頑張れとしか言えない~アウムル視点~
「……リアン? どうした」
「……」
リグレットが朝から久し振りに騒動を起こそうとしたので未然に防ぎ、後片付けをして生徒会室に戻って朝にする処理を熟し、教室に入ったおれは不機嫌な従兄弟を目にして小首を傾げた。通常だと眠そうだと判断されるが付き合いが長い為にリアンが不機嫌なのはすぐに分かった。問題は不機嫌の理由。そっと、原因と思われる相手の方へ目をやり、すぐにまたリアンに戻った。一瞬、ほんの一瞬なのにフィオーレ嬢を見たおれを睨むんだ。気持ちも伝えてない、素振りすら見せてないこいつに好かれていると知らないフィオーレ嬢が若干哀れだ。
偶に何かに怯えるように周囲を見回すのはリアンの視線が強くなるからだ。昔から彼女を好きなのは知ってるが最近は拗らせ傾向にある。
リアンの前に座って小声で話しかけた。
「リアン。程々にしろ。怖がってるだろう」
「……」
「お前も少しは頭を使え。フィオーレ嬢に振り向いてほしいなら、相応の行動に出ろ」
「……2年前から、婚約の打診はしてる」
「は」
自分でも間抜けと感想が出る声が出た。婚約? リアンもフィオーレ嬢も長子。どちらも公爵家、伯爵家を継ぐ予定。頭が狂ったかと過ぎるも昔からの片想いを知っている側としたら、とち狂ってフィオーレ嬢に婚約の申し込みをしたリアンを気の毒に感じた。2年前からしているのにフィオーレ嬢は一切リアンと関わろうとしてこなかった。ちょっと無理矢理な形で関わるようになったのはつい最近。
「多分……フィオーレは俺が婚約を申し込んでるとは知らない」
「何故だ?」
跡取り同士の婚約はまず不可能だ。家を継げば、その家を存続させる義務が必ず生じる。エーデルシュタイン伯爵がフィオーレ嬢に跡を継いでほしくて断ったのならまだしも、肝心のフィオーレ嬢が婚約の打診を知らない? リアン曰く、返事もずっと保留にされているとか。何度も催促しても伯爵家からまともな返事が来ない。更にエルミナ嬢はどうかとも言われたらしい。普通はそうだろうな。
「それに……」
「それに?」
「……」
言葉を切られるが続きを話せと視線で訴えるとリアンは苦々しく吐いた。
「……彼女はやたらと俺にエルミナ嬢を勧めてくる」
「……」
おれは前にアウテリート嬢が言っていた言葉を思い出す。
リアンがエルミナ嬢を想っていると。おれとしては、同じ空間にいると必ずフィオーレ嬢に目が向いていたリアンがエルミナ嬢を好きだという話はとても信じられない。アウテリート嬢も断言ではなく、何となくだがフィオーレ嬢から聞いた話な気がする。
「エルミナ嬢を好きだなんて言ったこともないし、思ったことすらない」
「だろうな。お前、分かりやすいくらいフィオーレ嬢が好きだもんな」
「勘違いされるようなことをした覚えもない……」
段々と自信なさげに声が小さくなっていくリアンが哀れに見えてくる。エーデルシュタイン伯爵の思惑はどうであれ婚約の話はしてやるべきだろう。受け入れるか、断るかはそこから判断したいいものを。
――と本来抱くべきなのだろうが、伯爵が2年も返事に渋る心当たりがある。
「……リアン。エーデルシュタイン伯爵には、大きな心配があるからじゃないか」
「……」
「黙るってことは、お前も薄ら感じているんだろう」
「今日で改めて感じたよ」
そう。幼い頃からリアンが好きだと引っ付いて追い回して、時に女の子といるだけで相手をとことん虐め抜く異母妹のリグレットの存在があったからだろう。
母親が身分の低い男爵令嬢だったとしても父親はおれと同じ国王。
気に食わないことがあれば、母親と一緒になって父上に話を盛り、相手を破滅に追い込む。
今まで何人が泣き寝入りにあったことか。
父上と母上の婚約は先王であるおれの祖父が決めた。遅くに生まれたたった1人の王子であった。正妃であった祖母以外にも数人の側妃がいたが子を成したのは祖母とのみ。祖父は若い頃に1度毒を盛られた事がある。当時は3人の王子と王位継承を巡って泥沼の争いを起こし、結果生き残ったのは第2王子であった祖父。毒は当時の第1王子派の貴族による犯行によるもので、王太子毒殺の容疑で一族諸共処刑された。
毒の影響で子が成しにくいと落胆していただけに待望の王子誕生に歓喜した。
以降は子に恵まれず、直系血族が父上しかいないからと多大な期待を寄せると同時に甘やかしてしまったのが最大の過ち。
父上は婚約者であった母上を毛嫌いし、学院に入ると1人の男爵令嬢に夢中になった。王都へは学院入学と同時に来た田舎出身の男爵令嬢を最初は田舎者と馬鹿にするが、純粋無垢で他人を労る優しい心根の持ち主であった彼女に徐々に惹かれ、軈て本気で愛するようになってしまった。ノーラント侯爵令嬢である母上との婚約は絶対に必要だった。王太子としての地位を盤石な物とする同時に自分に甘言を囁く輩ばかりを側に置く父上を諌め正しい道へ導こうとする母上のような優秀でしっかり者な伴侶が相応しいと、祖父は何度も父上を説得したがたった1人の王子という理由から甘やかしてきたツケがそこにきて回ってきた。卒業パーティーで婚約破棄騒動を起こすも、ノーラント侯爵令嬢と婚約破棄するなら廃嫡すると祖父に宣言され、虚言ではなく真実に語っていると悟った父上は相当渋々に撤回した。
無論侯爵家側は黙っていなかった。祖父に婚約破棄を受け入れると同時に慰謝料も請求した。長年王太子妃、王妃になるべく育てた娘が卒業前に婚約破棄を王太子に大勢の人の前に突き付けられ、嘲笑われ、傷付けられた。しかし予想外に婚約破棄撤回を受け入れたのは母上本人だった。
王太子教育の中で教えられたおれは親子としての時間で訊ねた。
『何故だと思う?』
逆に問われ、思い付く考えを口にすると母上は『よく勉強していますね』とそっと頭を撫でてくれた。
『父上のような愚か者になってはいけませんよ? あなただけは立派な王子になって下さい。私の願いは立派になったあなたが即位する姿を見る事です』
これは母上、おれ、ノーラント侯爵、カンデラリア公爵、宰相、更に毒の影響で離宮で療養中の祖父だけが進めている計画だが。父上にはおれの学院卒業と同時に退位していただき、愛人の男爵令嬢とリグレット3人仲良く辺境の地に移住してもらう。
結婚し、正式に王位を継いですぐに父上は男爵令嬢を愛人として迎え入れた。初夜以降母上の元へ通わなくなった父上はずっと男爵令嬢の元へ入り浸り、ただ、初夜でおれを孕んだ母上を最初は浮気をしたとかなり汚い言葉で罵ったと聞く。卒業する際、今まで溜めてきた鬱憤を晴らすから怒らないでねと微笑んだ母上の迫力ある笑みに頷くしかなかった。
王の愛人となった男爵令嬢は父上からの寵愛深いのを良いことに王宮で好き放題し始めた。見目の良い男性を多数侍らせ、女性の使用人には些細な事でも叱りつけ時に暴力を奮う。酷い時には大怪我を負わせ障害を残らせることもあった。更に質が悪いのが愛人の傍若無人振りを容認している父上を肯定している貴族の1人にアンジェル公爵がいた。黒い噂が絶えない人物で社交界でも敬遠されている。
母上の姉である伯母上が嫁いだカンデラリア公爵家とは昔から仲が悪いとも有名だ。父上の味方をするのもカンデラリア公爵への嫌がらせの一環だろう。
「はあ」
「急になんだ」
「悩みが尽きないのさ、おれも」
表面上では仲良く振る舞っても現実は氷のように冷たい夫婦仲。王子であるおれに対しても父上は嫌悪を隠さない。おれと父上が似てるのは顔くらいだ。認めたくないが若い頃の父上はその美貌で大層女性にモテた。おれは幼少期から母上に女性との接し方、距離感、相手からの感情の読み取りを徹底的に教え込まれた。第2の父上を生み出さない為のものだったろうがあれは地獄だった……。
リグレットは母親の男爵令嬢とそっくりだ。自分が欲しい物はどんな手段を使ってでも手に入れようとする。筆頭がリアン。リアンに好きな人がいると知れば、必ず危害を加える。婚約者が出来ても同じ。
エーデルシュタイン伯爵の思惑がどうであれ、リグレットの存在を憂慮しているならおれも早く動こう。
「あ……」
リアンの声を微かに漏らした。
青い瞳の先にはフィオーレ嬢がいて。
側には男子生徒がいた。
困った感じで会話をしているが距離が遠く聞こえない。諦めたように立ち上がったフィオーレ嬢が男子生徒と教室を出て行こうとしたら、黙って見ていたリアンが2人の元へ行った。
嫉妬心剥き出しだがフィオーレ嬢の様子を見るに、あまり良い相手ではなさそうだ。腰を抜かしてへたり込んだ男子生徒に目もくれず、困惑するフィオーレ嬢を連れたリアンを見届けたおれは男子生徒に近付いた。
「大丈夫かな?」
「お、王太子殿下っ」
「さっきフィオーレ嬢と何を話していたんだい? ちょっとだけ見てたけど彼女困ってたよ?」
「あ、いえ、私は……」
「会話の内容を聞きたいだけなんだ」
「わ、その、リグレット様に頼まれて……」
……懲りないなあの異母妹も。
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