帰ってきた日常
ネモフィラを迎えに行き、パーティー会場へと向かう途中。ミアの計画の一つが頓挫する。
「もう一人の“聖女”……なのじゃ…………?」
「はい。ミアと一緒に魔法を使った映像が流れていたので、わたくしも二人目の“聖女”と言われているそうです」
「…………」
「ふふふ。わたくしが聖女だなんてお恥ずかしいですが、ミアとお揃いで嬉しいです」
「………………」
“引きこもり計画”とは別のもう一つの計画“聖女擦り付け計画”は、まるで即落ち二コマのようなスピードで幕を閉じた。お揃いで嬉しいと話す友を相手に、聖女の立場を誰かに擦り付けようとしているなんて、とてもじゃないが言えるわけも無いのだから。
ミアは記憶喪失の間に聖女として振る舞っていた過去の自分を呪っていた。過去に戻れるならあの頃の自分をグーパンチしたいと思っている。でも、自分とお揃いで嬉しいと喜ぶネモフィラを、グーパンチで黙らせるなんて出来る筈が無い。
最早自分に残された道は受け入れるのみ。ミアは白目になり口角を引きつらせ、認めたくないけれど聖女の肩書きだけは受け入れる事にした。と言っても、譲れないものはある。真剣な面持ちになり、一大決心の如く口を開く。
「ワシは将来ひきこもりたいのじゃ」
「え……? ああ。いつも日記に書いていましたね」
「うむ……うむ? 書いておったのじゃ?」
「はい」
「…………」
ミア的には秘密を明かした気分だったのだけど、残念乍らネモフィラは交換日記で知っていた。その事にミアは驚き、そして、思い出す。
「あああああああ! 忘れておったのじゃ! 記憶を失ってから交換日記をしていないのじゃあ!」
思い出して叫ぶと、顔が真っ青になった。仕方が無いとは言え、ネモフィラと始めた交換日記をすっかりと忘れていて、今更その事を思い出したのだ。
ミアは慌ててネモフィラの前に飛び出して足を止め、顔の前で手を合わせて「すまぬのじゃ」と謝罪する。すると、ネモフィラは目をパチクリとさせて、クスリと笑みを浮かべた。
「謝る必要はございません。ミアは記憶を無くしていたのですよ」
「しかし、それでも酷い事をしておったのは変わらぬのじゃ」
「酷くなんて無いです。それに、交換日記の事はミアに話さないでほしいと、わたくしから頼んだのです。記憶を失っているミアに出来るだけ負担をかけさせたくなかったのです」
「フィーラ……」
ほろりと涙を浮かべて、ネモフィラの優しさが心に沁みる。なんて良い友達を持ったのだと、ネモフィラに感謝した。
「そう言う事なら、早速今日から再開するのじゃ」
「やったあ。っあ。実は、交換は出来ませんでしたが、ミアが記憶を失っていた時の事も日記を書いていたのです。それを読んでくれませんか?」
「おお。勿論じゃ。パーティーが終わったら見せて貰って良いのじゃ?」
「はい。是非」
二人で一緒に笑い合う。
お喋りし乍ら歩く事が、こんなに幸せな事だなんてとネモフィラは感じていた。当たり前の日常が戻ってきた事が、ネモフィラにはとても嬉しいのだ。ネモフィラが嬉しくてミアの手を握ると、ミアも握り返して二人で仲良く手を繋ぐ。
記憶を無くしていた時のミアは車椅子で生活をしていて、手を繋いで歩くなんて出来なかった。だから、そんな仲の良い二人の後ろ姿を見て、侍従たちは本当に良かったと感動で少しだけ目に涙を浮かべた。漸く、幸せな日常が帰ってきたのだ。
ミアの誕生日をお祝いするパーティー会場へと到着すると、その美しさにミアは目を丸くする。会場はそこ等中が綺麗な花で飾られていて、中でも魔道具で彩られたイルミネーションがとても綺麗で、ミアは思わず目を輝かせた。
「ようこそ。ミア。誕生日おめでとう」
そう言って出迎えてくれたのはジェンティーレだ。彼女も珍しく着飾っていて、いつものラフな雰囲気では無く、何やら気合が入っている。そんな姿にミアが可笑しそうに笑うと、ジェンティーレは照れくさそうに微笑んだ。
そして、直ぐに誕生日パーティが開催された。色鮮やかな豪華で美味しい料理を頂き、皆から沢山のお祝いがされ、ミアも大満足だ。家族や友人たちから誕生日プレゼントを貰った時は、心から記憶が戻って良かったと感じて幸せな気持ちになった。
(今日はトレジャートーナメントの決勝戦もあって大変な一日じゃったが、とても良い誕生日になったのじゃ)




