再会の奇跡
白金の光が世界を照らし、春の暖かな風を彷彿とさせる風が人々の肌を優しく撫で、それを追うように光で構成された桜の花びらが舞い踊る。幻花森林の女神の水浴び場で、ミアとネモフィラは楽しそうに踊っていた。
そして、気を失っていたラーンは目を覚まし、自身から魔従の力が消えている事に気がついた。
「何でよ……何でよ…………。私は……っ」
悔しくて涙が止まらない。パパと慕う神王モークスの予知は当たったのに、それなのに全部無駄に終わった。憎くて憎くて許せない者も生き残り、結局は失ったものばかりになってしまった。完全に敗北したのだ。悔しくてたまらない。顔は自然と俯いて、涙が溢れ出してくる。それもまた悔しくて必死に腕で拭い続けるけど、それでも次々と涙が溢れた。
「お嬢……」
ラーンの側に立ち、ジャッカは何もしてあげられなかった自分が許せなかった。今だってラーンの為に何かしてあげる事も出来ず、悔しさだけが心に残る。でも、そんな時だった。
「フリール」
不意に聞こえた声。それはラーンの本当の名前を優しく呼び、ラーンはその声に驚いて顔を上げた。
すると、その目に映ったのは、死んだ母親カトレアの姿。カトレアの体は薄っすらとしていて透けて見えていたけれど、確かにラーン……いいや。フリールの目の前に立っていたのだ。
「お母さん……?」
「随分と大きくなったわね。フリール。私はこんな姿になってしまったけれど、大好きな貴女に会えて嬉しいわ」
「っお母さん!」
フリールは涙を流してカトレアに抱き付いた。カトレアはフリールを抱きしめて、彼女の頭を優しく撫でる。
「お母さん! お母さん!」
「ごめんねえ。フリール。駄目なお母さんで」
「そんな事無い! 私こそごめんなさい! 私がもっと頑張ってたら、お母さんは死ななかったかもしれないのに!」
「自分を責めないで。フリール。貴女のおかげで私は幸せだったのよ。お母さんね、貴女を残して死んでしまった事が後悔だったの。でも、こうして貴女が大きくなった姿を見れて、お母さんは安心したのよ」
「お母さん……っ」
カトレアはフリールの涙を指で拭って笑みを見せる。すると、フリールもそれに釣られて笑みを見せた。だけど、二人の再会の時は早くも終わりを迎えようとしていた。カトレアの体が更に透け始め、足のつま先から光の粒子となって消え始めたのだ。
フリールはそれに気がついて焦り、懇願するような目でカトレアを見た。でも、カトレアは笑みを崩さない。フリールに優し気な笑みを見せ、もう一度優しく頭を撫でる。
「もう思い残す事は何も無いわ。フリール。元気でいてね」
「そんな……っ。嫌! 行かないで! 消えないで! お母さん!」
「出来る事なら貴女を側でずっと見守っていたいけれど、これは聖女様が下さった奇跡だもの」
「え……っ?」
カトレアがミアに視線を向け、フリールも釣られて視線を向ける。
ミアはネモフィラと一緒に楽しそうに踊っているだけに見えるけれど、今のフリールなら分かってしまった。さっきまではあんなにも憎かったのに、その憎んだ相手、ミアから流れてくる優しい光が母親を形作っていた事に。この奇跡はミアが自分に与えてくれたもので、彼女は自分の命を削って母親に会わせてくれたのだ。
「私は……っ」
一番憎くて仕方なかった相手は、一番大切なものをプレゼントしてくれた。絶対にもう会えない筈の大好きな母親に会わせてくれて、そう思うと感謝で再び涙が溢れ出した。
そして、涙を流すフリールを、カトレアが優しく抱きしめる。
「フリール。お母さんは貴女の幸せをずっと願っているわ。幸せになってね」
「うん。うん。ありがとう。お母さん……」
フリールの言葉を聞くと、カトレアは笑みを零し、光の粒子となって消えていった。
そして、それと同時に世界を覆っていた白金の光も四散して、風が止み光の花びらも消えていく。フリールは涙を流していたけれど、心はとても晴れやかだった。ミアに感謝し、今までの自分の行いに後悔した。でも、だからこそミアに謝罪とお礼を伝え、罪を償おうと思い目を向けた。
しかし――
「ミア! 目を開けて下さい! ミア! なんで! どうしてですか!? 宝があればミアの負担を減らす事が出来るのでは無かったのですか!? これではあんまりではありませんか! ミア! お願いです! 目を開けて下さい! お願いします!」
――ミアは力を使い果たし、ネモフィラの腕の中でぐったりと横たわっていた。
ネモフィラの必死の叫びだけが虚しく響き渡り、誰も彼女の言葉に答える事が出来ない。この場にいる全員が、この受け入れられない現実に絶望した。




