神王の予知
まるで導かれるようにネモフィラやチェラズスフロウレスの生徒たちが目指す女神の水浴び場。そこでは鳥籠に入った精霊神アンジュが湖の中心で浮かべられ、それを少し離れた位置からラーンが静かに眺めていた。アンジュはラーンを睨んでいる。
そして、ラーンの力で今この場には魔従の気配が一切無く、世界中で魔従が暴れているのが嘘のように、その影すら無い。全く危険とは思えない程に、静かで平和な時が流れていた。暫らくそんな時間が続いていた後に、メリコが女神の水浴び場に近づくなと言う警告を出し、それを聞いたアンジュが口を開いた。
「貴女も女神様を召喚して加護を得るつもりなの? 残念だけど、女神様が貴女に加護を与える事は無いわ」
「あら。私がそんな事を考えているように見えるのかしら?」
「ふん」
「私は女神になんて興味が無いわ。例え召喚出来たとしても、加護なんて受け取れるわけがないと始めから分かっているしね」
「ふうん。頭の悪い奴等のボスの癖に、意外と理解してるみたいね」
「ボス? ふふふ。そんなものでは無いわよ。あの人達は全員利用しているだけ。お互いにね。私の仲間はジャガーとカレハの二人だけよ」
ラーンが相変わらずの演技染みた笑みで告げるので、アンジュはそれが冗談なのか本気なのか分からず顔を顰める。すると、ラーンがウドロークが沈んでいった湖の中へと視線を向けて言葉を続ける。
「人類が“未曾有の異変”によって危機に立たされる時、女神の水浴び場から王木を蝕む大蛇が現れて、世界の混沌は急激に速まるだろう」
「……何を……言ってるの?」
「私のパパが予知した未来よ。これから起こる未来の……ね」
「大蛇……そんな蛇なんてここにはいな……っあ」
「ふふ。生物は死ねば閻邪の粒子で魔従と化す。それは人も変わらないわ」
「貴女は! 君はそれを知って精霊王を殺して沈めたの!?」
「沈んだのは偶然よ。あの男の騎士は湖に沈まずに畔で魔従になったでしょう? 私が選んでそうしたわけでは無いわ」
「それでも! それでも知っていて殺したのは変わらない!」
「そうね。でも、別に良いじゃない。あの男がそうならなくても、パパの予知は当たるのだもの。他の誰かがそうなるだけよ」
ラーンは演技染みた笑みを見せ、アンジュは鳥籠の檻を掴んで彼女を睨む。しかし、ラーンは話は終わったと言わんばかりに視線を逸らし、森の中へと目を向けた。
「そう言うわけだから、そんな所で隠れて見ていないで逃げた方が良いのではない? 王女様」
「っ!」
アンジュはラーンの言葉に驚いて、その視線の先へと自らも視線を向けた。すると、その先の草むらからネモフィラとルーサとハッカ、それからユーリィとクッキーとベギュアとラティノが姿を現した。それに、クッキーの背中には、ユーリィの魔装でクルクルと巻かれて寝ているシャインの姿もある。
アンジュは彼女たちの姿を見ると更に驚いて目を丸くして、言葉を失ってしまった。
「わたくし達がいる事に気がついていたのですね。ラーン」
「貴女の自慢のツインテールが見えていたもの。直ぐに分かったわ」
「えっ」
まさかの原因にネモフィラが顔を赤くさせたけれど、ラーンは気にせず言葉を続ける。
「それよりも今の私の話を聞いていたでしょう? もう少し経てば、あの男が大蛇の魔従になって暴れるわよ。早く逃げた方が良いのではないかしら?」
「何処へ逃げても変わりません。それよりも精霊神様を返して頂きます」
「ふふ。物騒ねえ。戦うのがお好みなの? でも、残念ね。邪魔者が来たみたい」
「邪魔者……?」
邪魔者と言葉を繰り返してネモフィラが首を傾げる。するとその時だ。
「ラーン! 見つけたぞお!」
魔従となったケレムが勢いよく現れた。そしてその背後には彼を追うジャッカの姿がある。ジャッカはここに来るまでに何度か攻撃を受けていたようで、全身の至る所に傷を負っていた。
「ケレム=ナイトスター! お嬢に近づくな!」
「ハハハハハハ! それは無理な話だ! 最早最強となった俺様を止められると思うなよ!」
ジャッカが剣を振るって斬撃を飛ばし、それをケレムが腕を払って軽々とかき消す。そして、勢いそのままにラーンへと接近した。
「貴様は俺様にとって邪魔な存在だ! 死ね! ラーン!」
ケレムが鋭く爪を伸ばしてラーンに向かって腕を振るい、ラーンはそれを簡単に避けて背後に回る。更にはケレムの息の根を止めようと心臓のある部分に手を当て、そして――




