聖女様の為に
“未曾有の異変”は世界中を混乱させていた。
大切な家族や恋人が目の前で魔従化し、殺され、命を落とした者も魔従化して化け物になる。メリコが提案した放送のおかげで希望を持つ者も多くいたけれど、それでも時間が経過すればする程に効果は薄れていき絶望の連鎖が世界を包む。共に戦った仲間が魔従化して絶望する者もいれば、魔従化した仲間を攻撃出来ずに殺される者もいる。中には魔従化を死ぬわけでは無いのならと受け入れる者も現れ、一人、また一人と魔従へと姿を変えていった。それにどうせ魔従になるならと自らそれを受け入れて、今まで自分を苦しめていた相手に復讐を考える者も少なからずいた。この異変は人類の新たなステージだと頭を狂わせ、人であり乍ら逃げ惑う人々を殺して魔従化させる異常者も現れ、狂気の中で魔従化して人を襲い続けた。
そして、この地獄と化した世界の中心となった幻花森林では、まるでここだけ違う世界なのだと思わせるような事が起こっていた。
「あった! あったよ皆ああ! “ネックレス”があった!」
「しぃっ。声が大きい。また怪物に気付かれちゃうでしょうっ?」
「っご、ごめん」
「はあ。本当ポポは……。でもよくやったわね」
「うんうん。偉い偉い」
「さっきも怪物に止めを刺したし絶好調ね」
「へへへ。じゃあ、これを直ぐにネモフィラ殿下の許に届けましょう」
ここは幻花森林のとある場所。彼女たちはチェラズスフロウレスに所属する生徒で、以前ハッカと共闘していたポポたちだ。そして、世界が“未曾有の異変”の発生でとんでもない事になっていると言うのに、“宝”の一つを探していたのである。
しかし、実はそれは彼女たちだけでは無い。メリコが試合続行を宣言した時に、チェラズスフロウレスの生徒の多くが“宝”を見つけようと探し出していたのだ。こんな時に“宝”なんて探している場合では無いのに、それでも殆どの生徒がそれを続けたのは、実は単純な理由がある。その単純な理由と言うのは、彼女たちが平和な国で育ったと言う如何にもな平和ボケした理由だ。
平和な国で育った彼女たちは、自分の身に危険が起きる万が一の想像が出来ないのである。いや。正確には想像しても、自分たちには聖女様がついているから大丈夫だろうと軽く見ていると言った方が良いかもしれない。聖女の存在が平和ボケした考えを加速させ、危険な状況下でも大丈夫と思わせる要因になっているわけだ。
だから、まだ奇跡的に魔従と出くわしていない生徒や、どうにかなっている生徒は率先して“宝”を探していた。それにもう一つ、こんな状況下でも“宝”を探す理由が彼女たちにはある。
『ここで皆さんに緊急のご報告です。女神の水浴び場は危険度が非常に高い為、絶対に近づかないようにお願いします。繰り返します。女神の――』
「え? 女神の水浴び場って確か宝がある場所では無かったかしら?」
「そうね。危険と言う事は、怪物が沢山いるのではない?」
「でも、そうなると“宝”はどうなるの? 聖女様がそこにもあると仰っていたけど、まだ回収して無いのかしら?」
メリコの緊急連絡が入り、ポポたちは首を傾げた。正直“宝”の心配をしている場合ではないけれど、彼女たちにとってそれは何よりも重要な事なのである。何故なら――
「それなら様子だけでも見に行ってみましょう」
「え? 流石に危険では無い?」
「でも、今日は聖女様のお誕生日ですのよ。ネモフィラ殿下が聖女様の為に優勝しようと仰っていたのを忘れたの?」
「そうよね。せっかく試合が続行になったのに、怖気づいて勝機を逃がしたら悔やんでも悔やみきれないわよね」
「ええ。それにあくまでも様子を見るだけ。本当に危険だと思ったら、直ぐに逃げれば大丈夫よ」
大丈夫なわけないのだけれど、この場にいる全員がその言葉に同意して頷いた。そう。彼女たちが“宝”を探しているのは、ミアの誕生日に優勝をプレゼントする為だった。だからこそ、こんな危険な状況下でも“宝”を探し、必ず優勝しようと前に進んでいるのだ。
これはメリコやプラネスたちも予想出来なかった事であり、まさか試合続行が彼女たちに“宝”を探しをさせる理由になってしまったとは微塵も思っていないだろう。とは言え、おかげでチェラズスフロウレスの生徒は他の国の生徒と違って、驚く程に魔従化した人数が少ない。聖女の下で戦う自分たちこそが主役だと言わんばかりに、その感情が戦う力を与え、誰もが成果を上げているのだ。
「さあ。行くわよ。聖女様の為に優勝を私達の手で勝ち取るのよ!」
「「おおっ!」」
「皆声が大きいってえっ」
「「あ。ごめん」」
人類が滅亡するかどうかの瀬戸際に何とも呑気な彼女たち。彼女たちを止める者は誰もいない。
でも、運命とは不思議なものだ。彼女たちだけでは無い。今この幻花森林で“宝”を手に入れたチェラズスフロウレスの生徒たち全員が、女神の水浴び場へと向かって移動を始めていた。ミアの誕生日をトレジャートーナメント優勝の美で飾る為に。




