大根役者の狙い
ここはミアとラーンが戦いを繰り広げている未曾有の異変の発生地点。二人の戦いは五分五分……とは言えないものだった。
「ぬおおお! あっぶないのじゃあ!」
「ふふふ。流石の聖女様も車椅子じゃ碌な動きが出来ないみたいねえ」
ラーンから闇の魔弾が放たれて、それをミアがギリギリで躱す。ミアも負けじとミミミピストルで弾丸を発砲しようとしても、それはラーンの猛攻の速さに出来ずにいた。
ラーンが言うように、ミアは車椅子で動いている。それは魔力を流しての事だけれど、やはり自分の足で動くのとは違い、どうしても小回りは出来ないしで動き辛さは拭えない。正直ラーンの攻撃を躱す事が出来ているのが不思議なくらいで、本当に戦闘に向いている状態では無かった。
そして、攻撃を躱せているのは、ラーンが遊んでいると言うのも理由にあった。ラーンは胸元にはめ込んだ魔従の卵の力を使い、魔法を使っている。そしてそれは予想した通りに神王の魔力を含んでいて、彼女の持つ魔従の卵には神王が封印されているのだと分かる物だった。それが意味するのは、聖魔法が使えない今のミアでは到底太刀打ち出来ないと言うもの。ミアが躱すなり防ぐなりをギリギリ出来る範囲で、ラーンは攻撃をしているのだ。
(ほ、本気で不味いのじゃ。マレーリア先生とニリンも魔従に手こずっておるし、どうにかせねばならぬのじゃ。と言うか、何故ラーンは手加減しておるのじゃ?)
ラーンが手加減している事には気がついていた。でも、その理由が分からない。何かの時間稼ぎなのかとも思うけれど、時間稼ぎをした先の結果に何があるのかが見えてこない。未曾有の異変を止める邪魔をする為かもとも考えたけれど、それならさっさと自分を始末してしまえばいい。本当に起こす気があるなら、そうした方が確実なのだから。
でも、それをしない。かと言って、それを言って、言われてみればそうだと本気を出されたら最悪である。それもあって直接ラーンに聞こうとも思えなかった。しかし、その機会は意外な程に呆気なく訪れる。
「そろそろかしら?」
「む?」
ラーンが攻撃の手を止めて呟き、閻邪の粒子を放つ穴へと視線を向ける。その様子に訝しみ、ミアも釣られて穴に視線を向けると、先程まで大量に放出されていた閻邪の粒子がピタリと止まっていた。
「止まった……のじゃ?」
「ええ。今、世界中でここと同じ事が起きているわ。その合図よ」
「っなんじゃと!?」
世界中で同じ事。つまり、世界中の大地から未曾有の異変で発生する閻邪の粒子が湧き出ているのだ。閻邪の粒子は人だけに止まらず、生物や植物や鉱物までもを魔従に変えてしまう。それは世界中でパニックが起こる事を意味していて、世界の崩壊の始まりだ。
「もう止められないわ。世界が新しい世界へと創りかえられるの。聖女にだって止められないわ」
「斯くなる上はっ! ミミミ、リミッター解除じゃ!」
もう自分の体がなんて言っている場合じゃない。ミアは聖魔法を使おうと、ミミミの魔力制御を解除する。そして、ミアが聖魔法を解放しようとしたその時だ。
「貴女なら、そうすると思っていたわ。ミア」
ラーンが演技の無い笑みを見せ、ミアに向かって魔従の卵を向けた。
「それはっ!? 他にも持っておったのか!?」
「ええ! そうよ! しかもこれは聖女魔女化計画の為に作った魔従の卵の試作段階に出来た欠陥品よ!」
ラーンがミアに向けたそれは、彼女が胸元にはめ込んだ魔従の卵の試作品。欠陥のある魔従の卵だった。ラーンはそれを使う機会を窺っていて、ミアが聖魔法を解放する瞬間を狙っていたのだ。
「欠陥の一つとして、聖魔法を使っている間にしか効果を出せなかったの。だから、貴女が聖魔法を使うまで待つ必要があったのよ」
「それが手加減しておった理由じゃったか!」
「ふふふ。おかげで憎たらしい貴女をいたぶれて随分と楽しかったけどねえ。でも、それももうお終い。これで貴女をこの中に閉じ込める事が出来るわ! 喜びなさい! 貴女は死ぬ事は無いわ! でも、生憎この試作品の中はとても苦しいの。封印された者は死ぬ事無く永遠に苦しみ続ける! 自己犠牲が大好きな貴女にはとてもお似合いでしょう!?」
ミアは聖魔法の力で逃れようとしたけれど遅かった。聖魔法発動と同時に魔従の卵が怪しげな黒紫色の闇を放出し、それがミアの全身を包み込んだ。
「ふふふふふ。さあ! 今こそ“聖女魔女化計画”実行の時よ!」




