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理解しようとしない

 


 フィオーレ嬢はリアンに任せておけば一安心とし、即刻騎士を連れて王宮へ戻ったおれは父のいる執務室を突撃した。普段ならノックをし許可を得てから入室するが今回ばかりは省略させてもらった。先に馬車に詰め込んで王宮に強制送還したリグレットが案の定父王に泣き付いていた。側には愛人も。恐らくリグレットの帰りを聞いて慌てて駆け付けたのだろう。

 鋭い声で呼ばれたが怯まず、自分の都合の良いように泣いて訴えるリグレットを睨みつけた。


「リグレット。何故王宮へ戻らされたか分かっているな」

「ひく、ううっ、パパぁ! お兄様が酷いの!」

「はあ」



 本当に、何故リグレットの謹慎を解いてしまったのか。どうせ、泣き付かれて断れなくなったのがオチだ。



「何の騒ぎです」



 複数の侍女を連れた王妃である母上が駆け付けた。



「セラフィーナ、お前には関係がない。速やかに出て行け」

「私はアウムルに聞いています。貴方に訊ねておりません」

「っ!」



 冷たく言い捨てられた父は憎々し気に母上を睨み、歯をぎりりと噛んだ。改めて母に説明を求められたおれは泣いているリグレットが取り巻きの令息を使ってフィオーレ嬢に暴行未遂を企てたと説明した。エーデルシュタイン家の長女が王国一の財力を誇るアルカンタル伯爵の孫娘で、その価値を十分に解している母は口を手で覆い「何てことを……!」と父やリグレットに憤りを見せた。



「今回ばかりは見過ごす訳にはいきません。陛下、速やかにそこの愛人と娘を離宮に幽閉するか縁談を進めるかのどちらかを選んでいただきます」

「ふざけるな! 私の愛する娘と妻を離宮に幽閉などと! ましてやリグレットに来ている縁談というのは何の話だ!」

「王女としての価値もなければ、利用する駒としての価値もないそこの娘には、好色王と有名な王の許へ嫁がせます」

「ふざけるな!!」



 同じ言葉を今度は怒気を強めて発しようが母上の冷静さは崩れない。好色王というと確か齢60になっても後宮にハーレムを築け上げ、毎夜若い女性を寝所に呼ぶと有名で、王妃や側妃以外の子が何人いるか最早見当がつかないとも聞く。後宮の中でも女性の争いは常にあると聞く。父に泣き付いてばかりで、甘やかされたリグレットが熾烈な女の戦いに勝てる筈もない。母上もそれを分かっていながらリグレットを好色王の許へ嫁がせるのは、つまりそれだけリグレットの扱いに困っていたということ。


 愛人とリグレットが化け物を見る怯えた目で母上を見ていた。リグレットに至っては……やはり反省の色がない。



「パ、パパ助けて!」

「勿論だ。王妃よ、リグレットの嫁ぎ先は私が決める。そなたに決定権などない」

「では、その娘を何処へ嫁がせるかお聞きしても?」

「無論、リグレットの望みであるロードクロサイト家だ」



 おれや母は呆れて溜め息を吐き、額に手を当てた。散々リアンやロードクロサイト公爵が拒否しているのにも関わらず、父やリグレットは諦めていなかった。最悪なことに父は王命を使ってリアンとリグレットを婚約させようとしている。折角、リアンとフィオーレ嬢の距離が縮み始めているというのに。


 エーデルシュタイン伯爵がロードクロサイト公爵家からの婚約の打診を保留にし続けていたのは、やはりと言うかリグレットの存在があったからだった。王女がリアンを気に入っているのは大体の貴族は知っている。けれど、リグレットを嫁に貰っても得をすると考える貴族は少ない。王家と関わりを持てても、王の厄介な愛人の娘を好き好んで欲しがるのは野心家くらいで。

 そういう意味では今までリグレットの婚約の話が進まなくて良かったのだがもうそうは言ってられない。



「父上。リグレットがロードクロサイト家に嫁いでも幸せにはなれませんよ。リアンには他に愛する女性がいる」

「結婚してしまえば、すぐにリグレットの魅力に気付き他の女など忘れる」

「いいえ。子供の頃からの片思いを王命だからと言って捨てる奴じゃない。リグレットを愛していると言いながら、リグレットに愛のない結婚を強いて不幸にするのですか?」

「っ」



 未だロードクロサイト家から婚約を断られているのに、王命を使って無理矢理嫁がせてもリグレットに幸福は訪れない。無論リアンにも。リアンの場合になれば、フィオーレ嬢という愛する相手がいるのに好きでもない――寧ろ嫌っている――リグレットを結婚相手にしたら、リアンが何をしでかすか……考えるだけで鳥肌が立った。この考えは2度としないでおこう。



「やだ、ねえパパ、わたしはリアンがいい! リアン以外のお嫁さんになんかなりたくない!」



 未だに状況を理解しようとしないリグレットに頭が痛くなる。愛人も揃ってリアンとの結婚を認めろと父に迫っていた。



「アウムル。ならばお前がリアンを説得しろ」

「は?」

「お前がリアンを説得し、リグレットを受け入れるようにしろ」



 ……こんな男がおれの父親で、国の王だと認めたくないが現実はとても残酷で全て現実で事実である。一瞬、何を言われたか理解が遅れるも理解したところで出るのは盛大な呆れと軽蔑だ。フィオーレ嬢に何かある度に毎回必死になってるリアンがこの場にいなくて良かったとも安堵した。

 取り敢えず、若い頃から桃色の世界から戻っていない父上にリアンが絶対にリグレットを好きになることはないと断言しかけた時、横にいる母上に待ったを掛けられた。視線で待てと言われ、渋々引き下がった。



「陛下、本気で仰っていますか? 本気でそこの娘をロードクロサイト家に嫁がせると?」

「そうだ。何度も言っているだろう」

「王命で望んでもいない王女を押し付けられたロードクロサイト家を敵に回したいと?」

「酷い! わたしが嫌いだからってそんな言い方……!」

「貴女に話し掛けていないの。黙っていなさい」



 更に酷いと泣き喚き、父に泣いて縋るリグレットを見やる母上の瞳は冷え切っており、愛人も一緒になって父上に泣き付くせいで執務室がかなり騒がしい。耳が痛いとはこのことかと黙って話に耳を傾けた。



「パパに愛されてもいないくせに王妃の座にしがみついたみっともない女のくせに! パパに意見しないでよ! パパが国で一番偉いのだから、パパが決定って言ったら決定なのよ!!」

「そ、そうよ! 家の身分だけで王妃になっても、陛下の愛は私達にあるのよ。調子に乗らないで!」



 ……隣の母から感じる冷気が氷点下にまで達した気配がした。一瞥してまた視線を戻した。無を通り超えて別の感情が出ていた気がする。

 調子に乗っているのは母上ではなく、お前達だと言いたいが母上が良いと言うまでは黙ったままでいよう。



「はあ……」



 長く感じた沈黙の末、母上が吐き出したのはどうしようもないと呆れ果てた溜め息で。溜め息と同じ感情を込めた瞳で父上と愛人、リグレットを見据えた。



「個人としてはともかく、国王として陛下は尽力してくれました。その点においては私も陛下を尊敬します。ですが――」



 次の言葉は続かなかった。「お取込み中失礼するよ~」というのんびりとした声が後ろからしたもので……振り向くとにこやかな笑みを携えたオルトリウス様が入って来た。



「外からも騒ぎ声が聞こえていたよ。大事な話なら、もっと声量を抑えないと」

「誰よあんた! 部外者が入っていい場所ではないのよ!」



 この方が隣国の隠居王族というのを愛人が知らないのは……仕方ないにしても。



「そうだ。誰だ貴様は。どうやって城に入り込んだ」



 なんで面識のある父上まで知らないんだ。


 さすがの母上も信じられないと言いたげな相貌で父上を見ていた。その母上の様子から、ただの部外者ではないと父上は解ったらしいがもう遅い。



「やあ陛下。最後に会ったのは、君がまだ王太子だった頃だから忘れちゃうのも無理ないね。僕が主に会っていたのは先代陛下の時だから」

「何を…………あ」



 オルトリウス様の顔を凝視してようやく誰か思い出したらしい。この場に他人がいなくて良かった。お祖父様とも親しかった隣国の王族の顔を忘れていた等と知られたらとんだ恥さらしとなる。



「あ……い、いや……これは……」

「人間ど忘れする時だってある。気にしなくていいよ。僕が今此処に来たのはね、先代陛下の頼みあってこそだ」

「父上の、頼み?」

「そう。本来なら、他国の隠居王族が首を突っ込むべきではないのだけど、彼のお陰でこの国との関係が修復出来た。恩を仇で返すような真似だけは絶対にしたくない。悪いね陛下、先代陛下の願いを叶えさせてもらうよ」

「そ、その願いとは、何なのですか」

「君が国王としても駄目だと僕や王妃殿下が判断した場合、王妃が産んだ直系の王子や王女に速やかに王位を譲るという遺言があるんだ。これは隣国の魔術師の力を持つ侯爵家が立ち合い、実際に誓約されたもの。君が拒否しようが周りが拒否しようが決定は覆らない」



 横暴だ、と叫んだのは父上か、それとも愛人かリグレットか。何にしてもオルトリウス様が宣言なされた今、お祖父様の遺言の強制力が動き始める。



「愛は人を盲目にさせると言うがここまでとはね……」



 オルトリウス様の淡々とした声が無機質なものに聞こえたのは、父上に対する情が自分の中で消え去ったの同然ということだろう。



 ――後でリアンにリグレットがこれ以上フィオーレ嬢に危害を加える真似は出来なくなると伝えておこう。


 

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― 新着の感想 ―
あぁ、再開ずっとお待ちしておりました。 やっと莫迦者どもに鉄槌が。
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