“パパ”
「ちくしょ――」
ケレムの息の根を止めようと、背中から心臓のある部分に手を当てたラーン。しかし、彼女はそこから先の事が何も出来なかった。
「――う?」
「……っ」
何も出来ない。何故かはラーンにも分からない。何かされたのか? いいや。何もされていない……筈。そう思う程に何も起きていない。
それにケレム自身も一瞬だけど不思議そうな顔でラーンと目を合わせた。だからこそラーンは何も分からない。何故か何も出来ず、その事に驚くラーンへとケレムが体を向けた。
「お嬢!」
ケレムがラーンの心臓を狙って爪を突き出し、ジャッカが手を伸ばすも間に合わない。ラーンも動揺で動きが鈍り、ケレムの攻撃を防ぐ事も避ける事も出来なかった。
しかし、その時だ。ケレムが突き出した爪に何かが当たり、彼の爪はその何かによって折られて失敗に終わる。そして、突然の邪魔にケレムが警戒を強めてラーンから距離を取ろうとすると、頭上から降って来た何かに頭を叩かれて、そのあまりの威力に顔から地面に叩きつけられた。
「この大馬鹿者があ!」
「「――ッミア!?」」
頭上から降って来た何かとはミアだった。ミアがミミミをつっこみモードのハリセンでケレムの頭を叩いて現れたのだ。
これにはこの場にいた全員が驚き、ネモフィラとラーンもミアの名前を呼び声が重なった。そして、更に上空から兎船車が降りてきて、ネモフィラの側に着陸する。そこにはルニィやクリマーテだけでなく、サンビタリアとブラキとメイクーにメリコとプラネスまで乗っていた。
「お、お姉様……? どうしてここに?」
「王木から映像を映していたのだけど、結構大変だったのよ。だから、どうせ貴女達の活躍を映すなら、直接行った方が良いと思っただけよ」
「やはり現場で実況するのが一番ですからね」
「私は安全な場所からの方が良いのだけど」
「…………」
サンビタリアの説明の後にメリコとプラネスが続けて話すと、ネモフィラは目を丸くして驚いた。
幻花森林で起きている事は空の映像モニターで映し出されている事は知っている。でも、まさかこんな危険な場所に来るとは思っていなかったのだ。
しかし、ネモフィラの驚きは直後に聞こえたミアの声で吹き飛ばされる。
「お主もじゃ! ラーン! 素直になるのじゃ!」
ネモフィラはミアの声に視線を向け、今度は顔を真っ青にさせた。
何故なら、ミアが背中から白金の翼を広げた状態で、倒れたケレムの背中に腰を下ろしていたからだ。それはつまり、ミアがあれだけ皆で禁止にしていた聖魔法を使ってしまっていると言う事。ネモフィラはミアとシャインの事をユーリィから聞いているし、二人が契約していた事もラーンによって解除された事も知っている。だから、ミアが自分の魔力で魔法を使っていると分かるのだ。
このままでは大変な事になる。ネモフィラがそう思ってミアの許に駆け出そうとすると、それはメイクーが「ネモフィラ様」と声をかけて止めた。
メイクーはそれ以上は何も言わずに首を横に振っただけだったけれど、ネモフィラはそれで十分に理解する。そして、ネモフィラは真剣な面持ちでミアとラーンへ視線を向けた。
「素直……? それはどう言う意味かしら? それよりもそこを退いて下さる? その男を今直ぐに殺したいの」
「本当にそれで良いのじゃ?」
ミアは退かなかった。ミミミを魔法補助モードのうさぎの姿へと変えさせて、膝の上に乗せて撫で乍ら質問した。その声はとても柔らかく、優しい声だった。
だけど、ラーンは眉尻を吊り上げて、怒気を孕んだ声で答える。
「当然でしょう。その男はお母さんを苦しめたのよ。生きている価値の無い男だわ。今直ぐここで殺すべきよ」
「でも、お主の思い出の中にあるこの男は、いつもお主に優しい笑みを見せておった“パパ”だったのじゃ」
「っ!?」
“パパ”と聞いた直後にラーンの目が見開き、ミアが顔を上げて二人の目がかち合い、ミアは優しく微笑むでもなく真剣な面持ちを見せた。すると、ラーンの顔はみるみると怒りで変化していき、今まで見せた事も無いような怒りの感情を見せてミアを睨みつけた。
「貴女に……貴女に何が分かるのよ!」




