫るリグレット王女殿下の身形はどうしてかボロボロ。即座に私を後ろに隠しリアン様が前に出た。
「ムルからは君や愛人、陛下は離宮に隔離されたと聞いたが?」
「お兄様の命令しか聞かない騎士なんていらない! パパがこの国で1番偉いのよ!? パパの命令に忠実な騎士がわたしを学院まで逃がしてくれたの!」
「まだ国王の命令を聞く騎士がいたのか……」
唖然としながらも、一縷の望みを捨てないか、と呟いたリアン様。
「ねえリアン。わたしを妻にしてよ。わたしならリアンが望む物を何でもあげられる!」
「俺の望む物が何か知っているのか」
「わたしがパパにお願いしたら、リアンを王様にしてあげられる!」
「……」
私はリアン様の後ろ姿しか今は見えない。
見えなくてもリアン様が絶句しているのが何となく察せられる。
私でさえ、殿下の発言に言葉を失った。
王国の次期国王は王太子殿下ただ1人。万が一、王太子殿下に何かが起きて王位を継ぐ資格無しと判断されても王女殿下が女王になることは決してなく、リアン様が王になることもない。
王太子殿下は国民からの信頼も篤く、貴族達からの支持も強い。陛下が王位を王女殿下のお願いでリアン様にと言おうと議会が決して認めない。また、王女殿下が女王になるという選択肢もない。
「リグレット」
漸く声を発したリアン様の声色は険しさが格段に増していた。
「お前はその発言に責任を取れるのか」
「責任? そんなの知らない。でも、パパにお願いすればなんでも叶うわ。心配しないで」
「そうじゃない。リグレット、お前の発言はムル……アウムルに対しての――」
「もういい、リアン」
私の目から見てもリアン様と王太子殿下は信頼関係が深い友人同士だ。大切な友人を仮令王女殿下に悪意がなくとも貶された。リアン様が怒るのも道理。次の言葉を発しかけたリアン様の声を遮ったのは、数人の騎士を連れた王太子殿下だった。
「お、お兄様」
王太子殿下達の姿を見るなり表情が青くなり、狼狽する王女殿下。
「リグレット。お前を逃がした騎士には全て白状させた。後日、その者は懲戒処分を受けてもらう。お前には離宮に戻ってもらう」
「い、嫌よ! お兄様わたしもう我儘言わないっ、リアンと結婚出来るなら王女の地位もいらないから、リアンを説得して!」
「あのな……」
必死に王太子殿下に請う王女殿下に誰も彼もが呆れ、王太子殿下に至っては額を手で覆う。私の前に立っていたリアン様が振り向いて額にキスを落とした。
「フィオーレ。もう大丈夫だ」
「はい……」
「リアン! リアン助けて、わたしがいるのに他の女なんて見ないで!」
リアン様から顔を横にずらせば、騎士に拘束された王女殿下がいて。
「リグレット、いい加減にしろ。リアンはお前を好きなどころか嫌いなんだ」
「なんでよ! わたしは王女なのよ、パパに愛されたこの国のお姫様なのにっ」
「散々説明したんだけどな……もういい、連れて行け。話しても時間の無駄だ」
王太子殿下の合図で騎士達は暴れる王女殿下を連れて行ってしまった。
「リアン」
この場に残った王太子殿下は私とリアン様の側へ来ると「行き先が分かりやすくて助かったよ」と疲れた息と共に吐き出した。
「脱走する可能性を視野に入れなかったのか?」
「入れていた。父上に絆されない見張りを配置したつもりだったんだがな。紛れていたらしい」
「早く来てくれたお陰で助かった」
「万が一を考えてお前の側を監視させていたんだ。案の定だったよ」
「おれはもう行く。リアン、フィオーレ嬢も。今度こそリグレットは外に出られなくなる。安心してくれ」と言って王太子殿下はこの場を去った。
残ったのは私とリアン様だけ。
「リグレットの悪足掻きもこれで本当に最後になってくれればいいな……」
「王太子殿下があそこまで言うのなら、王女殿下は今後出て来れないのでは」
「そう信じよう」
隣国の隠居した王族が動いているとリアン様は言う。お義母様も言っていた。先王陛下との約束らしく、今代の国王陛下が問題有りと判断した場合直系の王子又は王女に王位を譲るというもの。
既に強制力は動き出したとリアン様は溜め息と共に放った。




