聖女、おめかし中に良からぬ事を考える
「ほおほお。フリールの祖母は記憶を取り戻したのじゃのう」
「はい。ルニィから通信が入って王木に向かう途中で、ミア様が放った白金の光を浴びたヒノ様が記憶を取り戻しました。ミア様のおかげで孫の顔が見えたと、感謝していましたよ。パーティの際には是非お礼をと言っていました」
「別に気にせんで良えのじゃが……」
トレジャートーナメントの決勝戦が終わった日の夜。ミアは現在侍従たちの手によって着替え中。今日はミアの誕生日なので、優勝のお祝いも兼ねてパーティーに向かう準備をしていた。と言っても、着替えも含めて準備なんて侍従たちが殆どやってしまうので、ミアは暇を持て余している。
そんなわけで暇潰しを兼ねて、ヒルグラッセからフリールの祖母ヒノの話を聞いていた所だ。
「フリールもお礼を言いたいと言っていましたけど、今回の件で色々と忙しくて来れないみたいですねえ」
クリマーテがミアに乳液を塗り乍ら告げると、ドレスを着付けしてくれていたクリアとムルムルが少し不満気味な顔になる。
「ミアお嬢様が庇ったとは言え、私はあの人が許せません」
「昔酷い目に合っても、やって良い事と悪い事がありますよ」
「まあまあ。それは本人の今後次第と言う事で、見守ってあげてほしいのじゃ」
「「……はい」」
ミアに諭され、ショボンとなるクリアとムルムル。そんな二人に苦笑して、ブラキが「そう言えば」と話しを変える。
「ミアお嬢様って両足も普通に動くようになりましたけど、何でなんですか?」
ブラキの質問にはこの場にいる全員が「確かに」と同意する。今更ではあるけれど、今朝まで両足が動かなくなっていたミア。なんなら決勝戦の間に腕も動かなくなって、更には視覚や聴覚まで失っていたと言うのに、今ではこうして自由に動かせるし視覚も聴覚も全然ある。疑問に思うのも無理はないだろう。
でも、意外と答えは簡単なものだった。
「五つの宝とフィーラのおかげじゃのう」
「と言いますと?」
「五つの宝にフィーラの魔法が合わさると、聖魔法に掛かる負荷を和らげて癒す効果があった様なのじゃ。元々そう言う風に作られておったみたいじゃのう」
「そう言う事ですか。納得です」
五つの宝は前世の記憶を持つ天翼会の会長が、聖女を失った悲しみから作った魔道具だ。だから、そう言った便利機能が備わっていても何もおかしくは無い。
ミアが答えると、ブラキたちは直ぐに納得した。と、そこで、ミアはふと思い出す。
「あ。思い出したのじゃ。決勝戦が世界中で生中継されておったと聞いたのじゃが、あれは本当の事なのじゃ……?」
「はい。サンビタリア殿下の魔装で映像を流していました。映像を見て最後まで抗い続けた人も多いと聞いています。ミアお嬢様のおかげです」
「…………」
ルニィがどこか誇らし気に答えたけれど、ミアの顔は真っ青になった。しかし、それもその筈だろう。
(記憶を失っておる間に聖女と公表されてしまっておっただけでも最悪なのに、その上更に世界中で晒されたとか最悪を通り越して地獄なのじゃあ!)
はい。いつものです。
記憶を取り戻した事によって、いつもの調子に戻ったミアは、やっぱり自分が聖女だとは認めていない。記憶を失ってからはあんなにも聖女様と言われて笑みを振りまいていたのに、もうその面影は一切残っていないのである。
今のミアは聖女と認めたくない前世八十まで生きたお爺ちゃん。将来の夢は“ひきこもり”だった。
(ど、どうにかして聖女を誰かに擦り付けて、ワシが偽物だったと言う事にするのじゃ。やはりここはチェリッシュじゃろうか……)
などと迷惑な事を考えていたミアだけれど、ここで有益な情報を手に入れる。
「映像と言えば、ミアお嬢様と一緒に世界を救ったとして、ネモフィラ様の人気も高まっているそうですよ」
「なんじゃと…………っ!?」
ミアの脳裏に電流が走る。そして、恐ろしい事を考えてしまった。
(ふぃ、フィーラこそが実は聖女だったと言えば、皆が信じるのではないか……?)
おい、こら。我が身可愛さに一番の親友を売ろうと考えるなんて、本当にこのアホ。じゃなくて聖女、最低過ぎた。とは言え、流石にそこは冷静になる。
(い、いかんいかん。フィーラを聖女地獄に陥れるなんて出来ぬのじゃ)
聖女地獄って何だよ。って感じのミア。一応は思い止まったようだ。まあ、そうでなくては人としてどうかと性格を疑いたくなる所なので、本当に思い止まってくれて良かっただろう。
さて、何はともあれお話はここまでだ。妄想をしている間にミアの準備が整い、会場へ行く時間だ。ミアはルニィたちにお礼を言って、一先ず聖女云々で考えるのは後にしようと思い、気持ちを切り替える事にした。
「フィーラを迎えに行くのじゃ」
(聖女擦り付け計画の件は後で考えるのじゃ)
今回のパーティーの主役はミアだけれど、それはそれとして、ミアはいつも通りにネモフィラを迎えに部屋を出る。そして、“聖女擦り付け計画”と言うわけの分からないアホな計画が、ミアの中で始まった。




