力の返還
世界が救われ、聖女を失う。繰り返される悲劇。古の聖女も同じ運命を辿り、人々を救って死に至った。結局何も変わらなかったのだ。そして、その結末を選んだの者も、昔も今と変わらない。古の聖女が自分を犠牲にしたように、ミアも自分を犠牲にしたのだから。
五つの宝は聖女の為に作られ、その本当の力を隠していた。それさえあれば他者が聖女に力を与えられ、聖女はその力を使って自身への負担を減らす事が出来るのだ。しかし、ミアはその選択を取らなかった。ミアはネモフィラが同じように身を削って魔法を使ってくれていると知っていたからだ。
それに五つの宝を使ったからこそ分かった誤算があった。それは五つの宝の力で集めた魔力では、単純に魔力量が足りなかったと言う事。この世界を救う為の魔力量には程遠く、ミアの持つ莫大な魔力量をカバーするには少なすぎた。皆の想い、その力は、確かに助かりはした。助かりはしたのだけど、ただただ足りなかった。
だから、ミアは全てをネモフィラや世界中の人々の為だけに使い続けた。今世の記憶が甦ったからこそ、大切な友人たちがいるこの世界を護りたかったのだ。
ネモフィラの体を癒し、彼女のサポートに助けられながらも、持てる全ての魔力を使って世界を包み込んで癒していった。悟られないように辛いのを踊って隠して笑みを見せ、そうして全ての魔力を使いきったのだ。この世界では魔力が無くなれば死に至ると知っていたのに。
「嫌です。ミア……っ! 目を……目を開けて下さい……っ」
ネモフィラの目から溢れた涙は頬を伝い、ミアの頬に落ちて流れていく。掠れた声で必死に話しかけて答えを求め続けても、決して答えは返ってこない。少しづつ冷えていくミアの体温に恐怖が止まらなくて、腕の中で眠る大切な友達を失いたくなくて必死で温めようとして抱きしめた。
そんな事をしても意味が無いのは分かっていた。それでもこんな結末は受け止めきれない。ネモフィラは嫌だ嫌だとミアを強く抱きしめて、名前を呼び続けた。
「私のせいで……っ。ごめんなさい……ごめんなさい…………っ」
ボソリと聞こえた懺悔の声。それはフリールの口から零れたものだった。
でも、それをした所でミアは目を覚まさない。その言葉がユーリィの逆鱗に触れ、彼女はフリールを睨んで近づいた。
「今更! 今更そん――」
「こちらです! ヒルグラッセ!」
「急げ急げえ!」
「ルニィ! クリマーテ! 道案内助かった! チコリー! クリア! ムルムル! 急ぐぞ!」
「「はい!」」
「――っ」
ユーリィがフリールに近づき、彼女を叩こうとした時だ。ルニィとクリマーテが大声を上げて、その直後にヒルグラッセが慌てた様子で現れ、チコリーとクリアとムルムルが続いて現れる。四人の登場にユーリィも気を取られて、フリールに向かって振り上げた手を止めて注目すると、彼女たちはミアの許へと集まっていった。
「ネモフィラ様! ミア様をお借りします!」
「ヒルグラッセ……?」
ヒルグラッセはミアを抱きかかえて、優しく地面へと降ろした。そして、チコリーとクリアとムルムルがミアを囲んで屈み、両手でミアの体に触れる。すると、今度はルニィとクリマーテとブラキも近づき、侍従全員でミアを囲った。
「ミアお嬢様。今こそ借りていた力をお返しします!」
「ミアお嬢様を絶対に死なせません!」
「私達、ご主人様にお返しがまだまだ全然出来てないんですからねー!」
チコリー、クリア、ムルムル、三人の手が薄っすらと白金の光に包まれる。それは、ミアが三人を奴隷にした時に与えた聖女の加護。三人がミアから授かった“聖隷”の力だ。
三人の手が白金の光に包まれると、ルニィとクリマーテとヒルグラッセとブラキが両手をミアに向けて目を閉じた。
「クリマーテ。ヒルグラッセ。ブラキ。私達がチコリーとクリアとムルムルを支えるのよ」
「もっちろんですよう!」
「任せろ」
「頑張ります!」
ルニィとクリマーテとヒルグラッセとブラキの魔力が具現化し、それ等がミアが装着していた“クラウン”と“マント”に流れていく。
「今ここに隷属の契約を解除し、聖女の加護を返還する」
ルニィが告げ、直後にチコリーとクリアとムルムルの両手を包んでいた白金の光が広がっていき、ミアの全身を包み込んだ。それは、かつてミアが三人と交わした隷属契約の破棄を意味するもの。そして、三人が持つ聖隷の力、聖女の加護や聖女の魔力の返還。
ルニィたちの行動を見て、その意味に気がついたネモフィラは涙を拭う。泣いてなんていられない。何も出来ない見るだけの自分は卒業したのだ。ミアの隣に立つ為に、今まで努力してきたのだから。だから、ネモフィラは立ち上がって春風魔法を発動し、その風でミアやルニィたち全員を包み込んだ。
(ミア! お願いします! 死なないで下さい!)
願いを魔法に込め、それを中心にして枝垂桜とネモフィラの花びらが周囲を舞った。
「…………」
それは、不思議で神秘的な光景だった。
ネモフィラとミアが装着していた宝が光り輝き、その直後にミアの体から白金の光の柱が立ち上り、とどまる所を知らずに空をどこまでも突き抜けた。優しい温もりを感じさせる風が花びらを載せて舞い上がり、女神の水浴び場で幻想的に光る花が咲き乱れる。花は光を空へと放ち、それは空高くへと昇っていく。
そして、時間の経過と共にゆっくりと白金の光が消えていって風が止んだ時、奇跡が起こった。
「ふぁあ……。よく寝たのじゃ」
お決まりのセリフを口にして、聖女ミアが目を覚ます。さっきまで息をしていなかったと言うのに、その顔はムカつくくらいに寝起きな能天気顔である。
「ミアアアアアア!」
「っのじゃあ!?」
ネモフィラがミアに抱き付き、思いきり抱きしめる。ミアは突然の出来事でクエスチョンマークを頭に浮かべ首を傾げて、数秒後に更に上からクリアやムルムルやブラキ等から追加で抱きしめられた。
「な、なんじゃなんじゃ!? 何事じゃ!? って、あれ? ワシ、確か魔力を使いきって……? ふむ? なんで生きておるのじゃ?」
漸く自分の置かれた状況に気がつくとは、本当にこのアホ。じゃなくて聖女、皆を心配させて、全くもって相変わらずダメダメな聖女様だ。




