未曾有の異変(4)
手の平の上で闇に呑まれ、姿を見せたシャインはぐったりと横たわっていた。ミアはその姿を見て目を見開き、ラーンを睨みつける。
「シャイン先生! ラーンお主! シャイン先生に何をしたのじゃ!?」
「何って。言ったでしょう? 念の為に契約を強制的に解除したのよ。貴女の気が変わって聖魔法でも使われたら面倒だもの。当然でしょう? それに、心配しなくてもまだ死んではいないわよ。まあ、これ以上魔力を奪ったら死んじゃうかもだけど」
「ラーン……お主…………っ」
ラーンが言っている言葉は嘘じゃないだろう。シャインは気を失ってはいるけれど息はある。でも、それならば早く安全な場所に連れて行く必要があった。ここは未曾有の異変の中心。今も尚ここにある穴からは閻邪の粒子が他とは比べ物にならない程に湧き出ていて、それが魔力を奪っている。
「ユーリィとニリンはシャイン先生を連れて拠点に戻って、ネモフィラにこの事を伝えてほしいのじゃ」
「し、しかし、ミア近衛騎士嬢は……」
「ラーンを止める必要があるのじゃ。魔法がまともに使えぬ以上、ワシ以外あ奴を止められぬじゃろう? 早く行くのじゃ」
「……はい。くれぐれも気をつけて下さい」
ユーリィが頷いてシャインをミアから受けとる。しかし、ニリンは黙ったまま頷かず、ユーリィがシャインを受け取るとミアに真剣な面持ちを向けた。
「私は残ります」
「な!? 駄目じゃ! お主も魔法が使えぬのじゃぞ!」
「それは承知の上です。私はこれでも元煙獄楽園の諜報員です。魔法を封じられた時の戦闘を前提にした訓練は受けています。それに、敵はラーンだけではありません。今はまだ動きは見せていませんが、魔従が二体も彼女の側にいます」
「しかしじゃなあ」
「ニリン言う通りですね」
「マレーリア先生……?」
痛めていた左肩はもう大丈夫なのか、マレーリアがミアたちに近づいて魔従に目を向ける。
「私もニリンさんと一緒に残ります。あの子達を助けないといけないから……」
「あの子達……なのじゃ?」
「ミア様が来る少し前の事です。あそこにいる魔従は、元々学園の生徒なのです」
「なんじゃと!?」
ミアは驚き、魔従へと視線を移した。そして、言われてみて気が付いた。
木の化け物は原形の人の姿を留めてはいないけれど、蜘蛛の化け物の方は確かに何処かで見た事がある顔だ。それが分かると後は早いもので、彼女がラーンが連れ回していた女性徒の一人だと言う事が直ぐに分かった。
「魔法を封じられてしまった今、情けない事ですが私一人では魔従になった彼女達を止める事は出来ません。ですから、私とニリンで彼女達を引きつけます。ミア様はその間にラーンを止めて下さい」
「……分かったのじゃ」
「それなら私も――」
「待ちなさい。貴女は精霊様をネモフィラ様の許に避難させる大事な役目があるでしょう? ユーリィ」
「――っニリン……。そうね。分かったわ」
ユーリィとニリンが頷き合い、ユーリィは最後にミアに頭を下げると、直ぐにこの場を去って行った。ラーンは演技染みた笑みを見せているだけで止めようとせず、今まで待ってくれていたのかユーリィの姿が見えなくなると口を開いた。
「彼女。一人で行かせて大丈夫? 森の中は既に魔従で溢れていると思うけれど?」
「そんなもん周囲の状況を見れば分かるのじゃ。それに森の彼方此方に魔従らしき魔力を感じるのじゃ。対して生徒等の魔力は激減しておる事も承知じゃ」
「じゃあ、彼女を護れる者がいない事も分かるわよねえ? 使えない子は見殺しにしてしまおうって事かしら?」
可哀想。と、ラーンはユーリィを哀れんで楽し気に演技染みた笑みを浮かべた。すると、ミアも一緒になってニッコリと笑みを浮かべて、その笑みにラーンが訝しんで笑みをやめる。そんなラーンにミアはミミミピストルの銃口を向けて、真剣な面持ちを向けて言葉を続けた。
「ユーリィを甘く見るでない。あれでいて頼りになるのじゃ」
直後、ミミミピストルから炎の弾丸が放たれて、それを合図に二人の戦いが始まる。
大地から湧き出る閻邪の粒子。静かに、そしてゆっくりと空に向かって昇っていき、それは獣や鳥に付着すると体内に沁みこんでいく。そしてそれは動物だけでなく、ミアとユーリィが話をしていたこの短時間で、例外なくあらゆる生物の中へと吸収されていった。草木は結晶化し、そうならなかったものは腐食して毒素を産む。大量に閻邪の粒子を吸収して魔従と化したもので溢れ、汚染された大地が広がっていくここは、地獄の中心となり世界に広がっていく。
世界は未曾有の異変で姿を変えた。




