実況者達の戦い 前編
未曾有の異変のきっけかとなった閻邪の粒子には、厄介な特徴がある。
それは魔力が高い者と低い者で見える世界が違うと言うもの。魔力の高い者にしか見えない閻邪の粒子は、魔力の低い者には見えず、彼等へと忍び寄る。閻邪の粒子は魔力の低い者や弱った者に吸い寄せられる性質を持ち、吸収してしまった者は一定数を超える量を取り入れると魔従化する。しかも、魔力が低い者は何処にそれがあるのかも分からないので、魔力の高い者と違って近寄らないと言う事が出来ないのだ。
魔力の高い者であれば避けて通れるそれを、低い者は分からないので避けれない。その差は非常に大きく厄介で、何も知らない者たちを次々と魔従にしていった。
そして、それはここ観戦会場でも起きている。
「また!? また生徒が魔従化しましたよ!? ジャスミン先生! 何とか出来ないんですか!?」
「何とかしたいけど出来ないの。ミユちゃんも力を使えなくなっちゃってぐったりしちゃったし、私は精霊さん達の加護の力で魔法を使ってたから、私自身は魔力が全然ないの。私の魔装はパンケーキを作る為のただのフライパンだし……」
「フライパン……」
観戦会場の実況席周辺にてメリコが頭を抱え、ジャスミンが音の精霊神ミユを抱きかかえ乍ら、観戦席の様子を見て慌てている。その直ぐ側にはプラネスが机の下に潜り込んで身を隠していた。
そして、この場にはナイトスター公爵であるケレムの姿は無い。彼は幻花森林を覆うどす黒い雲が発生すると、いよいよだと言ってここから去って行ったのだ。
ケレムが去ると直ぐに大地から閻邪の粒子が湧き出て、この観戦会場も同じように床を貫通して周囲に舞った。その後は最悪なもので、まずは生徒等を襲った傭兵たちが魔従となり暴れ出し、生徒たちが魔従化した彼等と戦いだした。
しかし、魔法を奪われた事に気が付かずにやられてしまい、倒れた直後に魔従化した生徒まで現れてしまう。事態は最悪な状況へとなっていき、そんな中でも不幸中の幸いがあるとすれば、魔力を使う魔道具が全て無効化された事だ。おかげで生徒たちを助けようと天翼会の者や護衛たちが観戦会場に入る事が出来て、こうしてジャスミンも檻から脱出する事が出来たのである。
まあ、出られたからと言って、何かが出来るわけでは無いらしいけども。
「とにかく気をしっかり持ってね! 閻邪の粒子は負の感情を餌にしてるの。ニーフェちゃんの時がそうだったから」
「そう言えばそんな事件もありましたね。って、プラネス様? 何をなさっているので?」
「見て分からない? 閻邪の粒子を避けているのよ」
「え!? 見えるんですか!?」
「ええ」
「ええ。て。何当たり前。みたいな顔で言ってるんですか! 凄い事ですよ! 流石はプラネス様!」
「煩いわね」
どうやらプラネスは持ち前の魔力が高いらしい。床から昇る閻邪の粒子を、机の下に隠れ乍ら器用に避けていたのだ。その姿はちょっと奇妙な動きだったのでメリコが気になったわけだけど、とにかくこれは凄いと言わざるを得ない。
そして、その事実がメリコに妙案を浮かばせた。
「そうだ! プラネス様! ジャスミン先生! これはチャンスです!」
「え? チャンス……?」
「頭でも打ったの? それとも魔従化して頭がおかしくなったのかしら?」
プラネスの言葉はとても辛辣だったけれど、メリコは気にしない。立ち上がり、握り拳を胸の位置まで上げて瞳をキラリと光らせる。
「サンビタリア殿下とジェンティーレ先生を捜して、サンビタリア殿下の魔装を強化してもらうのです!」
「は?」
「え? メリコちゃん。どう言う事?」
「プラネス様には閻邪の粒子が見えます。ですので、閻邪の粒子を気にせずに実況が出来るでは無いですか!」
「…………?」
「見えるかどうかと気になるかどうかは別の――」
「そして! サンビタリア殿下の魔装を使って、この状況を世界に伝えるのです! 今は映像機が魔力を奪われて皆さんの戦う姿を見る事が出来ませんが、サンビタリア殿下の魔装であればそれを世界中に届ける事が出来る筈です!」
声を高らかに告げたメリコは、それはもう今にも飛び出して行きそうな勢いである。しかし、それを聞いたジャスミンとプラネスは乗り気になれない。二人はメリコを呆然と見つめて、冷や汗を流すのだった。




