閑話 ソフィア視点(4)
今日は朝も更新しているので、まだの方はそちらからどうぞ。
ソフィアちゃん視点です。
足元がぐらりと揺らぐような心地がしました。
では、わたくしは?
わたくしが信じてきたものは?
投げ捨てられた側のわたくしは、どうすればいいの?
今までの人生で抱いたことのないような、激しい感情が胸の内を暴れまわります。
とても一言では言い表せません。
何で、どうして、どうすれば。
ひどい、苦しい、悲しい、腹立たしい。
言いたいことはたくさんあるのに、言葉が出てきません。
握り締めた手を震わせることしか出来ないわたくしを見て、ジャンさんが遠慮がちに言いました。
「取り乱すのは貴族らしくないってことだったんで。これは、庶民の『お友達』としての提案なんすけど」
そこで、ジャンさんは一度言葉を切ります。
そしてにやりと口の端を上げて、笑いました。
「庶民はそういうとき、『ふざけんな』って言うんすよ」
「ふ、ふざけ……」
思わず口元を手で覆いました。
今まで言ったこともない、汚い言葉です。
ですが、彼の提案したその言葉は、わたくしの気持ちをすべて表すようなものに思えました。
手を降ろして、息を吸い込みます。
「ふ、ふざけんな、ですわ!」
ぎゅっと目を瞑って、意を決して声に出しました。
何故でしょう。妙にすかっとしたような。
気分が不思議と高揚しています。
まだまだ言い足りない、と、そう感じました。
先ほどよりも、大きく息を吸い込みます。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなー!!」
思いっきり大声で叫んだわたくしに、ジャンさんが目を丸くしていました。
叫んだ勢いのまま、ぐるりとジャンさんの方を振り向きます。
「他には!?」
「え?」
「庶民の方は、こういうとき、他にどうなさるの!?」
しばらくきょとんとした顔でわたくしを見つめていたジャンさんが、ふっと噴き出しました。
「……じゃ、庶民のやり方、教えてあげるっす」
◇ ◇ ◇
「ルーカス様!」
「な、なに?」
教室に戻ると、ルーカス様たちも魔法学の授業から戻っていらしたところでした。
ああ、そうですわ。授業を休んでしまいました。
今更ながらに、その罪悪感が仄かに胸を過ぎります。後できちんと、先生に謝っておかないといけません。
揺らぎかけた気持ちを引き戻して、目の前に立つルーカス様を見上げました。
「お、お顔を貸してくださいまし!」
「顔? えーと、こう?」
ルーカス様が身体を屈めて、わたくしに顔を近づけます。
あまりに美しいご尊顔に、一瞬決意が揺らぎました。
いいえ、いいえ、いけません。
わたくしが前を向いて進むためには……これしか、ないのです。
小さく深呼吸して、そして。
ばっちいいいいん!
「ありがとうございますッ!」
ものすごく大きな音がしました。
わたくしの方がびっくりしてしまうくらいです。
だって、他人様の頬を手で叩くなんて、初めての経験ですもの。
手のひらがぶつかったときの音に紛れて、何かお礼を言われたような気がしますが……気のせいかしら。
わたくしは自分の左手を胸の前で抱き締めて、くるりとルーカス様に背を向けました。
「こ、このくらいで勘弁して差し上げます!」
ルーカス様の頬を張った手のひらが、じんじんと熱を持っていました。
それ以上に、カッカした頬が熱く感じます。
ちらりと振り向けば、ルーカス様は私を見下ろしていました。
叩かれた頬が、手の形に赤くなってしまっています。ですがルーカス様は、ふわりと微笑んでいました。
「うん。ほんと、ごめんね」
やさしい瞳を向けられて、ぎゅっと胸を締め付けられます。わたくしはつんと顔を背けました。
このままだとまた、涙が零れてしまうかもしれませんから。
ああ、本当に、ルーカス様はもう……戻るおつもりがないのね。
「ありがとう、ソフィアちゃん」
今度こそ、ルーカス様はわたくしにお礼を言いました。
ぽつりとわたくしだけに届くようなその小さな呟きで、わたくしのほのかな恋心と重苦しい義務は、驚くほどあっけなく、終わったのでした。




