引きこもり計画の為に
「ここにいたのですね」
「む? フィーラ。お疲れ様のじゃ」
「ふふ。はい。お疲れ様です。ミア」
ここは、ミアの誕生日パーティーの会場から少し離れた校舎の屋上。少し遠目に見える会場の窓の向こう側で楽しむ生徒たちの様子を見乍ら、ミアは夜風に当たっていた。
そんな時にネモフィラが現れたものだから少し驚いたけれど、同時に相手がルニィでない事に安心する。何故安心? と思うかもしれないけど、これには浅い理由がある。
「サンビタリアお姉様とルニィが主役が消えたと言って怒っていましたよ」
「う……っ。あ、後で謝るのじゃ」
「いえ。その必要はございません。ルニィの魔装でミアの位置は知られています。わたくしにここを教えてくれたのはルニィです」
(逆に怖いのじゃが?)
冷や汗を流して無言になるミアだけど、心配する必要は無いだろう。ネモフィラが侍従を連れずにここに現れたのは、会場を抜け出したミアをお咎めするつもりが無いからだ。
もしミアを叱るのであれば、ネモフィラの侍従やルニィたちも一緒に来ている。勿論ミアを捕まえる為に総動員するからで、それが無いのだから別に不安になる必要が無いのだ。とは言え、ミアは不安を拭える事が出来ない。普段の行いが悪いが為に、ルニィママのお叱りを何度も受けた結果である。
そんなミアの不安をよそに、ネモフィラは隣に座った。
「ここから会場の中を見ていたのですか?」
「うむ。皆が祝ってくれるのは嬉しいのじゃが、少しばかり疲れてしまったのじゃ」
「やっぱりそうだったのですね。ルニィもミアが疲れているかもしれないと仰っていました」
「そうなのじゃ?」
「はい……あ。そうでした。実は、先程お渡ししたお祝いの品の他に、お渡ししたい物があるのです」
「ふむ?」
ミアが首を傾げると、ネモフィラはドレスのスカートの中から“しおり”を取り出した。
どうしてそんな所にそんな物をとミアは驚き、目を丸くする。すると、ネモフィラは可笑しそうに笑みを零した。
「物を隠すなら、ここが便利だとルーサが教えてくれたのです」
(ルーサめ。何かとフィーラに変な影響ばかり与えておる気がするのじゃ……)
ここにはいない友人に文句を言ってやりたくなったけれど、一先ずそれは置いておく。それよりも今はネモフィラが取り出した“しおり”が気になった。
「その“しおり”がワシに渡そうとしておる物なのじゃ?」
「はい。ミアは図書館で本を読むのが好きなので、あると便利だと思ったのです」
「確かにじゃ。言われてみれば持って無かったのう。ありがとうなのじゃ……おお。ネモフィラの花が押し花になっていて可愛いのじゃ。大切にするのじゃ」
ミアが本当に嬉しそうに受け取ると、ネモフィラも喜び微笑んだ。
でも、直ぐに少し悲しそうな顔になる。その顔に何かあったのかとミアも眉尻を下げると、ネモフィラは夜空を見上げた。
「サンビタリアお姉様がチェラズスフロウレスに学校を建てようとしている事を知っていますよね?」
「うむ。その為に教育実習生として天翼学園で勉強していたのじゃ」
「はい。実は、天翼学園の春休みが明けるのと同じ時期に、サンビタリアお姉様が創設する学校が開校されるのです」
「おおお! 遂になのじゃ!? ……って、むむ? 結構お目出度い話だと思うのじゃが、フィーラは浮かない顔をしておるのう。何か問題でも起きたのじゃ?」
「……わたくしはその学校の一期生として、入学する事になったのです。だから、ミアとはもう……一緒に通えないのです」
ネモフィラが悲しんでいる理由が分かって、ミアもショックを受け――なかった。こんなにもネモフィラが悲しんでいると言うのに、ミアは気にした様子も無く「ふむ」と頷いて言葉を続ける。
「それならワシも一緒に一期生になるとするかのう」
「……え?」
「因みにサンビタリアさんの学校は何年生まであるのじゃ?」
「え? あ。はい。えと、天翼学園と同じで四年制の制度と伺っています」
「と言うと、七歳で入学じゃから、四年後で卒業する頃には十一歳じゃろ……。そうなると……おお。卒業する年に天翼学園に入学出来るのじゃ」
「え? え? あ。本当です」
「なら、四年後にまた一緒に天翼学園に通えるのう」
「は、はあ…………」
悲しんでいたのに、特に何でも無いかのようにミアが話し、どんどんと話が進んでいく。ネモフィラは悲しむ事も忘れ、それどころか突然の事に驚いて頭が真っ白になり、最後には気の無い返事しか出来なかった。でも、徐々に頭が回転していって言われた事の意味を理解しだすと、悲しんでいた事が嘘のように元気が湧いてくる。もう一緒に学園には通えないと思っていたのに、チェラズスフロウレスの学校と天翼学園の両方で、ミアと学園生活を送る事が出来るのだと思うとワクワクが止まらなかった。
「そうと決まれば早速サンビタリアさんと学園長に交渉しに行くのじゃ!」
「はい! 行きましょう!」
ミアとネモフィラは立ち上がると手を繋ぎ、善は急げと走り出した。
二人は笑い合い、チェラズスフロウレスの学校はどんな所だろうと話して会話が弾む。だけど、ネモフィラは一つ心配になってしまった。
「でも、本当に良いのですか? 学園にいれば聖女としてでは無く、一人の生徒として扱って頂けます。チェラズスフロウレスの学校ではどうなるのか、まだ分かりません」
ネモフィラの心配も当然と言える。天翼学園では聖女であろうと平等だ。例え生徒たちがミアを特別扱いしようとも、天翼会の者たちは他の者と同じように接してくれていた。でも、チェラズスフロウレスの学校で同じ扱いを受けれるとは限らない。
ミアは注目されるのを嫌い、将来の夢は引きこもる事。そんな彼女がチェラズスフロウレスの学校生活を堪えられるのか心配だった。
しかし、相手はミア。心配無用である。
「ワシは聖女では無いのじゃ」
「っ」
「と言うか、これは将来の為の布石なのじゃ。天翼学園以外の公共の場で、どれだけ平凡な生活が出来るかお試しするチャンスなのじゃ」
「お、お試し……ですか?」
「うむ。将来いざ“引きこもり計画”を実行した時に、何の経験も無く失敗してしまうかもしれぬじゃろう? じゃが、ここであらゆる不慮の出来事を経験しておく事で、それを引きこもる時に活かす事が出来る筈じゃ」
はい。そんなわけで、いつも通りの将来の“引きこもり計画”の為の努力を惜しまないミアである。
「ふふふ。それなら、将来の為に頑張らないとですね」
「うむ。夢の“引きこもり計画”の為にも、絶対にこの戦いには負けられ無いのじゃ」
何と戦っているのか分からないけれど、とにかくその顔は真剣だ。本当にこのアホ。じゃなくて聖女、変な所で真面目だった。
『TS転生のじゃロリじじい聖女の引きこもり計画』完結
~ あとがき ~
最後まで読んで下さった皆様へ感謝を。
本当に今までありがとうございました。
皆様のおかげで長い間続ける事が出来ました。
結局引きこもり計画はどうなったんだと言う終わり方でしたけど、著者的には書きたかった事は全部書けて満足しています。
それから1000話以内には終わらせたいと思っていたので、999話でギリギリセーフでした。
そう思うと本当に長かったですね。
お読み頂いた皆様のおかげで続けてこれたので感謝しかないです。
今後の予定を少しだけ。
次回作は既に色々と考えていたのですが、暫らくは休憩かなと思っています。
と言うのも、実は今作品の後日談的なものも書けたら良いなと思っていて、需要があるかどうかは分かりませんが気が向いたら書こうかなと考えています。
ただ、ここで一旦お話はお終いですし、本当に書くかどうかも謎なので完結とさせて頂きました。
長々としたあとがきになってしまいましたが、これにて終了します。
数ある作品の中からこの作品を選んで頂き、最後までお読み頂きありがとうございました。
それではまたの機会があればお会いしましょう。




