閑話 ソフィア視点(2)
ルーカスの隣の席の女の子、ソフィア視点の続きです。
「あ、」
「おっと」
少しぼんやりして歩いていたところで、角を曲がってきた現れた方と危うくぶつかりそうになりました。
その方は急ブレーキでわたくしとの衝突を避け、一歩後ろに下がります。
正面からその姿を捉えて、気が付きました。
アカリさんのお友達の……確か、そう、ジャンさんです。
ジャンさんもわたくしが誰か気づいたようで、そっと頭を下げました。
「失礼しました」
「い、いえ」
わたくしの言葉に顔を上げると、もう用事は済んだとでも言うように、そのまま歩いていこうとするジャンさん。
わたくしは咄嗟に、彼を呼び止めました。
「あ、あなた!」
こちらを振り向いたジャンさんが、怪訝そうに眉根を寄せました。
突然呼び止めたわたくしがいけないかもしれませんけれど……そんな顔をなさらなくてもいいのに。
ルーカス様とは大違い……と思って、ふと、この春以降のルーカス様を基準にしてしまっていることに気付きました。
それより前のルーカス様だったら、もっと冷ややかな反応をされていてもおかしくありませんもの。
ジャンさんが首を傾げ、私の顔を見下ろします。
呼び止めてしまったのですから、もう、後戻りはできません。
わたくしは頭に浮かんだアイデアを、彼に提案する決心をしました。
「……何すか? オレに、何か?」
「あなた、……わたくしと協力しませんこと?」
わたくしは緊張で裏返りそうな声を押さえつけて、出来るだけ平静を装いながら、続けます。
「あなた、あのアカリさんとかいう子のことが好きなのでしょう?」
ジャンさんは何も答えませんでした。
その瞳が、わずかに細められたような気がします。
「あなたはわたくしとルーカス様がうまくいくように協力する。その代わりにわたくしは、あなたがあのアカリさんとうまくいくように協力して差し上げます」
クラスメイトとはいえ庶民とこんなふうに話をするなんて……あまつさえ、協力を申し込むなんて。
少し前のわたくしだったら、考え付かなかったことでした。
いえ、たとえ考えたとしても、実行になど移さなかったでしょう。
ですが、今は。
脳裏に、アカリさんに笑いかけるルーカス様のお姿が浮かびます。
ルーカス様がなさるなら、わたくしだって。
「悪い話ではないでしょう?」
「……オレは」
「庶民は庶民同士、貴族は貴族同士。本来あるべき姿ですわ。庶民ならともかく、わたくしたち貴族にとって、恋愛や結婚は本人だけのことではありませんもの」
庶民であるジャンさんには分からないかもしれませんけれど……貴族とはそういうものなのです。
わたくしはずっと、ルーカス様と結婚して……我が伯爵家に利益をもたらすために。そう言い聞かせられてきました。
それが当たり前で……そして貴族として生まれたわたくしの、運命なのです。
「祝福されない結婚なんて、誰も幸せになりませんわ」
「…………勘違いしてるみたいっすけど」
わたくしの言葉に、ジャンさんがゆるゆると首を振りました。
「オレは、アカリのことはそういうふうには見てないっす。たしかに幼なじみっすけど、妹みたいなもので」
「いいえ、そんなはずがありません」
即座に否定いたしました。
ジャンさんが少し刺々しい言葉で、言い返します。
「どうしてアンタにそんなことが分かるんすか?」
「恋をしているかどうかなんて、見たら分かりますもの」
だってわたくしも……ずっと、ルーカス様を見てきたのですから。
そう答えたわたくしに、ジャンさんはぐっと口を噤みました。
「……ルーカスは、オレが協力したところでどうにかなる奴じゃないっすよ」
しばらくわたくしの顔を見つめていたジャンさんが、ふぅとため息を吐きました。
「オレもあいつが何を考えてるのか、全っっっ然、分かんないんすから」
「それでも」
わたくしは、スカートの前で揃えた手を握ります。
こんなことをしても、何も変わらないのかもしれません。
けれど……だからといって、「何もしなくていい」のではないと思うのです。
「わたくしはルーカス様の妻になるために、これまで過ごしてきたのです。たとえどんなことでも……わたくしに出来ることを、諦めたくありません」
わたくしは、ジャンさんに向かって頭を下げました。
「お願いいたします。協力してくださいまし」
「ちょっ、やめてください! ……あー、もう」
ジャンさんがわたくしに一歩近づいてきました。
「分かったっすよ。だから早く頭上げてください。こんなとこ誰かに見られたらほんとにヤバいんで」
慌てた様子で言われて、わたくしは顔を上げました。
たしかに他の方が見たら、何事かと驚かれるかもしれません。
ジャンさんが頭を掻きながら、またため息を吐きます。
「できる範囲で協力するっす。……その代わり、アカリに危害を加えるようなことはナシっすよ」
「分かっていますわ」
彼の言葉に、頷きます。
協力するしないは別にして、誰かに危害を加えるような行いは、いたしませんけれど。
「……はぁ。みんな、あいつのどこがそんなにいいんすかねぇ」
「ジャンさんは、ルーカス様のことがお嫌い?」
言ってしまってから、それはそうかもしれない、と思い直しました。
だって恋敵ですもの。好きになれなくて当然ですわ。
ですが、彼は困ったように笑って、首を振りました。
その笑顔は、何故でしょう。
少しだけ……嬉しそうに見えました。
「どーにも嫌いになれないから、困ってるんすよねぇ」




