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幻花森林沿いの決闘 後編

 僅かに残っている自身の魔力で石ころを生成して足場を作り、上空のカレハに斬撃を浴びせて地面に叩きつけたヒルグラッセだったけれど、その顔は険しく真剣なものだった。

 まだ戦いは終わっていない。彼女の顔はそう告げている。ヒルグラッセは自身も彼女の側に着地して、振動の剣の切っ先を彼女の首元にピタリと付けた。


「どうにも困ったな。手応えは確かにあった。けど、その鱗に傷をつけるのは難しそうだ。まさか私の斬撃を防いでしまうなんて……」


 驚く事に、ヒルグラッセの告げた通りの結果だった。

 カレハ自身もそれは予想外だったようで、先程浴びた斬撃の傷は浅く、殆ど傷がついていない。地面に叩きつけられたのだって、それは斬れなかったからで、斬撃では無く打撃を浴びたような状況だ。斬れなかったが為に衝撃がその結果を生み、今もこうして止めを刺せていない結果に終わっている。

 しかし、カレハ自身もその結果には驚いていた。鱗の無い生身の首元に振動の剣を向けられ乍らも、自分が無事である事実に頭の思考が追いついていない。でも、彼女だって馬鹿では無い。自分の状況を理解している。

 鱗の無い生身の部分に剣を向けられている今、これ以上の抵抗は無駄だろう。カレハは勝てないと悟って直ぐにその目を鋭くして、ヒルグラッセを睨みつけた。


「どうしたの? 早く殺せば良いのでは?」 

「魔従を従えていた方法を教えろ。それが可能であれば戦闘を止められる可能性がある」


 まだ二人の周囲では戦いが終わっていない。ここでカレハに止めを刺すのは簡単だけれど、それをしてしまうわけにもいかないのだ。エルフの戦士たちは魔従を相手に戦っていて、途切れる事の無いその終わりの無い戦いで、消耗激しく疲れを見せている。彼女を今直ぐ殺したとして、魔従が戦意を失って逃げていくとは思えなかった。こうして彼女を追い詰めた今も、魔従はこちらを気にせずエルフたちを襲っているのだから。

 だからこそ、これ以上の戦いは危険で、今直ぐにでも戦いを終わらせる必要がある。その一番の方法が、魔従を従えていたカレハに聞き出す事だった。


「いいわ。教えてあげる。とても簡単な事よ。自分自身が魔従の上位になれば良い。私のようにね」

「……戦いの最中にそれはだいたい予想がついていた。でも、やはりそれではその手段は使えないな」

「聖女の騎士ともあろうお方が、その程度の弱い意志しか持ち合わせていないのね」


 カレハは挑発するように笑みを浮かべた。でも、ヒルグラッセはその程度では動じない。ただ表情の無い顔を向け、これ以上は話す事が無いだろうと止めを刺そうと手に力を込めた。しかし、それをする前に何故かカレハの目が見開かれ、ヒルグラッセは手に込めたばかりの力を抜く。


「カトレア様……っ」


 カトレア? とヒルグラッセは意味が分からずいぶかしむ。

 突然出た聞いた事も無い名前。カトレアと言う名前の花はあるけれど、状況からして誰かの名前を口にしたような印象を受けた。まさかカレハの仲間が来たのかと考えて、警戒し乍ら彼女の視線の先に目を向ければ、そこに立っていたのは国長の息子フェルドとその妻ヒノだった。

 しかし、何が起きているのか分からない。カレハは遂には涙を流し、明らかな動揺を見せていた。


「そんな筈……カトレア様は死んで……っ」


 涙を流し、すっかりと戦意を亡くしたカレハは、まるで別人のようだった。しかも、彼女が涙を流した途端に、魔従たちが動きを止めていったのだ。ヒルグラッセは今のカレハに剣を向ける気にはなれず、喉元に突き立てていた魔装ウェポンを納めて、どうしたものかとカレハを見た。


「ドープルイト様。この方は……?」

「彼女はカレハ。さっきまで魔従を操って私達を襲っていたのだけど……」


 フェルドの質問に答え乍らヒルグラッセはヒノへと視線を移し、目を合わせると複雑な表情を見せて言葉を続ける。


「どうやらヒノ様の事を誰かと勘違いしているらしい。彼女を見た途端にこの通りだ」

「私と……?」

「ドープルイト様。もしかして、彼女はヒノの過去を知っているのかもしれません」

「過去……?」

「実は、彼女は……ヒノは十数年前に倒れていた所を、私が見つけて保護した女性だったのです」

「はい。私は主人に会う前の記憶が無く、主人に見つけられる前に何か事件に巻き込まれていたようで、お腹を刺されて倒れていたそうです」

「そ、それでは……っ」


 ヒルグラッセはもう一度カレハに視線を向ける。しかし、今の話を聞いてかカレハの涙は止まっていた。そしてその目は見開かれていて、直ぐに笑みを見せた。


「ああ。そうだったのですね。貴女が……貴女がカトレア様の………そしてフリール様のお婆様だったのですね。良かった。本当に……生きていて下さって本当に良かった」


 カレハは再び泣いた。彼女にはもう戦意は微塵も無い。ただただ良かったと泣き続ける。終わりの見えなかった戦いは、一先ずの終わりを見せた。

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