考えたくない悪夢
白と黒だけで反映された世界。これを見て、例の『予知夢』の中だと悟った私は自分が何をしでかすのかと身構えた。最近視るのは自分の醜い行動が多かったから。何処で何が起きるのかと歩き出そうとした時だ。不意に聞き慣れた少女の声が聴覚を刺激した。振り返ってみれば、思った通りエルミナがいた。隣にいるおさげの子は友人だろうか?
「あ……!」
彼女達は会話に夢中になって気付かない。校舎の3階から、植木鉢を持った誰かがエルミナ目掛けて振り落とした。駆け付けたくても足が地面に縫われたかのように動かない。あっという間に植木鉢は朗らかに笑って会話をするエルミナの脳天に落ちた。土塗れになって倒れたエルミナの頭の下から、夥しい量の血が広がっていく……。
「あ……ああ……っ」
一体誰が……。友人と思しき女子生徒が泣きながらエルミナを呼び、周囲の生徒が叫び声を上げている。私は誰が落としたか知りたくて上を見た。太陽の光に反射されて顔がちゃんと見えない。唯一解るのは、体付きから女であることだけ。
……。
まさか……これを……私が……? 私がやったの?
なんで、どうして?
私はリアン様を諦めた。
エルミナとの接点が増えるよう、生徒会への加入を勧めた。悩んだ素振りを見せつつも、やるだけのことをやってみるとエルミナは快諾した。1つの不安要素を除けたと安堵した矢先の『予知夢』がエルミナ殺害?
……。
心の奥底では、リアン様を諦めきれてない……自分がいるのは否定しない。だからってエルミナを殺してまでリアン様の愛情を奪おうとは考えない。母親が違ってもエルミナは私の妹なの。大事な家族なの。
自分が知らないだけで私はとても醜く、汚れているの?
次々に人が集まっていく最中、駆け付けたリアン様が血塗れで動かないエルミナの近くで膝をついた。何を言っているのかも聞こえない、俯いているせいで表情すら窺えない。
ほんの微かな恋心すら抱くのを許されない。前世、どんな大罪を犯したら責苦を味わうの……。
意識が、光景が、真っ黒になって落ちていく……――
最善と思える行動をしても2人を傷付けてしまうならいっそ――――
――それ以上の酷使はあなたの精神に多大な負荷を与える。今は使わないでおきなさい
知らない女性の声が脳裏に届いた。知らない筈なのに、昔どこかで聞いた覚えのある声。慈しみが込められた声色にさっきまで抱いていた不安と絶望が霧散していく。瞳を閉じ、思考を放棄した。
――それでいいわ。次に目覚めたら、朝日があなたを迎えてくれる……
●○●○●○
鉛を瞼に置いていると錯覚するくらい、目を開ける行為に時間が掛かった。窓から見える明るい空。段々と意識が浮上すると若干の寒気を感じた。ビックリするくらい寝汗をかいていたせいだった。額から頬を伝って落ちた汗を拭い、起床してベッドから降りた。
類を見ない最悪な『予知夢』のダメージは深刻だ。体を拭くものが欲しい。出来ればお湯も。時計を確認し、侍女が起こしに来るにはもう少しあるから自分で厨房へ行った。中を窺っていると気付いたシェフが来てくれた。
「フィオーレお嬢様? どうなさいました。顔色が悪いようですが……」
「悪い夢を見てしまって。申し訳ないけどお湯を分けてもらえる?」
「すぐに! お部屋に運ばせますのでお嬢様は先に戻ってください」
「ありがとう」
シェフの濃い心配の色から、自分が思う以上に酷い顔をしているのだろう。
すぐにお湯の入れられた桶とタオルを持った使用人が部屋に来た。寝間着を脱がしてもらい、お湯で濡らしたタオルで体を拭いていく。
話を聞いた侍女が部屋に来ると制服の準備を頼み、顔は冷水で洗いたいと言うと使用人はちゃんと準備をしてくれていた。目を覚ましたい時は冷水に限る。タオルで顔を拭いて侍女の用意した制服を着た。
何度か心配されるが休む程でもない。私は部屋を出る前、姿見の前で顔を確認した。少々顔色が悪い程度。これならまだいける。
食堂に行き、朝食を摂り始めた。
最近はエルミナが生徒会に加入した話題ばかり。エルミナは悩む素振りを見せつつも、生徒会加入を受け入れてくれた。王太子殿下からの評判も良く、何度か手伝いを頼まれていたアウテリート様への申し出も減っている。リアン様からの評判も然り。
エルミナもやり甲斐のある仕事を達成した瞬間が好きだと言うから、勧めて良かったと私は安心した。
同時に不安も抱いていた。
3人の会話に水を差す真似は控えたい……でもどうしても気になってしまう。登校する馬車の中で聞こうかと考えながら食べていると不意にエルミナに話し掛けられた。
「お、お姉様っ」
「なあに」
良かった。あんな『予知夢』を視た後だけど、普通に返事が出来た。
「お姉様に生徒会への加入を勧められて良かったです! まだまだ難しい事だらけで覚える事が多いですがとても楽してく」
「良かった。王太子殿下やロードクロサイト様からの評判がとても良いの。エルミナを勧めて正解だった」
「王太子殿下は人に教えるのが上手ですね。分からないところがあっても分かりやすく教えて下さります」
「殿下はエルミナに期待していますもの。これからも頑張って」
「はい!」
この流れを終わらせたくなくて抱いていた話を出した。
「1つ、心配なんだけど……王女殿下からは何もされてない?」
王太子殿下自らに除籍された王女殿下が、入れ替わるように生徒会へ加入したエルミナを快く思う筈がない。必ず嫌がらせをしてくると警戒していた。エルミナは笑顔が素敵な子。見ているだけで人の心を明るくさせてくれる。私も何度も救われた。
ただ、笑顔の裏に隠した悲しみや辛い気持ちを溜めてほしくない。外では伯爵令嬢としての仮面を着けていても、せめて家の中くらいは素顔を曝け出してほしい。
「王太子殿下からも言われましたが何もされていません」
「本当に? 小さなことでも良いのよ」
「うーん……気になることは何も」
「そう……」
嘘を言っている雰囲気も、無理をしている風もない。
私が警戒し過ぎているだけだったのかしら……?
「エルミナ。フィオーレの言う通り、もし些細な変化が起きたらすぐに言いなさい。何かあってからじゃ遅いからね」
「はい、お父様」
「フィオーレも気を付けなさい。この間の件もある」
「はい」
片想い相手であるリアン様と一緒にいただけでガルロ殿に嘘を吹き込み、私を悪者にした王女殿下が大人しくしているだけでは済まないだろう。私の周囲にはアウテリート様、最近ではアクアリーナ様もいるので表立った行動はし難いだろう。
アウテリート様は隣国の先王妃様を大叔母に持つ公爵令嬢。アクアリーナ様は現王妃様の生家であるノーラント侯爵家のご令嬢。
また、何かをやらかして露見すれば王太子殿下が黙ってはいない。生徒会除籍だけでは済んだ事が済まなくなる。
朝食を終えて私とエルミナは鞄をそれぞれの侍女に持ってもらい、食堂から玄関ホールへ向かう。
「お姉様も何かあったらすぐに言って下さいね! 絶対に駆け付けますから」
「ありがとう。でも、やっぱり心配なのはエルミナの方だわ。王女殿下とはクラスも同じでしょう?」
「はい。王女殿下は取り巻きの令嬢達を従えて毎日好き放題していますよ。中には婚約者がいるのに、王女殿下に夢中になっている令息もいますし……」
「そうなのね……」
知っているかもしれないが一応王太子殿下に話しておこう。
玄関ホールから外に出て門の前で停車している馬車に乗り込んだ。
向かい合うように座ると馬車は動き出した。
「今日は一緒に昼食を食べませんか? いつも食べている子が家の都合で今日はお休みなので……」
「ええ。アウテリート様も一緒だけれどいい?」
「勿論です! 隣国のお話を是非聞きたいです!」
「行ったことのない国の話って楽しいものね」
アウテリート様に会ったら伝えておかないと。
私は笑っている間、向かいに座るエルミナが手を拳にして達成感を味わっているとは知らなかった。
(やった! 念願のお姉様との昼食がやっと叶う! 何もおきませんように……!)
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