本気でご立腹な聖女様
ミアが目を覚ますと周囲が歓声に包まれる。誰もが本当に良かったと喜び合う。しかし、皆が喜び合う中で、自分の思い通りに事を運ぼうと考える者が現れた。
「流石は聖女様とその配下達だ! 私は感動したよ!」
そう言って目を覚ましたばかりのミアに近づいたのはウドロークだった。彼は大蛇になっていたけれど、ミアとネモフィラの活躍で元の姿に戻っていたのだ。
ウドロークが現れると周囲の空気も一変して緊張が走り、ミアとウドロークの二人に注目した。そして、ウドロークはミアに跪き、視線をフリールへと向けて彼女を睨んだ。
「聖女様。ラーンを裁く権利を私めにお与えください。あの女は精霊王国の王である私を罠に嵌め、巨大な蛇の魔従に変えて世界を滅ぼそうとした元凶でございます」
「……ふむ」
少し間を置いてミアが呟くと、ウドロークはニヤリと笑みを浮かべ、嬉々として言葉を続ける。
「運良く私は巨大な蛇にされていた時の記憶がございます。しかし、記憶があるだけで自分の意思で動く事が出来ませんでした。それがどれ程に辛かった事か……っ。ですが! 聖女様もご存知の通り、例え私の意思が無いものだったとは言え、その罪はあまりにも重い! だからこそその罪を償う為に、そしてケジメを付ける為にも、あの元凶の女を自らの手で葬る必要があるのです!」
「あ奴はお主の娘じゃろう?」
「いいえ! あんな穢れた子供など、例え血が繋がっていようと娘ではございません! 汚らわしい忌み子です! 産まれてくるべきでなかった憎むべき罪人です! ラーンは今この場で処刑するのが得策と言えましょう!」
「成る程のう。お主の言い分は分かったのじゃ」
最後には力強く演説し、ミアが成る程と頷いて、“勝った”とウドロークは勝利を実感した。
己の本性が大勢に見られてしまった結果になったけれど、ラーンに操られる日々も終わるのであれば仕方が無い。これで晴れて自由の身になり、鬱陶しいラーンも聖女のお墨付きで始末出来る。ここから悲劇の王を演じ続けて同情を買い、慈悲を受けて聖女を完全に味方につける事も可能だろうと喜び空を仰いだ。
そして、期待に満ちた目で再びミアと目をかち合わせ、ウドロークの笑みは凍り付く。何故なら、ミアの目が呆れるようなジト目だったからだ。
「ワシは聖女では無いのじゃ。ところで、お主の言うラーンとは誰の事じゃ?」
「……は?」
ラーンが誰かと言う質問に、ウドロークだけでなくこの場にいた全員が凍りつく。またミアが記憶喪失になってしまったのかと心配になり、ネモフィラの目にも涙が溢れてきた。
「ま、またまたご冗談を……っ。あの女です! あの女がラーン! 貴女も先程認めたではございませんか! あの女こそが全ての元凶! ラーンです!」
ウドロークがラーンに指をさして彼女を思いきり睨みつけた。しかし、ミアは首を傾げて言葉を続ける。
「おかしな事を言うのう。あ奴は確かにお主の娘じゃが、名はフリールじゃ。ラーンはワシが成敗したのじゃ。あ奴とは全く何も関係無いのじゃがのう」
「はあ……っ!?」
「のう? フィーラ。あ奴はフリールで間違いないであろう?」
「ふふ。はい。仰る通りですね。あちらの方はフリール様です」
「はああ!?」
ミアがまた記憶を失った? いいや。そうじゃない。
とぼけるように話すミアに気付いたネモフィラはそれに乗っかり、一緒になってとぼけて見せる。すると、ウドロークは二人の会話に怒りを覚え、今度はミアを睨みつけた。
「ふざけるのも大概にしろ! 奴は私を利用し、世界を滅ぼそうとした女だぞ! 殺すべき大罪人だ! そのくらい分かるだろう!」
「何もふざけてはおらぬ。それに、ワシもお主に一つ言いたい事が出来たのじゃ」
「言いたい事……? いい加減にしろ! そんなもの後にしろ! まずはあの女を殺して――――」
「それはこっちのセリフじゃ! 自分の子を散々苦しめて最後には殺すじゃと!? ふざけるのも大概にするのじゃあ!!」
「――っぁが!?」
それは、ネモフィラを……いいや。周囲の者たちを驚愕させる出来事だった。
ミアは普段、ミミミピストルを他者の額に撃ちこんだりするけれど、気絶しても無傷が基本で傷だって付かない。ミミミハリセンだって叩いても傷は残らず、実際のところ痛みも無い。余程の事が無いかぎり、殴ったり蹴ったり等の直接的な暴力を振るう行為はしなかった。
だけど、今回は違う。その右手は白金の光に包まれ、ウドロークの左頬を思いっきり殴ったのだ。しかも、それは一命を取り留めたばかりの弱りきった体でとは言え、今のミアの全力の一撃。
回復なんて優しいものは一切ない。ウドロークは殴り飛ばされ吹っ飛んだ先で転がると、そのまま湖へと落ちていった。
「スッキリしたのじゃ」
ばたっ。と音を立て、ミアはうつ伏せに倒れる。折角助けてもらったと言うのに、更に力を使ってしまったから体力も魔力も残っていないのだ。でも、その顔はとても爽やかで、湖に沈んでいったウドロークに“ざまあみろ”とでも言いたげだ。
そんなミアにネモフィラが心配そうに駆け寄って、その顔を見てホッと胸を撫で下ろした。
「もう。あまり心配させないで下さいね。ミア」
「す、すまぬのじゃ」
本気で心配してくれていると分かるから、ミアは気まずそうに返事を返す。ネモフィラはそんなミアの体を優しく起こすと、それを待っていたかのように試合終了の鐘が鳴る。
『そこまでえ! 勝者は宝を全て集めた我等が聖女様率いる春の国! 未曾有の異変から世界を救ったチェラズスフロウレス! だあああああ!!』
メリコの声が響き渡り、モニター越しに結末を見ていた世界中が歓喜する。
ミアとネモフィラは顔を見合わせて笑みを浮かべて、世界の命運を賭けた決勝戦は、こうして幕を閉じるのだった。
さて、最早どうでもいい話だが、ウドロークが救出されたのは暫らくして後一秒でも遅れれば溺死すると言うタイミング。そして彼が助けられた理由はミアを殺人犯にしない為。ミアが殺人犯になってしまう事を阻止するべく、慌てて周囲が救出に向かっただけである。
(そのまま放置でも良かったんじゃがのう)
そんな事をミアが心の中で考えているなんて、誰も知る由は無いだろう。




