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王女の戯れ言

 


 純粋にすごいと抱く。私ではリアン様と同じ席に座って冷静ではいられない。顔は赤くなるし、目すらまともに合わせられない。教室に忘れ物を取りに行くと嘘を吐き、少しの間自分の席でぼんやりとした。長居してはエルミナに心配をかけさせてしまうから、スカートのポケットからハンカチを取り出しこれを取りに行った風を装った。戻る道中気持ちが暗くなるのは仕方なかった。だって、お似合いなリアン様とエルミナを一瞬とは言え見ないといけないから。



「はあ……」



 放課後の出来事を思い出し、まだまだ夜の時間帯。不意に目が覚めた私は寝転んだまま真っ暗な天井を見上げていた。

 私が戻ると生徒会に顔を出しに行ったオーリー様も戻った。アウテリート様は忙しそうにしていたとのこと。王太子殿下に信頼されている分、任せられる仕事が多いのだとか。さすがです。


 リアン様はオーリー様が来ると生徒会に戻って行った。元々、オーリー様が戻るまでの私の話し相手として残ってくれていたのだ。私はエルミナとお話ししていたのだと思っていたのでその旨のお礼を告げたのだが……リアン様は何も返してくれなかった。

 ……嫌われるようなことを無意識にしてしまった?



「……」



 1年生、2年生。リアン様と極力接触しないよう務めた。話すのも挨拶だけに留めた。視界に入らないよう選択授業は違うのを選んできた。今年も変わらない。ただ、エルミナとどう接点を持たせるかが重要。帰りの馬車でリアン様とどうだったか遠回しに訊ねたが、エルミナはスイーツを堪能していただけで会話はなかったと言われた。

 美味しそうにスイーツを食べるエルミナを眺めていた可能性が最も高い。幸福に浸って食事をするエルミナは可愛いもの。リアン様は口数は少ない方だから、言葉にはあまりしない方なのね。



「難しい……」



 今日はついお父様に話す機会を逃してしまったので、朝登校する前に侍女に言伝を預かってもらおう。

 私は再び瞼を閉じ、眠りに落ちるのを待った。





 次に目覚めたのは朝。

 身支度も食事も終え、部屋を出る前に侍女に向いた。



「今日帰ったらお話がしたいとお父様に伝えておいて」

「! は、はい!」

「?」



 私がお父様と話すと言い出したのが珍しいからか、突然大きな返事を上げられ驚いてしまう。それもそうか、家族団欒をしている最中は邪魔をしないよう会話には入らないようにしてるし、時間が経てばそっと輪から外れるもの。

 忙しいと断れれば、また後日としよう。


 玄関ホールへ行くと既にエルミナが待っていた。



「あ、お姉様!」

「お待たせ」

「いえ、わたしも今来たばかりなので大丈夫です!」

「良かった。さあ、行きましょう」

「はい!」



 エルミナを連れ馬車に乗り込んだ。


 学院に到着し、2人で校舎に入った辺りで突然人が前を塞いだ。

 金髪の縦ロールにキツイ青水晶の瞳の美女が怒りに満ちた形相で私を……じゃない、エルミナを睨んでいた。周りに数人の取り巻き令嬢を引き連れたリグレット王女殿下。困惑を隠せないでいると殿下が1歩前へ出られた。



「あなたね? 昨日の放課後、わたくしのリアンと一緒にいたという泥棒猫は!」



 ……え?

 どういう意味だろうとエルミナと顔を見合わせると殿下の声が更に高くなった。



「昨日、あなたとリアンが食堂にいたという目撃情報があるの!」



 あ! それって。

 私が弁解しようと口を開く前にエルミナが私の腕を握り声を出した。



「誤解です。昨日ロードクロサイト様といたのはお姉様を待っていただけです。決して、殿下が疑うような関係でもありませんし、気持ちもありません」

「お姉様?」



 怒りと疑問に満ちた青水晶の瞳が私に移った。エルミナの手を離させ、背に隠すように立つ。



「フィオーレ=エーデルシュイタンと申します。リグレット王女殿下、ロードクロサイト様とエルミナがいたのは私がエルミナにあの場で待つよう告げたからです。元から2人っきりというわけではありません」

「ということは、リアンと最初から2人だったのはあなた?」

「……そうなります」



 実際は、生徒会の手伝いに行ったアウテリート様の様子を見に行くオーリー様が、飲み物を購入しに食堂へ訪れたリアン様に私の話し相手になってほしいと頼んだだけ。リアン様が自分の意思で私といたんじゃない。

 王女殿下の視線が益々険しくなった。



「リアンはわたくしの婚約者です! たかが伯爵令嬢如きが想っていい相手じゃないの! 身の程を知りなさい」



 婚約者!? 『予知夢』では、エルミナへの婚約の打診をしているのにお父様が渋って返事を寄越さないってなっていた。現時点でリアン様に婚約者はいない。王女殿下と婚約しているのなら、とっくの昔に発表があってもいい。困惑としながらも王女殿下への対応は怠らない。



「申し訳ありません。殿下と婚約関係にあるとは存じ上げませんでした」

「当たり前だ。全てリグレットの出鱈目だ」

「え」



 下手に刺激して敵に回すより、低姿勢を貫き穏便に事を済ます方がいい。何より、王女殿下の母君は陛下の愛人である男爵令嬢と身分は低いが寵愛を深く受けている。殿下自身も然り。殿下からの怒りを買えば、陛下の逆鱗にも触れると同等。

 『予知夢』と現実の違いを思考するのは、この場を切り抜けてからと過ぎった直後。思いもしない声が横から飛んできたと思えば、私とエルミナの前に長身の男性が立った。紫がかった少し長い黒髪を耳にかけ、気遣わしげに此方を向いた眠そうな青水晶の瞳には鋭利さが含まれていた。

 彼――リアン様は王女殿下と向き合うと低い声を発した。


 周囲には人が集まっている上、遠くから見ている人もいる。



「リグレット。俺とあなたが何時婚約を結んだ」

「わたくしはずっと前からリアンと婚約したいとパパにお願いしているの! なのに、あなたのパパがいつまで経っても認めてくれないから」

「だから、人が多く集まるこの場で敢えて嘘を言ったと?」

「っ……」



 容赦のないリアン様の冷たい声に涙が溜まっていく。



「父上にはあなたとの婚約の話が陛下から来ていると何度も聞かされている。断っているのは俺の意思を尊重してだ」

「どうしてよ、王女である私を妻に迎えれば、王家からの待遇が良くなるのよ?」

「王族だからと好きでもない女性を妻に迎える気はない」

「な……!」



 真正面から躊躇なく放たれた好意の否定。大粒の涙を流す王女殿下を取り巻きの令嬢達が慰めるが意味はない。彼女の様子から察するにずっとリアン様が好きだったのだろう。でも、当のリアン様には相手もされず、好意とは真逆の感情を抱かれてしまった。


 リアン様は泣き出してしまった王女殿下から私達の方へ向いた。



「リグレットに酷い事は言われなかったか?」

「いえ……私は。エルミナ、大丈夫?」

「はい。何かされた訳でもありませんし、途中でお姉様が庇ってくれたので」

「そう……。ありがとうございます、ロードクロサイト様」



 お礼と共に頭を下げる。エルミナも私に倣うように同じ行動を取る。



「……いい。目立つから、校舎に入ろう」



 リアン様に連れられ校舎へと向かう。

 王女殿下の隣を通る際、彼女は期待するようにリアン様を見上げるも何事もないよう過ぎて行かれ、更に声を上げて泣き出した。

「お姉様……」とエルミナに呼ばれても首を振り、手を繋いで校舎に入った。

 私達が声をかけても王女殿下にとっては侮辱。泣きながら攻撃されかねない。冷たくても無視をするのが1番。



「エルミナ!」



 校舎に入ってすぐ、右の方向からエルミナを呼ぶ女子生徒が。名前らしき言葉を呟いたエルミナに「きっと心配しているのよ。行ってあげなさい」と手を離した。安堵の相貌を見せたエルミナは私とリアン様に軽く(こうべ)を下げ、友人の元へ行った。

 するとリアン様が。



「フィオーレ嬢……」

「はい」

「……」

「?」



 呼ばれたはいいものの、リアン様は言いたげな様子で私を見下ろしてくる。

 とても言いたげなのに一向に話さない。このまま立ち尽くすだけだと他の生徒の邪魔になる。リアン様が話してくれるのを待つか、私が教室に行きましょうと提案するべきか。



「ムルにも言われていたらあれなんだが……」



 リアン様が漸く話してくれた。

 移動しながら話そうと言われたのでリアン様の少し後ろに並んで話を聞いた。



「王族が代々生徒会を仕切るのは知っているな」

「はい。殿下から、女子生徒で誰か紹介してほしいと先日言われました」

「そうか……。リグレットは入学してからずっとあの調子みたいで。昨日、ムルはリグレットを生徒会から除籍した」

「え!?」



 余程のことがない限りは問題児といえど、生徒会での仕事は務めとして果たさないと仰っていたのはアウムル王太子殿下ご本人。その殿下が王女殿下の除籍を言い渡すのはつまり……。



「王女殿下の問題行動が原因でしょうか?」

「ああ……。陛下の寵愛深い愛人とその娘ってことで、かなり横暴に振る舞ってる。昔から」

「ロードクロサイト様は……」

「それ……家名じゃなくていい……名前でいい。……長いだろう」



 リ……リアン様を名前で……?

 長いと言われればそうだけど、エーデルシュタインも長い部類に入る。

 心の中で呼んでいた名前を声に発する……急激に顔の体温が集中して熱い。

 視線を感じたのでチラリと見上げれば、青水晶の瞳が伺うように私を見下ろしていた。リアン様の名前を呼ぶ、ただそれだけなのに恥ずかしさでどうにかなっちゃいそう……。



「リ…………リア……ン様は……王女殿下や王太子殿下と……親しかったですよね……」



 よ……良かった……言えた。



「……ムルとは幼馴染だ。王妃殿下は母上の妹だから、昔から王太子の遊び相手として王宮に連れて行かれた」



 ロードクロサイト公爵夫人と王妃殿下は元侯爵家出身。生家の名はノーラント。そう、アクアリーナ様の家です。アクアリーナ様は王妃殿下の姪という立場にあります。

 アウムル王太子殿下とリアン様が遊んでいる途中でリグレット王女殿下が割り込むようになったのが10歳の頃。



「ずっと離宮で愛人と暮らしていたが、王女の存在を周囲に認めさせたい陛下がリグレットを俺とムルがいる時に王宮へ出したんだ。その頃から、愛人と2人して使用人虐めが激しかったから、ムルには初めから嫌われていた」

「あの、私にそのような話をしていいのですか……?」



 ついさっき、名前呼びを所望され達成したばかりの私とリアン様では、元々の関係性から王太子殿下と王女殿下の仲の話を聞かされる深さはない。



「……リグレットが俺に拘るのは後ろ盾欲しさだよ。俺自身はどうも思っていない」

「……」



 それって……さっき、王女殿下がリアン様の婚約者だと嘘を放ったのを私がまだ誤解してると思われてる? 『予知夢』の件があり、彼がエルミナを好いているのは知っている。私はチクリと胸の痛みを感じながらも、伺うように見てくるリアン様に笑んだ。

 顔は真っ赤でも。



「王女殿下とリアン様の間に何もないのは、先程のアレで伝わりました」

「……そうか」

「リアン様に好きな方がいらっしゃるのなら、早い内に婚約の打診をされるのは如何……」



 言葉は最後まで紡げなかった。呆然とショックを合わさった相貌が私を無言で見下ろすから……。



「……のか……どういうことだ……」

「……?」



 呆然としたまま何事かを零されるも、声が小さくて聞き取れない。私はまずい発言をしてしまった? 


 悶々と考えても浮かばない。リアン様を見上げ直しても青水晶の瞳に翳りがあり、視線が合わない。この光景を誰かに見られたら、それが女子生徒だったら……大変だ。

 リアン様、と言いかけた時。リアン様は私を一瞥すると早足で行ってしまった。



「……」



 1人残された私はリアン様を見ているだけしかなかった。


 あの後、教室に行くがリアン様はいなかった。授業開始前には戻られたが雰囲気が違う。顔を見られなくて私は前を向けない。

 今日初めてまともに会話をした私なんかが婚約の問題に口出しをしたのが原因だったのだろう。デリケートな話題を迂闊に出した私の責任だ。

 ちゃんと謝らないと。

 でも、何時謝れば……。


 お昼は王太子殿下と食べられ、放課後は生徒会で忙しくする王太子殿下の手伝いをしているリアン様。彼にこっそりと接触するタイミングが全くない……。

「フィオーレ」溜め息を吐くと前の席に座るアウテリート様に心配された。



「どうしたの? さっきから、ずっと溜め息を吐いてばかり」

「いえ……ちょっと考え事を……」

「そう? あたしで良ければ、相談くらいは乗れるわよ」

「大丈夫です。大したことじゃないですから」



 無理に笑って誤魔化した。全然大したことなんかじゃない。十分大したことだ。私個人としたら。


 昼休憩は1人になった。

 心配されたが私の気持ちを汲んでアウテリート様は、必要以上に言及してこなかった。彼女の優しさに感謝しつつ、1人教室を出ようとした。



「!」



 まただ……新学期が始まってから感じるあの視線が。

 チラリと教室内を見ても、やっぱり誰も私を見ていない。

 本当に何なのだろう……。



「あ……」



 リアン様がアウテリート様に話しかけてる……。



「……」



 私は行く宛てもなく廊下を歩いた。羨ましい……気も張らず、リアン様と話せるアウテリート様が。

 いくら考えてもリアン様の気を損ねた原因が全然見つからない。

 沈んだ気持ちのままでは、屋敷に戻ってお父様にエルミナを生徒会に勧める話も言えない。

 どうにかして気持ちを元に戻したい。


 そうなるとまずは何か食べないと。

 普段はアウテリート様、2人で行く食堂へ1人で赴いた。此処は毎日人が多い。特に昼休憩時は。

 手軽なパンと飲み物を買おう。


 列の最後尾に並んだのはいいけれど……長い……。1つでもパンを買えるといいけど。


 漸く私の番になった。幸運にもコルネットが1つ余っていた。

 コルネットとホットミルクの入ったマグカップを受け取り、庭園へ向かった。マグカップは後から食堂へ返せば持ち運び自由。

 人があまり来ない奥へ行こうとしたら、朝以来聞いてない声に呼ばれて肩が跳ねた。ホットミルクを零さなくて良かった……。



「……リアン様……?」



 彼、リアン様は普段通りの眠たそうな表情で私を見下ろす。青水晶の瞳から翳りは消えていた。



「1人なのだろう? 俺とおいで。外より、中で食べた方が安全だ」

「あの……でも……」



 リアン様は私の返事を待たず、行ってしまう。無視をして庭園へも行けない、かと言って格上の公爵令息であるリアン様の誘いも断れない。

 行くしかない……。

 私は少し先で待っていてくれたリアン様に付いて行った。

 外より、中で食べると安全という意味がよく分からない。天気は快晴。雨の降る気配はないのに。


 ……この時の私は、自分のこととリアン様のことで頭が一杯で遠くの方から、私を睨み付けるリグレット王女殿下の視線に気付けなかった。





リアン君……




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