リアン様に嫌われたくて1
私は元来嫉妬深い性格をしている。幼い頃によくしていたエルミナとの姉妹喧嘩も私がちょっと我慢をしていたら起こらなかった。何度かエルミナに譲るべきかと悩むとお義母様は私の判断が正しいと肯定してくれた。確かに言われて何でもあげていたらエルミナの要求はエスカレートしていき、取り返しのつかない物まで欲しがってしまっていた可能性も大いにある。
そう考えると譲らなくて良かったと安心する自分がいるのも、また事実である。
昨夜はエルミナが戻ったら話をするつもりでいたのに、私は自分で思っていた以上に疲れていたらしく、1度仮眠を取ったのにもう1度眠ってしまって。目覚めた時には既に朝日が昇っていた。やってしまったと額に手を当てた際、視界の端に白い物を捉えた。サイドテーブルに置かれていたそれは1枚の紙切れ。折られた紙を開くと見慣れた文字が刻まれていた。
『侍女にお姉様が待っていると部屋に入りましたがお姉様はぐっすりと眠っていられたので明日お話しましょう』と綴られていた。折角来てくれたのに、肝心の人間が寝ていたなんて。エルミナをガッカリさせたわね。
ベッドから降りたと同時に扉がノックされた。どうぞ、と返事をすると侍女が入室した。
「おはようございます、フィオーレお嬢様」
「おはよう」
私とエルミナが異母姉妹だと知る前は、よく彼女と話をした。歳が近かったのもあった。
知ってからは、予知を視てからは最低限の会話に留めた。
いつかエーデルシュタイン家を出る私と親しげにしていては、彼女の仕事にも影響がある。昔は名前で呼んでいた彼女をいつから呼ばなくなっただろう。最初はかなり困惑させ、悲しませてしまった。時間が経つにつれ、彼女も私の立ち位置を理解して昔のような親しさを消してただの侍女として私に接してくれている。
そうさせたのは自分なのに言い様のない寂しさが襲う。
「本日は大教会に行くため学院はお休みです」
「うん、分かってる。エルミナは話し合いの事を知ってるの?」
「恐らく旦那様も奥様もお伝えしていないかと……。今朝は、お嬢様は体調不良で部屋から出られないとエルミナ様に伝える予定です。お食事も部屋に運びますね」
「ありがとう」
更に話を聞くとエルミナも上の窓から植木鉢を落とした犯人がドロシー様と教えられたらしい。教えたのはアウテリート様とか。てっきり、王太子殿下辺りかと抱いていた。
――侍女の運んだ食事を部屋で摂っていると外が騒がしくなった。耳を澄ませて聞くとエルミナが私の心配をしてお見舞いすると言って聞かず、体調不良の体になっている私が現在朝食を摂っていると知る侍女が登校に間に合わないとエルミナを諦めさせた。
純粋に私を心配してくれるエルミナに対し、罪悪感を感じるもこれ以上エルミナを巻き込みたくない。何より、身内が自分の姉に危害を加えたと知れば、エルミナの気分も穏やかではいられない。
隠して、騙してしまってごめんなさい。
●○●○●○
話し合いの場に決定された大教会。
馬車で出発した私達は裏口に停車し、扉が開けられると順番に降りていった。表口は煌びやかで荘厳たる佇まいの大教会は、裏口になると鬱蒼とした木に囲まれ背高い草が沢山生えていた。繁殖力が強く、抜いても抜いても生えてくるのだとか。
「お父様の髪の毛にも、これだけの生命力があれば良かったのに」
「シェリア……それ、カンデラリア先代公爵には言うなよ?」
「昔から言ってますわよ」
あっけらかんと答えたお義母様にお父様は遠い目をした。思ったことを口にするのは貴族社会に於いて褒められた行為と許す寛容は者は少ない。身内に対してだけだとお義母様は笑う。先代公爵夫人やトロントおじ様にも一切の容赦がないのとちょっと違うが、それにしたって先代公爵が気の毒だ。
お父様が裏口の扉を手紙に記されていた決まった回数でノックをした。
ガチャリと開けられた扉からは、大教会の神官様が現れた。
「エーデルシュタイン伯爵様達ですね?」
「ええ」
「お待ちしておりました。どうぞこちらに」
神官様の案内で私達は広い会議室に入った。神官様達が毎週決め事をする際にする部屋で今日は特別に貸切状態だ。先に到着したのは私達だけで他には誰もいなかった。
お義母様が訊ねると問題を起こした令息の家は別室にて待機中で、ガルロ殿はカンデラリア公爵と一緒に来るとのこと。
「お待ち頂いている間紅茶でも飲んでいてください」
お茶を淹れてくると神官様は会議室を出て行った。話し合いが始まるまで建物の周辺を見たいとお父様に頼んでみると長居しないのを条件に許された。外に出るとまだ神官様の後ろ姿があったので外への入り口を教えてもらった。
教えられた出口から外に出ると清々しい青い空が出迎えた。整備された芝生の地面や花壇に咲き誇る色とりどり花々。
小さなピンク色の花弁にそっと触れた。
「ふふ。可愛い」
私もエルミナみたいに可愛い物が何でも似合う女の子になりたかった。生憎と私には可愛いはあまり似合わない。エルミナやお義母様に話したら似合うと否定されても、自分自身が抱かないのだ。
エルミナが可愛いから。母親の血が違っても大事な妹であるのは変わらない。
違う花も見ようと移動しかけた時、怪訝な声で呼ばれた。
振り向くとそこにはリアン様がいた。
「フィオーレ嬢? ここで何を」
「リアン様!?」
今日の話し合いにリアン様がいても変じゃない。彼も現場にいたのだから。
ただ、今こうして会うのが驚きが強くてつい声が上がってしまった。咄嗟に口を抑え罪悪感を混ぜて見上げたら、眉間に相応しくない皺が寄せられていた。私の声が大きかったから……ごめんなさい。
「何をと言う程ではありませんが……話し合いが始まるまで気分転換でもと」
「それでいいだろうよ。フィオーレ嬢、手の痛みは大丈夫か」
「はい。痣はまだありますが痛みはもう引いてます」
「……」
袖で隠せる場所で良かった。他人からでも見える場所だったら要らぬ心配や憶測を呼ぶ。痛ましい面持ちをされるリアン様に心配させないよう笑って見せても変わらない。
「リアン様やオーリー様、王太子殿下が助けて下さったお陰で酷い怪我を負わずに済みました。ありがとう御座います」
「……良くない」
「え」
負担になりたく故の言葉はリアン様にとっては重しでしかないの?
首を振り、変わらない表情のまま近付いて来たかと思えば――リアン様に抱き締められていた。
「リアン、様……?」
思いもしない行動に固まっていると上からリアン様の声が降りた。
「君が傷つくのは見たくない。頼りなく見えても頼ってほしい。俺は……君が心配なんだ」
「っ……」
発せられる声色からは真剣に私の心配が伺える。大好きなリアン様に抱き締められて、香りに包まれて、自分の決意が簡単に揺らぐ。私の意思なんて結局その程度のもの。エルミナとリアン様が結ばれるようにと願いながらも、彼を諦めきれない自分がいる。その気持ちが特に強い。
腕を回して抱きつきたい。大好きな人に抱きついて、抱き締められて、なんて幸福なんだろう。考えるだけで幸福に浸され戻れなくなる。
ずっとこのままでいたい。
このまま、リアン様と2人でいたい。
(……ううん。やっぱり駄目)
脳裏にチラつく『予知夢』の自分。資格はないのにリアン様に愛されるのは自分だと高々に宣言して家族を困惑させ、実は両思いなエルミナに嫉妬して虐げた。最後は伯爵家を追放され、北の流刑地へ流された。その後を視たくても眩しい光に阻まれ視れない。
リアン様の温もり、香りを忘れないようしっかりと自分の体に覚えさせ――私はリアン様の体を押した。
「フィオーレ嬢……?」
呆然とした相貌で私を呼ぶリアン様は簡単に離せた。私も私程度の力で離せるとは予想しなかった。
傷付いた、悲しい相貌で見つめられ胸が痛くて締め付けられる。耐えるのよ、耐えて見せればリアン様はエルミナと結ばれて幸せになれるのっ。
私は隣国に行って2人の幸せを願って生きていけばいい。
「申し訳、ありませんリアン様。私は……リアン様と婚約は出来かねます」
「……何故? 君が知ったのがあの時だと俺も知った。答えを急くつもりはない」
「そういう問題ではないのです。リアン様、私には昔からの想い人がいますっ」
私の想い人は昔も今もあなただけです……。
「……」
限界まで瞠目する青水晶の瞳が次第に細くなっていき、込められている感情に変化があった。綺麗な青には似合わない強い翳りが生じ、向けられる威圧には気のせいか憎しみも含まれていた。
リアン様に嫌われてから私は隣国へ行きたい。そうすれば『予知夢』通りリアン様はエルミナと結ばれ、幸せになれる。経緯はどうであれ、これが正しい選択だ。
でもまだ足りない。リアン様に軽蔑されて、2度と会話をしたくないと抱いてもらわないと。
「エーデルシュタインの力が欲しければエルミナを婚約者にしてください。私は……」
声は震えそうになるのを耐えて無理矢理気持ちを強く持って、ただリアン様と正面から向き合える度胸がないから俯いてでしか言えない。
「……分かった」
「……」
重く、低い、諦めが混じったリアン様の声が安堵と共に絶望を呼び寄せた。自分で招いておきながら絶望するなんて……やっぱり私は身勝手な女だ。『予知夢』を持たない彼に未来は視えないのに、未来が視える私は2人の為とリアン様を拒絶した。
婚約の打診は本心から私をとして下さったのに。いもしない架空の想い人をでっち上げてリアン様を傷付けた代償は大きい。
これでいい。これでいいと泣きそうになるのを堪えて顔を上げ――背中に衝撃が走った。一瞬、何が起きたのか思考が追い付かなかった。
眼前にある青水晶の瞳の昏さと途方もない激情に呑まれ硬直してしまった。
だから、リアン様に口付けられていると気付けるのにも時間が掛かってしまった。
「ん……!?」
気付いた時には遅かった。抵抗しようと体を押そうとしても逆に捕まれ、片手で頭上に固定された。顔を背けようとも顎を掴まれているせいで叶わず、息がし辛く空気を欲して口を開けた。
「んん……!!」
口呼吸は間違いだった……開いた口内に生温い感触が触れた。驚いて肩を跳ねたら顎を掴んでいた手が頬に移動され、優しい手つきで撫でられる。
「……君が誰を好きでいようが……関係ない……」
「ん……リア、ン……様……」
「俺を好きにさせれば……いいだけだ……」
キスの合間に呟かれる言葉が切なげでありながら、私の心を縛っていく。重い鎖に縛られ身動きが取れない。
……リアン様とのキスがずっと続いてしまえばいいという自分が勝って抵抗をしないと示すのに瞳を閉じた。




